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楓を寝室に案内する。客用の布団を床に敷くと、楓は大きく手を広げて布団に飛び込んだ。
「あはは、ふっかふかだ!!」
「子供か」
「でも、マジで気持ち良いっすねこの布団」
楓は布団に頬を擦り付け、気持ちよさそうな声を上げる。
晴は目を逸らした。好きな子と2人で寝室にいるという状況は、あまりにも目に毒だった。
「もう電気消していいか?」
「俺が消しますよ」
楓はすくっと立ち上がり、電気のスイッチを押す。
部屋がぱっと暗くなり、楓が布団に戻る気配がした。
晴は楓に背を向けて目を閉じた。
背後で、楓の呼吸音が聞こえる。楓の存在を五感で感じる度に、心臓が過剰反応を起こし、眠気から遠ざかっていく。
「……ねぇ、晴さん。もう寝ましたか?」
晴は肩を震わせ、振り返った。楓が晴を見つめている気配がする。
「起きてる」
「ちょっと、お喋りしても良いですか」
「ああ」
楓は布団の中でもぞもぞと体を動かした。背が高いから、布団が窮屈なのかもしれない。
「……晴さん、自分にどうして女の子のキャラを使ってたのか聞いたことありましたよね」
頭は瞬時に、かつて2人が出会ったオンラインゲームを想起する。
「あの時は『顔が好みだったから』って言ったんですけど、実はそれ、嘘なんです」
「……」
「自分、あのゲームやってた時にちょっと色々と悩んでることがあったんです。
それで、ゲーム内で女の子を選んだら、悩みが解決するかもしれないって思って、試しに選んでみたんです」
「なんであのゲームを?」
「友達が好きなゲームだったんで」
この話を俺が聞いても良いんだろうか。晴は躊躇った。
目の前に、晴と楓を隔てている薄い膜がある。それがゆっくりと音もなく破れていくようで、怖い。
出会った時から、楓には自分と似通ったところがあるのを感じていた。
だから、楓の心情に深入りしてしまえば、晴もまた無傷ではいられないような気がした。
「晴さん、以前おっしゃってましたよね。『たとえ楓がどんな趣味や性癖を持ってたとしても、俺は全てを受け入れる』って」
「そんなこと言ったな」
「オレの話、聞いてくれますか」
「……聞くよ」
楓が布団から起き上がったと思うと、晴のすぐそばにやってきた。
指輪のつけられていない指が、晴の頬にあてがわれ、優しく輪郭をなぞる。
楓の目は真剣だった。真剣で、痛みに耐えるような表情で、晴の目を覗き込む。
「……オレ、誰かに恋愛感情を抱いたことがないんです」
震える吐息をこぼし、楓は小さな声で言った。
「子供の頃から、友達のそういった話を聞く度に、オレもいつかそんな気持ちになる相手ができるのかなってずっと思ってきました。
だけど、彼女を作ってみてもそんな気にはなれなかったし、男友達をそういった目で見ることもなかった。
……2年前、彼女にフラれたんです。『いつまでも思ってばかりなのは辛い』って言われて。
なんでそんなことを言われるのか分からなかった。オレなりにあいつを愛してたつもりだし、あいつの願いは叶えてやってるつもりだったのに。
散々悩んで、オレはもしかしたら自分が男じゃないのかもしれないと思って、試しにゲーム内で女として振る舞うことにしてみたんです。
でも、結果は変わらなかった。女として扱われることに喜びを感じることもなく、ただ不可解だった」
楓の指がなぞったところが、焼けただれて熱くなるようだった。
皮膚を焼き、細胞を溶かし、火傷の痛みに心がジクジクと痛みを発する。
その痛みが楓のものなのか晴のものなのか、晴には分からない。
「晴さんに助けてもらった後、オレもギルドを抜けました。
実は男だってことを打ち明けたら、ロクさんに『カマ野郎』って言われてしまいましたけど……
でも、そっちの方がよっぽど良かったかもしれない。
中途半端なままでいるよりは、どちらかにいる方がマシだって、そんなふうに思ってしまったんです。
