異世界島流しの罪名は、世界樹の枝を折ったから!? ~一難さってまた一難な僕っ娘冒険記~

矢筈

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一章 始まりの道筋

目覚めと逃走

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 ――失敗だ。

 その結果こそ、正に失敗だった。

 いや、贅沢は言うべきではないのかもしれない。確かに僕は新しい世界に人間として産まれた。

 問題があるとすれば――環境だ。

 こういうのってテンプレで貴族に生まれるかと思いきや貧しい農家で、しかもよりにもよって両親ともに似つかない赤い髪と瞳。その所為で僕は家の中でも外でも疎まれる存在となった

 詰まる所、貧乏子沢山の家の末に生まれた家族の誰とも毛色が違う娘。それが今の僕だった。本当に毛色も違うしね。

 その所為で家から出してもらえる事もないし、食事も最低限。ああ、家じゃなくて牛小屋ともいうけど。

「まぁ、蟲とか食われる側の動物じゃないだけまし、かな」

 母から放り投げられた朝食のパン。硬すぎて本当にこれパンだよね?と何回も確認したものを千切って口に放り込む。

 生まれてから11年、今まででわかった事は二つ。少なくとも見える範囲の動物は今までの世界と似通っていること。そして本来なら生まれてから5回星が巡った時に司祭を通じて神様から祝福を受ける事。

 だけど当然、疎まれて半ば閉じ込められている僕には祝福を受ける機会などあるわけがなかった。一応「ステータス」だとか「ファイアーボール」とか体内に魔力の流れを感じるんだ!とか試してはみたけど、何の反応もなし。魔法とかスキルとか、ないのかもしれない。やった後は暫く恥ずかしさで転げ回ったね。悉くテンプレからは外れてるなぁ、世の中ってままならないなぁ。

 しかし、これじゃあ道に迷ったら神託の巫女までと言われてはいたものの、にっちもさっちもどうにもできやしない。

 ああ、何で殺されずに生きててその上逃げ出さないかって?

 何度か両親の言葉を聞いたけど、珍しい髪色なららしい。

 それに――柱に家畜用の金具で繋がれてたら、逃げようもない。足に繋がれた金具に錠前などなく、ただの輪っかだ。だけれども、それだからこそ力づくで輪を広げるか足を削るかでもしないと抜けそうにもない。何度か暴れてみたりはしたけど、痛い目を見るだけだったしね。それならもう大人しくしておくのが吉ってことさ。

「これ、世界の滅亡どうたらの前に僕が死ぬ方が先じゃないかなぁ。売られた先で無事な保証なんてないし。というか商品にするなら粗雑に扱うより磨いた方が良く売れるよー……だなんて言っても無駄だろうし」

 例の部屋の神様は種をくれたって言うけど、これじゃあ芽吹くのは難しい。せめて売られた先でこう……考えたくないけど上手いこと寵愛されるといいなー、だなんて事を考えて小屋の隅で丸くなる。

 動ける範囲は柱から十歩かそこら。牛の世話が少しできる範囲でしかない。

「この衛生環境で未だ病気もしないってのが種だったりして。健康さがチート……嬉しいけど、なんかこうそうじゃない感がすごい……」

 正直こうして独り言でもしてないと滅入ってしまいそうだ。窓、というより灯り取りはあるけど、此処からは遠い。外にでたのも家から連れ出されて以来。僕にできるのは独り言を言うか、遠くの窓から外を眺めるくらいだ。

「吾輩はー人間であるー。名前はまだない。いやほんとに」

 ガサガサと寝床替わりの干し草の上を転がってみるけど、何も変わりはない。今は丁度牛が外に出されている時間だからこそできる贅沢であった。牛がいるとやっぱり、煩いし匂うしね。まぁ多分僕も臭いだろうけど。

 足をパタパタ動かすとそれに合わせて金具がジャリジャリと耳障りな音を立てる。

「こー、運良く外れたり誰か助けに来てなんてくれないしね」

 自分の意思がはっきりしてきてから5年。そんな事はありはしなかった。村?街かもしれないけど、知られてはいるみたいだけど誰も触りはしない。そんな扱いなんだろう。

 着ている服……服?いやもうこれ袋に穴開けて被って紐で括ってるだけだよね?も最早草臥れたを通り越して擦り切れてるし、髪の毛だってボサボサだ。生まれてすぐ生存競争な生き物に比べればホントまだマシな方なんだろうけど……

