17 / 24
アンリ・フラット シャロンを発見する
しおりを挟むアンリ・フラットが、七月という、おかしな時期に転入したのは訳がある。
第2王子のヴィルム殿下の側近候補として、隣国ナダルカンドに共に留学していたが、この度殿下が帰国し、学園に転入することとなった。
そのため、フラットは一足先に足固めのため、転入したのだ。
何せ、ナダルカンドとエラントでは、教育体系が若干異なる。教科によっては、未履修の内容もある。
先にフラットが把握し、夏の間に殿下に家庭教師をつける。そんな思惑からだった。
「……これも」
アンリが、図書館で、思わずポツリと呟いた言葉を拾ったのは、早朝に勤務している司書1人。
他に誰も居ない空間で、思ったより声が響いた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ」
かれこれ三日連続で起きた出来事は、偶然とは思えない。
「……私が参考にしたい文献や書物が」
「ええ。確か、エラントの産業の歴史についてお調べでしたね」
「はい。その殆どの貸し出しカードに」
「シャロンとありましたか?」
銀縁眼鏡のひょろっとした司書は、にっこりと返してきた。してやったりの表情で。
「……?」
「シャロンさんは図書館の主ですよ。貴方は確か、転入されたばかりでしたか」
「ええ」
「あの方は、この間まで朝図書館に来ていたんですが、この頃は多忙の様です。あ、でも、週に3回は、放課後来てます」
「どんな生徒ですか」
「どうしてですか?」
穏やかな目の司書は、アンリから貸し出しカードを受け取って、印を押す。
「他人からの知識は予断になります。それに、私は人が自分の居ない所で評価されるのは、面白くありませんね」
「成程」
これは一本取られた。
流石は大人だ。確かにその通り。
「一つだけ。
シャロンはお名前、家名、どちらですか」
「お名前です。大量に借りていくので、何時しかお名前しかカードに書かなくなってしまって」
苦笑しながら、
「貴方はあっという間に、シャロンさんの貸し出し冊数に近づいてしまいそうですね……放課後お顔を出してご覧なさい、本人にお会い出来ると思いますよ」
生憎放課後は、この借りた書物を元に、家でレポートを作っている。
シャロン。どんな奴かな。
アンリは自分が男女共通の名前を持っているため、シャロンは男子生徒だと思い込んでいた。
国史や地理は、エラントに居なかった王子と自分が抜けている領域である。
秋までに、地理や歴史、産業についてレポートをなし、王子の学習に間に合わせたいと、自分でテーマに関連する書物を集めていたのだ。
その、中等部では多分、卒論のある5年生以外、借りることのないような専門誌専門書に、
ことごとく〈シャロン〉の名があった。
王子の為に1年飛び級して留学していたという自尊心に、火がついた。
シャロンと話してみたい。
シャロンを論破してみたい。
そんな事を思いながら、教室へ向かう。
3年生のクラスは、編入の関係から普通クラスとなり、アンリには物足りない。
(一限は幾何学か……今借りた本でも読むかな)
「ご機嫌よう、フラット様。また沢山の本だね」
「ご機嫌よう。早く皆さんに追いつかなくてはならないからね」
「ご謙遜。今日は鍛錬の時間があるけど、私と組んでくれないか」
「勿論だ。ありがとう」
「アンリ様、私の祖父が私の友人を招きたいと言うんだ。貴方もいらしてくれないか、是非ともご招待したい」
「それは嬉しいね、ありがとう」
如才なく、人当たりよく、穏やかに。
周囲に受け入れられ、認められ、そして
敬意を払われる人材となれ。
フラット侯爵が嫡男に申し付けた処世の基本をアンリは忠実に守っていた。
やっぱり、行ってみよう。
アンリは授業が終わって、図書館へ行くことにした。
もしかしたらシャロンに会えるかもしれない。
あの司書なら、目配せで教えてくれるだろう。
「……っ、……せん」
「たの……」
図書館棟への渡り廊下に近づくと、男女の声がした。
「シャロン。君なら大丈夫だよ」
(シャロン!)