だって、たくさんの人に愛してもらってるくせに自分からはその愛を返すことができないなんて、そんなの_____」
晴は、衝動的に楓を抱きしめていた。
「俺はお前とは逆だよ」
「え?」
楓が、あどけない子供のような声を上げる。
「俺は男だろうと女だろうと、好きになった人を好きになる。
だけど、自分が誰よりも優しい人間だとは、生まれて一度も思ったことはない。
優れた人間だとも、優位に立てているともな」
好きな人ができても告白なんてしたことはなかった。
友達すらまともに作ろうと思ったことはなかった。
愛を捧げる機会を逃して生きてきた晴のような存在に手を差し伸べてくれるのは、そしてその愛を素直に認められるのは、楓くらいしかいない。
「お前は優しい奴だよ、楓」
背中に腕を回すと、反射的に、しかし戸惑うように抱きしめ返された。
「自分は、誰かを傷つけてばかりなんです」
「でも、お前だって同じだけ傷ついてる」
「この先も、誰のことも好きになれないかもしれない」
「それで良いんだよ。中途半端でも良いじゃんか。
誰かをそういう意味で好きになれなくたって。
言ったじゃん。お前はお前だって。俺はそんなお前のことが好きなんだよ」
「……晴さん」
「お前はそのままで良いんだよ」
晴が抱きしめているのは、楓ではない。
晴が慰めているのは、楓ではない。
皮膚から伝わる温もりが混じり合い、やがて自分と他者を隔てる境界線を曖昧にするように。
晴は自分自身を抱きしめている。
楓に向けた慰めは全て自分が望んでいたものだった。
『俺、ネット上の楓も好きだけど、今の楓も好きだよ。そりゃ最初はちょっとびっくりしたけどさ。でもお前はお前じゃん。
ブラックコーヒーが好きで、笑顔が可愛くて、礼儀正しい『楓』が俺は好きだよ』
震える背中をさすりながら、あの時の「好き」とは意味が変わってしまったことが、楓には伝わらなければ良いと思った。
……でも、本当に良いのだろうか。このまま、自分の思いを誰かに伝えることを諦めたままで、良いのだろうか。
「あはは、ふっかふかだ!!」
「子供か」
「でも、マジで気持ち良いっすねこの布団」
楓は布団に頬を擦り付け、気持ちよさそうな声を上げる。
晴は目を逸らした。好きな子と2人で寝室にいるという状況は、あまりにも目に毒だった。
「もう電気消していいか?」
「俺が消しますよ」
楓はすくっと立ち上がり、電気のスイッチを押す。
部屋がぱっと暗くなり、楓が布団に戻る気配がした。
晴は楓に背を向けて目を閉じた。
背後で、楓の呼吸音が聞こえる。楓の存在を五感で感じる度に、心臓が過剰反応を起こし、眠気から遠ざかっていく。
「……ねぇ、晴さん。もう寝ましたか?」
晴は肩を震わせ、振り返った。楓が晴を見つめている気配がする。
「起きてる」
「ちょっと、お喋りしても良いですか」
「ああ」
楓は布団の中でもぞもぞと体を動かした。背が高いから、布団が窮屈なのかもしれない。
「……晴さん、自分にどうして女の子のキャラを使ってたのか聞いたことありましたよね」
頭は瞬時に、かつて2人が出会ったオンラインゲームを想起する。
「あの時は『顔が好みだったから』って言ったんですけど、実はそれ、嘘なんです」
「……」
「自分、あのゲームやってた時にちょっと色々と悩んでることがあったんです。
それで、ゲーム内で女の子を選んだら、悩みが解決するかもしれないって思って、試しに選んでみたんです」
「なんであのゲームを?」
「友達が好きなゲームだったんで」
この話を俺が聞いても良いんだろうか。晴は躊躇った。
目の前に、晴と楓を隔てている薄い膜がある。それがゆっくりと音もなく破れていくようで、怖い。
出会った時から、楓には自分と似通ったところがあるのを感じていた。
だから、楓の心情に深入りしてしまえば、晴もまた無傷ではいられないような気がした。
「晴さん、以前おっしゃってましたよね。『たとえ楓がどんな趣味や性癖を持ってたとしても、俺は全てを受け入れる』って」
「そんなこと言ったな」
「オレの話、聞いてくれますか」
「……聞くよ」
楓が布団から起き上がったと思うと、晴のすぐそばにやってきた。
指輪のつけられていない指が、晴の頬にあてがわれ、優しく輪郭をなぞる。
楓の目は真剣だった。真剣で、痛みに耐えるような表情で、晴の目を覗き込む。
「……オレ、誰かに恋愛感情を抱いたことがないんです」
震える吐息をこぼし、楓は小さな声で言った。
「子供の頃から、友達のそういった話を聞く度に、オレもいつかそんな気持ちになる相手ができるのかなってずっと思ってきました。
だけど、彼女を作ってみてもそんな気にはなれなかったし、男友達をそういった目で見ることもなかった。
……2年前、彼女にフラれたんです。『いつまでも思ってばかりなのは辛い』って言われて。
なんでそんなことを言われるのか分からなかった。オレなりにあいつを愛してたつもりだし、あいつの願いは叶えてやってるつもりだったのに。
散々悩んで、オレはもしかしたら自分が男じゃないのかもしれないと思って、試しにゲーム内で女として振る舞うことにしてみたんです。
でも、結果は変わらなかった。女として扱われることに喜びを感じることもなく、ただ不可解だった」
楓の指がなぞったところが、焼けただれて熱くなるようだった。
皮膚を焼き、細胞を溶かし、火傷の痛みに心がジクジクと痛みを発する。
その痛みが楓のものなのか晴のものなのか、晴には分からない。
「晴さんに助けてもらった後、オレもギルドを抜けました。
実は男だってことを打ち明けたら、ロクさんに『カマ野郎』って言われてしまいましたけど……
でも、そっちの方がよっぽど良かったかもしれない。
中途半端なままでいるよりは、どちらかにいる方がマシだって、そんなふうに思ってしまったんです。
だって、たくさんの人に愛してもらってるくせに自分からはその愛を返すことができないなんて、そんなの_____」
晴は、衝動的に楓を抱きしめていた。
「俺はお前とは逆だよ」
「え?」
楓が、あどけない子供のような声を上げる。
「俺は男だろうと女だろうと、好きになった人を好きになる。
だけど、自分が誰よりも優しい人間だとは、生まれて一度も思ったことはない。
優れた人間だとも、優位に立てているともな」
好きな人ができても告白なんてしたことはなかった。
友達すらまともに作ろうと思ったことはなかった。
愛を捧げる機会を逃して生きてきた晴のような存在に手を差し伸べてくれるのは、そしてその愛を素直に認められるのは、楓くらいしかいない。
「お前は優しい奴だよ、楓」
背中に腕を回すと、反射的に、しかし戸惑うように抱きしめ返された。
「自分は、誰かを傷つけてばかりなんです」
「でも、お前だって同じだけ傷ついてる」
「この先も、誰のことも好きになれないかもしれない」
「それで良いんだよ。中途半端でも良いじゃんか。
誰かをそういう意味で好きになれなくたって。
言ったじゃん。お前はお前だって。俺はそんなお前のことが好きなんだよ」
「……晴さん」
「お前はそのままで良いんだよ」
晴が抱きしめているのは、楓ではない。
晴が慰めているのは、楓ではない。
皮膚から伝わる温もりが混じり合い、やがて自分と他者を隔てる境界線を曖昧にするように。
晴は自分自身を抱きしめている。
楓に向けた慰めは全て自分が望んでいたものだった。
『俺、ネット上の楓も好きだけど、今の楓も好きだよ。そりゃ最初はちょっとびっくりしたけどさ。でもお前はお前じゃん。
ブラックコーヒーが好きで、笑顔が可愛くて、礼儀正しい『楓』が俺は好きだよ』
震える背中をさすりながら、あの時の「好き」とは意味が変わってしまったことが、楓には伝わらなければ良いと思った。
……でも、本当に良いのだろうか。このまま、自分の思いを誰かに伝えることを諦めたままで、良いのだろうか。
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