 異世界に転生って聞いて期待してなかったわけないよね?それがまさかこーんな形に――

「そうか、買い取ってもらえたか」
「そうなの、今日きた商隊の人がちょうどいいからって」

 壁向こうから不穏な声が聞こえる。声の感じから父母だろう。

「やっとあの無駄飯くらいが金になる。いくらだ?」

 わーお、どうやらもう売られる直前らしい。せめて高値で売れてほしいなー

「銀貨30枚か。その値ならまぁ役に立った方だな」
「もうちょっと高く売れないかって聞いたんだけど、なんでも西の方じゃ赤髪もいるみたいでここからは上げてくれなかったのよ。今まで食べさせてきた飯代とどっちが上だか」

 うーん、銀貨30枚がどのあたりの価格帯なのかわっかんないよね。なにせずーっとこの中だから言葉はなんとかわかっても文字は読めなきゃ知識がない。でも母の言葉からして、良い値段じゃないのだろう、そつなると先行き不安だ。安く買われて高く売られるよりも、普通に叩き売られる方が可能性としては高いだろうし、そうなった先の未来なんて期待しようもない。

「引き取りは夜か。わかる様に松明を掲げておけよ」

 ――これはもう覚悟きめて、やるしかないよね。

 幸いまだ陽は落ちきってないから少しは時間があるし、逃げるにしても方角くらいは掴める筈。ここで大人しく売られて、高待遇になる確率よりは逃げる方に賭けてみたい。最悪捕まっても…… 売られるだけだろうしね。

「ふんぬぬぬぬぬ」

 そうと決まれば金具に手をかけて思いっきり引っ張る。本当は柱から金具が抜ければいいんだけど、それじゃ逃げる時に目立ってしまう。

「うぎぎぎぎ」

 いやいや、我ながら乙女らしからぬ声が出たもので。だけど輪っかは広がる気配はない。叩き壊すのは音でバレるし…… こうなったら後が怖いけど最後の手段。ガサガサと寝床を漁ってあるものを取り出す。それはただの平べったい石。たまたま干し草等が放り込まれた時に紛れていたただの石。それをむかーし授業でならった石器時代さながらに少しずつバレない様に削ってきた。これなら引っかかってる踵くらいは削れるかも、しれない。

 改めて想像すると決心は鈍るし、その傷跡大丈夫か?とかその足で逃げ切れるのか?とか血の跡追っかけられるんじゃ?とか色々考えてしまうけど…… やらなきゃどうなるかなんて――

「んぐっ」

 分からない!

 ズキズキする痛みを気合で声を押し殺して皮膚を削ぐ。

 ひと削り事に輪っかを動かして……

「痛い痛い……痛くなーい、うそ。いたい」

 軽口を挟みながらも削って。傷口は見ないようにしよう。痛みから結構ヤバそうな気もするけど気合で……

「んんんーっ!」

 からんと、5年間僕を繋いできた枷が床に転がった。最後の瞬間は本当痛かったね。人生二度目でも最高の痛みだった自信は――あ、でも盲腸炎のがいたかったかも。頭の中を軽口で一杯にして誤魔化しながら立ち上がる。

 痛い、けど歩ける。

 扉は外からかんぬきがかかってるから脱出経路は窓のみ。父母はもう恐らく家に戻ってるはず。あとはできる限り誰にも見られずに遠くへ……明日に向かって脱走するだけだ。 

 痛む足を引きずり、窓際に寄って左右を見渡す。人影はなし。村の人も大半は日が傾けば家に帰る事は今までずっと窓から見てきたから確認済み。

「よいしょっ――と。いてててて」

 身を乗り出しそのまま、着地。ハロー大地、土と草の感触がこそばゆくて良いね!ハロー大空、太陽は落ちかけてるけど、こんなに解放的なのは初めてだ!

 さて逃げるとなるとこの血が厄介だけど、幸いなことにこの村は川沿いにある事は知っている。道を普通に歩けば相手は大人の体力だ、直ぐに捕まるだろう。けど、川に入れば運が良ければ対岸に行けるし……おまけに流されて死んだとでも思ってくれれば重畳。ほんとに死ななければ、だけど。

 足からの痛みは危険を伝えてきてるけど、今はまだ省みる余裕なんてない。

 視界の端に映る川に向かって必死で足を動かす。

「おい!あいつが逃げてるぞ!」

 背後から父らしき声。なんでこんな時に限って外にいるかなぁ。バタバタと駆け寄る音が聞こえる。此処でお終い?捕まって売られて――死ぬだけ?

 そんなのは

「お断りだっ」

 縄を持って走る父に視線をやり、僕は川に向かって身体を投げ出した。
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