アンリは思わず柱に身を隠す。
この角を曲がってしまえば、姿が見える。
そっと覗いて様子を探った。
「無理よ」
「大丈夫」
金髪の背の高い男は、優しい声で小さな女の子の手を握る。
「おやめになって」
「僕たちは婚約しているんだ、恥ずかしがらないで」
痴話喧嘩か、口説いているのか
(こんな所でやらなくてもなあ)
「罪だわ。貴方にとっても、良くない事よ」
「バレやしないよ。僕の字で写せば、先生には分からないよ」
「そんな……貴方の追試でしょ?」
「しっ!静かに」
ん?
イチャついている訳ではなさそうた。……追試と、言ったか?
「なあ、シャロン、頼むよ。俺だって頑張ったんだ。でも、あれじゃ通さないって頑固な先生が」
「期日が迫っているのに、どうして取り掛からなかったの?」
少女は分厚い眼鏡をかけ、本を数冊抱えている。その手を男に握られても、本のせいで振り払う事が出来ないのだ。
(シャロン
えっ
シャロンって、あの、)
……女の子だったのか!
嘘、だろう?
あれだけの書物を
あの小さな女の子が?
アンリは打ちのめされていた。
てっきり上級生のインテリを予想していたのだから。
「避暑の前に、社交が立て込むだろう?僕だって忙しいんだ。行く行く伯爵になる身だからね」
「遊び歩いてお忙しい方の替え玉にはなれません」
バシッ
(あっ!)
男が少女の頬を叩いた。
当たり所のせいで、眼鏡が飛ぶ。
「君はもっと男をたてる女になって欲しいね。とにかく」
男は、そっと叩いた頬を撫でて
「頼んだよ。君の才能は僕にはかけがえがないんだ。いいね?」
そして、優しく甘い顔で
「ごめんね」
と、ストロベリーブロンドにキスを落とした。
男は、話はついたとばかりに、スタスタと渡り廊下を歩いて来る。アンリは今来たかの様に、歩き出した。
すれ違いざまに、男を見る。
ラインは5年生
随分と色男だ。
男は振り返りもせず、教室棟へ曲がっていった。
それを確かめて、アンリは小走りに少女に駆け寄り
「……大丈夫かい?」
と、小声で尋ねた。
足下の眼鏡を拾い少女に渡そうとする。
「……ご親切に」
そう言う少女は、俯いたままだ。
泣いているのだろうか。
眼鏡を持ったまま、思わずアンリは言ってしまう。
「君が、シャロン?」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
真実の愛は水晶の中に
立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。
しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。
※「なろう」にも重複投稿しています。
悪役令嬢ですが、兄たちが過保護すぎて恋ができません
由香
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・セレフィーナに転生した私。
破滅回避のため、目立たず静かに生きる――はずだった。
しかし現実は、三人の兄による全力溺愛&完全監視生活。
外出には護衛、交友関係は管理制、笑顔すら規制対象!?
さらに兄の親友である最強騎士・カインが護衛として加わり、
静かで誠実な優しさに、次第に心が揺れていく。
「恋をすると破滅する」
そう信じて避けてきた想いの先で待っていたのは、
断罪も修羅場もない、安心で騒がしい未来だった――。
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。
カブトム誌
恋愛
王太子主催の舞踏会。
そこで私は「無能」「役立たず」と断罪され、公開の場で婚約を破棄された。
魔力は低く、派手な力もない。
王家に不要だと言われ、私はそのまま国を追放されるはずだった。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
この国が長年繁栄してきた理由も、
魔獣の侵攻が抑えられていた真の理由も、
すべて私一人に支えられていたことを。
私が国を去ってから、世界は静かに歪み始める。
一方、追放された先で出会ったのは、
私の力を正しく理解し、必要としてくれる人々だった。
これは、婚約破棄された令嬢が“失われて初めて価値を知られる存在”だったと、愚かな王国が思い知るまでの物語。
※ざまぁ要素あり/後半恋愛あり
※じっくり成り上がり系・長編
毒姫の婚約騒動
SHIN
恋愛
卒業式を迎え、立食パーティーの懇談会が良い意味でも悪い意味でもどことなくざわめいていた。
「卒業パーティーには一人で行ってくれ。」
「分かりました。」
そう婚約者から言われて一人で来ましたが、あら、その婚約者は何処に?
あらあら、えっと私に用ですか? 所で、お名前は?
毒姫と呼ばれる普通?の少女と常に手袋を着けている潔癖症?の男のお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる