呪縛の聖騎士、戻るために『女』として奮闘す?!

結城里音

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第21話(2章9話)女神の採択と神託者《託されしもの》の存在 Ⅱ

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 彼女は実に熱心だ。
 枢機卿《すうききょう》として、その地域の最高責任者でありながらも、この方と決めた相手には伏して拝《はい》するように、片膝をつくのだ。いくら各国の女神崇拝を管理するために存在する枢機卿だとしても、これほどの人物は見たことがなかった。
 彼女の説得は数日間にも及び、ラントが聖女姿で出歩くところに四六時中現れては、ラントに話しかけるのだ。そのフットワークの軽さには、目を丸くするほどだった。

「ラント様! ラント様、ラント様?」

 情熱的と言えば聞こえは良いものの、つきまとわれたのではたまったものではない。しかも、ラントが騎士ということを知ってからは、ラントがいるからと、お抱え騎士を少なくするほど、それほどまでにラントを買っていた。

「あの、マリヴェイラ様?」
「マリヴェイラと……」
「ごほん、では。マリヴェイラ。そんなについて歩かずとも……」
「オレは、アレスティナをしっかりと支えるので……」
「今は、聖女をしていますが、これでも騎士ですので……」

 法衣《ローブ》を着てこそいるものの、聖騎士として短剣を太ももにしているベルトに数本ある。仮にも表向き聖女であることには変わりないため、聖女が帯刀しているなどもってのほかだったこともあり、苦肉の策として折り合いをつけていた。

『仕方なくだけど……』
『これがあれば、最低限の護衛はできるし……』

 もちろん、歩いた程度では見えない場所に装備し、いざという時の護衛として、剣を投げて攻撃することを想定していた。体術もそれなりに会得していることもあり、飛剣術くらいは熟達している。
 そんな用意周到の姿に、胸を躍らせるマリヴェイラはなおも詰め寄り、ラントは廊下の壁に追いやられてしまうほどの迫力だった。

「さすがです! ラント様!」
「聖女でありながら、ご自身だけではなくアレスティナ様まで……」
「……マリヴェイラ。頭が下がります」
「だ、だから。よしてください。貴女は枢機卿なのです」
「でも、ここでは他のものの目を気にする必要はありませんし……」
「ですが……」
「はぁぁぁ、好きにしてください……」
「はい! そう致します」

 枢機卿《すうききょう》を勤めているとはいえ、成熟した麗《うるわ》しい面持ちをしながらも、当初の威厳はどこへやら。どこぞのお嬢様のように目を輝かせながら話しかけてくる様子に、すっかりラントはてんてこ舞いだ。
 いくら他の目がないとは言え、羽目を外しすぎなようにも見える。聖女としての務めを果たすと口にしたこともあって、ラントの隣ではご機嫌いっぱいの満面の笑みを見せていた。

「……まったく」
『貴女というひとは……』
『可愛い、枢機卿のようですね』

 それからも、彼女。マリヴェイラの笑顔は、途端に険しい表情へと変わる。先ほどとはうって変わり、枢機卿としての威厳が復活したかのようだ。

「それで、ラント様。ご相談があるのですが……」
「……なにか」
「これは、シエラー教の聖女。アレスティナ様とご一緒に、聞いていただきたいのです」

 恭《うやうや》しく改まった様子で話す素振りは、ことの重大さを感じさせていた。

--

 応接間へと移動したラントと枢機卿マリヴェイラ。そして、アレスティナの三人は、広げられた地図を前に神妙な面持ちになっていた。
 海に面した海洋都市、マリネシア。都市内を格子状《こうしじょう》に張り巡らされた水路郡により、主要交通網は小舟《ごんどら》と徒歩や馬車に限られることになっていた。

「こうして見ると、すごい水路網だ……」
「でしょう? マリネシアの誇りだもの!」
「えぇ、アレスティナ様の申された通り、マリネシアは水路の国です」
「それ故に、海の恵みは欠かせない産業となっております」

 ラントとアレスティナが街を巡った頃を思い起こすほど、海の幸が店頭に多く並んでいるのが目に新しい。そんな感慨に耽るなかで、マリヴェイラの表情は反対に曇っていた。
 どうやら、国内を転々としている枢機卿は、表の華やかな一面に隠れた「陰」の世情に心を割《さ》いているようだった。

「それは、この国の「表の顔」なのです」
「裏の顔もあり、それが……」

 絞り出すようにして言葉にするマリヴェイラの様子に、口添えをするようにしてアレスティナがいう。

「……白潮《はくし》病」

 その言葉に、はっとしながらも、苦虫を潰すようにしてうなずく。

「オレとアレスティナが立ち会った……」
「うん。ラント……」
「はい。この国は、この病魔に覆われているのです」
「今は、地方の村ですが、いずれ首都にも……」
「えっ、それじゃ。この前のって……」

 顔の前で手を組み、渋い顔をしながらうなずく。

「はい。これからも増えるでしょう」
「余命があるにもかかわらず患うものが……」
「本来、白潮《はくし》病というのは、寿命が訪れた証の病なのです」

 マリヴェイラの言葉でラントはハッとする。たしかに、神託を得るきっかけとなった母親の元に駆け寄った時、もはや諦めているようにも見えたからだ。それが、寿命の訪れとされているのなら、全て納得がいく。

「だからか。あの母親は……」
「うん。でも、私は寿命の長さが見えるから」
「それで、寿命で発症したのじゃないって分かったの」
「そういうことか……」

 その時は無我夢中でアレスティナのためになればと、神託を受け入れて聖女となったが、改めて考えるとすべてが辻褄が合う。

「でも、私だけじゃ、ひとりを救うのが精一杯……」
「そうなのか?」

 不安そうに背中を丸めるアレスティナに、さらに置かれた状況を口添えするマリヴェイラ。

「えぇ、シエラー教の聖女様でもあるアレスティナ様ですが……」
「ご覧の通りに年若く、成長途上なのです」
「腕は確かなのですが、レーネ教枢機卿の私と、シエラー教枢機卿…」
「ヴェルミアが支えているのです」

 自分でもいまだ半人前の聖女であることを認識しているらしいアレスティナは、白色の法衣《ローブ》の裾を掴み、悔しさに顔を歪ませる。
 そんな悔しさをかつて、聖騎士として半人前だった頃の自分に重ね、そっと手を添えるラント。

「……ラント」
「誰だって、半人前はある。それに、今回はできただろう?」
「誇って良いんじゃないのか?」
「ラント。そうだね……」
「それに、オレのほうが聖女になりたて、半人前だ」

 ラントの屈託のない笑みに、塞ぎ込んでいたアレスティナの顔に紅が指す。

「あはは。そうだね。ラント……」

 うっすらと涙を浮かべていたその瞳が、パッと花が咲いたように華やかな笑みに変わる。
 その姿は、女神信仰の最上級の姿そのものだった。

『……素晴らしい。さすが、ラント様……』
『それに、お美しい! 貴女様こそ、レーネ教が崇拝する女神そのもの……』
『託されしもののお姿です!!』

 ラントとアレスティナの寄り添う姿に感銘を受けたマリヴェイラは、またしても、初めて会った時のように片膝を付いて頭《こうべ》を垂れる。それは、枢機卿だろうと関係なく、彼女がそうしたかったからだった。

「ラント様、レーネ教枢機卿マリヴェイラ……」
「生涯を貴女のために尽くします!」
「なっ!」
「きゃっ。マリヴェイラ様ったら……」
「よ、よしてください。はぁぁ……」

 恭しく頭を垂れる様子と、頬を紅く染めながらも爛々と輝かせるアレスティナに挟まれながら、聖女としての株が右肩上がりになってしまうのだった。


◇◇◇


 すっかりラントの聖女としての器に目を輝かせてしまった枢機卿、マリヴェイラ。その姿は「心酔」の言葉に相応しいほどに、無我夢中だった。そんな彼女の招きもあり、マリネシアの現状をアレスティナと共に巡ることになった。
 枢機卿が乗ってきた馬車を囲むように、四方を騎乗聖騎士が護衛をする。それはかつてラントが聖女を護衛してきた時のように、今度は自分自身が聖女として「護衛される側」になったことを示していた。

「んんぅ……」
『オレは本来、そっち側なんだが……』
『今のオレは……聖女。元、男なんだけどなぁ……』
『……こればかりは、仕方ないかぁ』

 窓の外を眺めながら、感慨に耽るラント。
 そんな姿は、その望まぬ美貌も相まってか、絵画のように美しかった。長い手足に肩が出ているノースリーブの紺色の法衣《ローブ》、長く垂れ下がる白髪に切れ長の紅い瞳は遠くを険しい様子で眺める。
 深く入ったスリットからは、装備している短剣が仕舞われているベルトが見える。

「……ラント様。そちらが、装備の……」
「えっ? はい。最低限ですが、他にも色々と仕込んでます」
「なるほど! あの、差し支えなければ……」
「な、なにか……」

 目尻を下げながらもジリジリと近づくマリヴェイラ。頬が染まり、枢機卿がして良いような顔ではなかった。しかも、厄介なことが更に続き……

「ねぇ、アレスティナ様」
「ラント様のどこに仕込まれているのか、気になりませんか?」
「た、たしかに……」
「ラント……見せて……!」
「ちょっ、アレスティナまで?!」
「だめに決まってるだろう。武器だぞ?」
「ちょっとだけ……」
「ラント、ねぇ? ちょっとだけだから……」
「お、おまえらは……」

 ジリジリと馬車の中でにじり寄るふたりの熱が、すぐそこに感じるほどまで近づく。もう触れてるだろう、と言わんばかりに近づいたところで、ラントが口にする。

「あんまりするなら、馬車から降りますよ?」
「……うっ」
「それは、困りますね……」
「だから、落ち着いてください。ふたりとも……」

 ラントの「降りる」という言葉で、ふたりはようやく落ち着いたようで、元の座っていた場所に戻っていく。

「それで、これから向かう場所というのは? マリヴェイラ……」
「ごほん。そうですね。国外れにある村、メルヴェイユです」
「メルヴェイユ……」

 神妙な面持ちを見せながらも、ガタゴトと揺れる馬車の中で語り始める。

「そこは、サーリア村のほど近くの街道沿いの村で……」
「もっぱら、潮境《しおさかい》の祈り場を守るのがお役目で、ふたりの女神像が国守護の希石《きせき》が安置されています」
「マリネシアの各地にそのような場所が設けられています」
「それらが、国を浄化の秘術で守ることとなっているのです」

 そんな話を聞いている間も、メルヴェイユ村へと向かう馬車。何度か石畳で作られている水路を跨ぐ橋を越え、石畳の街道から馬車道の土煙を上げるように水路沿いを走れば、その街へと到着する。

「ラント様が神託を受け、聖女となられたことを知り、この村より馳せ参じたのです」
「私《わたくし》も、多少なりとも浄化の魔法を使え、希石を維持できますが、聖女様ほどではありません」

 傍らに置かれた杖を握り、悔しさに顔をしかめる。しかし、その目には希望が宿っていた。

「シエラー教聖女アレスティナ様と、我がレーネ教聖女ラント様……」
「ここに聖女様おふたりがおられる。それだけで、胸がいっぱいです!」
「……マリヴェイラ。オレたちで、できるのか?」
「ラント……」

 枢機卿ですらどうもできなかったことを、聖女ふたりがどうにかできるとは思えないラント。そんな不安がよぎる手を、今度はアレスティナが重ねてくる。ラントより小さく、愛らしいその手は確信に満ちていた。

「……アレスティナ」
「大丈夫だよ。ラントがいるもの、希石の力だって取り戻せるよ!」

 そんなふたりの様子に、マリヴェイラも声を重ねる。

「はい! 聖女のお二人がこの場にいるのですから」
「私《わたくし》以上の効果が……」

 期待に包まれた馬車の中と共に、メルヴェイユ村へと到着する。
 石造りではあるものの、かつてラントたちが知っている中央とは違い、所々にほころびが見えていた。そこかしこで悲鳴やすすり泣きの声が聞こえる。それは、若い聖女アレスティナにはつらく見える。

「……ラント様、アレスティナ様」
「これからお見せするものは、マリネシアの『裏の顔』……」
「『負の顔』といっても過言ではありません……」
「それを、皇国。セントリアの聖騎士であり、レーネ教の聖女でもあるラント様にお見せ致します……」

 それは、たしかに衝撃的な光景だった。
 街道の両脇に並ぶのは、病魔に侵された住人たちが並び、すすり泣きや神に願う言葉が飛び交うのだ。そこに活気は無く、悲壮感しか漂っていなかった。

「女神様! どうか、うちの息子を!」
「どうしてなの! まだ、こんなに若いのに……!」
「女神様はこの村を見捨てられたの!?」
「あぁ、この村をお救いください!!」

 立派な装飾がなされた馬車と騎乗の聖騎士が到着すれば、それなりの感嘆の声で出迎えられるのが当たり前だった。しかし、ゆったりと走る馬車に聞こえるのは、すすり泣きの声と神に願う言葉ばかりだった。

「んんっ……!!」
「……アレスティナ。大丈夫か?」

 ひとりの白潮《はくし》病を救うのでも、あれほど夢中になっていたアレスティナ。そんな彼女がこれほどの願いを一度に聞いてしまえば、その繊細な心は容易に壊れてしまう。

『当たり前だ、オレだって最初の実践はこんなもんだ……』
『敵は死にものぐるいで迫ってくる。殺らなければ、オレが殺られるんだ』
『なんとか倒しても、後に残るのは血なまぐさいものばかりだ……』
『それを、こんな。争いを知らない子が知ったら……当然だ』

 小刻みに震えながら両耳を両手で抑え、聞かないようにするアレスティナ。そんな彼女に手を添えるラント。語りかけるように話し続ける……

「すべて聞かなくて良い。抱え込むな……」
「ここで、オレやアレスティナができることが、きっとある」
「そうでしょ? マリヴェイラ」

 そういい、キリリとした鋭い眼差しで彼女を見やる。
 神妙な面持ちをしながらも、手に持つ杖を強く握るマリヴェイラ。彼女は確信を持った力強い声で、口にする。

「はい! ラント様のご指摘どおりです……」
「この場にふたりの聖女様が『揃っている』ことが大きいのです!」

 窓から見える光景はまさに、戦場と何ら変わらないほどの戦々恐々といった具合に、悲壮な情景が広がる。ラントとアレスティナが治した白潮《はくし》病の患者はたったひとり。しかし、この場に広がるのは村中が白潮病にかかった村人だらけだった。
 そんな人々をかき分けるようにしてゆっくりと動く馬車は、村の最奥部にある潮境《しおさかい》の祈り場でもある立派な神殿へと到着する。そこは、聖騎士たちが清掃したのか、手入れが行き届いていた。

「マリヴェイラ様! お待ちしておりました!」
「聖女様は……」

 恭《うやうや》しく馬車を出迎える聖騎士たちは、枢機卿が馬車を降りるのを囲むように両脇を固める。部隊を収める長《おさ》は、片膝をついて出迎えていた。

「えぇ。お越しいただいたわ。シエラー教の聖女様、アレスティナ様と……」
「もうひと方。こちらが……」
「レーネ教の聖女となられたラント様よ」

 名を呼ばれ、ゆっくりと馬車から顔を出すと、頭を垂れた聖騎士の視線が一点に向かう。その視線に身構えるものの、ここは聖女として出迎えられていることを理解し、凛々しく振る舞うラント。馬車から一歩ずつ降りる度に、聖騎士たちからはため息が漏れる。

「……なんと美しい。まるで女神そのものだ」
「おい、声がデカい。聞こえるぞ……」
「しかし、美しい……それに……」

 集った聖騎士団の男たちには、共通した感情が渦巻いていた。それは、元・男のラントに、ひしひしと感じてしまった。

『……エロい!!』
『お、お前ら……下心で見るなよ! オレを……!!』
『今は、それどころじゃないだろう……』

 つかつかと枢機卿の後ろに続いて歩くラントを、両脇を抱えた聖騎士たちの視線が上から下まで舐め回すようにして見る。その刺さるような視線と共に、彼らの感情を感じてしまう。
 確かに、法衣《ローブ》を纏うラントの姿は、ボディーラインが露わになり、深くスリットが入る。歩く度にしなやかな脚がスリット越しに見えるため、その姿に釘付けになっていた。そんなざわめきにも見える状況に、枢機卿の声が響く。

「みんな! これで、この村は救われるわ!」
「シエラー教の聖女様、アレスティナとレーネ教の聖女ラント様」
「ふたりがこの場に揃っているの!」

 澄み渡る声はざわめき声を止め、静まり返りさせる。そこへ、もうひとり現れる。

「あたしの紹介はなしか? マリヴェイラ?」
「えっ? あなたは、シエラー教の枢機卿、ヴェルミア……」
「どうして、ここにいるのよ……」
「え? ヴェルミア……?」

 マリヴェイラの隣りに並んでいたラントが、声のする方向へと向かうと、ラントと似たような灰色のショートヘアと、琥珀色の瞳を輝かせながら覗き込むようにして見上げていた。

「え、えっと……」
「あんたが、レーネ教の聖女。ラント……」
「は、はい……ヴェルミア様……」
「ふーん。いい目つき、良い女だな。お前は……」

 ぐいっと近づき、見上げるように近づくヴェルミア。
 小さいながらも、その圧倒的な存在感に気圧されてのけぞってしまうほどだった。そんなラントの腕がぐいっと引っ張られてしまう。

「のあっ……!」
「ヴェルミア……」
「ラントは、私《わたくし》の聖女ですから!」
「貴女には、アレスティナがいるでしょう?」

 ぐいっと引っ張られてしまったラントは、マリヴェイラの胸に抱かれるようにして抱き寄せられてしまった。

「あ、あの……」

 しかし、ラントが戸惑っているのも気にしない彼女は、なおもヴェルミアとの話に盛り上がる。

「……いつもいきなりなんだから。いくら対の神殿だからって……」
「ここが窮地なことは、あたしも知ってるさ。だから来たんだよ」
「それに……アレスティナがいるからな……」
「……ひっ!」

 紺色と対を成すような動きやすい法衣《ローブ》でありながらも、その丈は短く、まるで聖騎士にも見えるほどだ。そんな彼女の鋭い視線がアレスティナへと向かうと、怯えたように震える。
 その瞬間。ラントは思わず体が動いていた。
 アレスティナの前に立ちはだかると、彼女をかばうようにヴェルミアと向かい合う。その様子にキリリと睨むようにラントを見やると、その威厳と迫力が増す……

「どういうつもりだ? ラント……」
「あたしは、うちの聖女に用事があるんだ……」
「どいてくれるか?」
「いくら、レーネ教の聖女だろうと、容赦しねえぞ?」

 そのドスの効いた声は、その場を支配するほどの圧を感じさせ、集っていた聖騎士ですら指一つ動かせない。

「……落ち着いてください。ヴェルミア様……」
「アレスティナは怯えているのです。このような多くの疫病に襲われた村に、来るのすら初めてだったのです」
「これ以上、彼女を追い詰めないでください……」
「お願いします!」
『こういう場合は、こうするしか無い!』

 それは、聖女としてではなく、聖騎士ラントとしてアレスティナを守るという約束の元、動いたことだった。
 片膝をつき、頭を垂れる。それは、聖女の衣を纏った聖騎士そのものだった。コツコツと近づく足音は、明らかに聖騎士としては正解だとしても、対となる宗派の枢機卿に、頭を垂れているのだから失敗にも思えた。

『……失敗したか』
『でも、今のオレにできることは、この厄災をふたりで乗り越えることだ…』
『ここで、アレスティナの心が折れてもらっては困るんだ……』
『うまく、行ってくれ!!』

 そんな願いと共に、近づく足音を感じていたラント。そこで声をかけられる。

「頭を上げろ。ラント……」
「……は、はい。ヴェルミア様」

 ヴェルミアに呼ばれ、顔を上げたラント。それを待っていたのは、柔らかな感触だった。

「……んっ」
「ん? んっ?!」
「なっ!! ヴェルミア?!」
「……ね、姉様。はぁぁ……」
『えっ? えぇっ? どういうこと?!』

 それは、一番ラントがいいたいことだった。
 唇を奪うようにして重ねられた膨らみは、女になったラントの初めてのキスをした瞬間でもあった。
 そして、ゆっくりと離れたヴェルミアの顔は、ほんのりと紅を差したように赤らみ、興奮した様子で口にする。

「ラント、あたしの聖騎士にならないか?」
「えっ? それは……どういう意味で……」
「どういう意味もない。そのスリットから出ているのは装備だろう?」
「あたしは、強い聖女が大好きだ。ラント、お前はすべてを兼ね備えている」
「どうだ? ラント……」

 ラントのとった行動が思わぬ方向に向かい始める。返事をこまねいていることを良いことに、好き勝手に話が盛り上がっていく。皇国の聖騎士でもあり、マリネシアのレーネ教の聖女でもある。
 そんなラントが、対をなすシエラー教の枢機卿の聖騎士など、もはやあべこべどころの騒ぎではない。

『オレを抜きに勝手に話を進めるな!』
『それに、オレはこの体をもとに戻す途中なんだ……』
『元・男で聖女っていうことだけでも、ちぐはぐなのに……』
『これ以上。オレにどうしろってんだ……!』

 まるで、誓いの口づけでもしたかのようにご満悦なヴェルミアと、ムスッと頬を膨らませるマリヴェイラが言い争う中で、残されたラントとアレスティナは、街にはびこる白潮病《はくしびょう》に対応することになる……。


◇◇◇

「なんだと! ヴェルミア卿《きょう》まで乗り出したのか!」

 村の反対側にある小さな崖に築かれた横穴には、簡易的な深淵教会支部が置かれ、中央との魔力通信が行われていた。それでも、シエラー教の枢機卿。ヴェルミアが登場したのは、予想外のようだった。

「はい、どうしますか? アスミラル卿」
「仕方あるまい、こちらはラント様の確保ができれば、それでいい」
「作戦通りに動け。良いな……」
「しかし、相手はあのヴェルミア卿ですぜ?」
「枢機卿でありながら単騎で戦場を闊歩する、あの……」
「うちらが相手にできるわけ……」
「それでもだ!」

 苦虫を潰すようなしかめっ面をしながらも、通信越しに指示を出す。

「いいか。どんな優れたものでも『隙《すき》』は生まれる」
「そこを突くんだ。お前たち、こちらでもラント様については調べた」
「元、聖騎士と聞く。なら、自ずと道は見えるだろう……」
「お前たちなら、できると信じている。頼むぞ!」
「……は、はっ!」

 恭しく、片膝をつきながらアスミラル卿に頭を下げた手下たち。それなりに腕は立つものの、相手は元とは言え聖騎士だ。うまくできるとは限らない……

「どうする……」
「やるしかないだろ」
「だって、相手は聖騎士だぜ?」
「元な? 元……」
「いくら、元とはいえ……」
「そこは、うまくやるんだよ! 俺らがな……」
「はぁぁ、分かったよ。アニキ……」

 そうして、ラントを狙う深淵教会が着々と、準備を進めるのだった。
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