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一章 始まりの道筋
生存
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ぱちぱちという音と、頬に感じる熱に目を覚ます。あたりは既に真っ暗で、視線を巡らせると焚き火が見えた。削った足も、噛まれた所にも痛みは感じない。それに横になっていたのは地面に布を引いた所で、体にももう一枚布がかけてあった。一体何がどうなって……
「おう、小僧。起きたか」
その声に慌てて飛び起きる。焚き火を挟んだ反対側には、何と言うか良い年頃のおじさ……いや失礼になるからお兄さんということにしよう、がいた。肩くらいまでの茶髪に不精ひげ、片腕に鎧のようなものを付けているあたり、何か戦ったりとかそう言う人だろうか。
「助けて、くれたんですか?」
「目の前でガキが死ぬのは勘弁だからな。ったく大した出費だぜ」
うーん、中々口が悪い。けど、人は良さそうな感じはする。だって何だかんだで狼を追い払ってくれて……手足に巻いた包帯を巻いてくれたのも彼だろうし、目覚めるまでこうやって見守ってくれたのも彼だろう。だけど、僕にはそれに見合う対価を用意できるあては、ない。
「ごめんなさい、お金は……」
「ねぇのは見りゃわかるっつの。それにガキに金集る程くさってねぇよ。それより、これくっとけ」
焚き火の横から木の器とスプーンが差し出される。中身はスープのようだ。その香りは、今までの人生の中で最高だった。本当に最高すぎて――涙が出てくるね。
「おい、ただの干し肉と干し野菜を戻しただけのスープだ。さっさと食えって」
言われるまでもなく、震える手でスープを掬い、口へ運ぶ。味は……勿論過去最高だ。最早手は止まらず、必死に食べた。そんな僕をお兄さんは暫く眺めていたかと思うと、自分の分であろうスープを食べ始める。
「んで、何でまたあんなとこで狼どもの餌になりかけてたんだ?」
どこか今の状況に安心した僕は、ゆっくりと今までの事を彼に伝えた。そして、戻りたくはないということも。
「一応お前が来たであろう方向からは離れるように移動したから、しばらくは安心しろ。こっから先はこのまま道を進んでクラーンの街に入る。一応聞くが犯罪とかはしてないよな?」
口にはまだスープが入っていたので、彼に見えるように頭を縦にふる。犯罪どころか外に出るのも殆ど今日が初めてみたいなもんだしね。
「そんで、名前は?」
「んぐっ。ない、です」
「ナイ? 変わった名前――」
「ないんです。名前」
その言葉が聞いた彼は、心底嫌そうな顔をして右手で自分の頭を掻き回した。
「ごめんなさい、ここから先は自分で何とか……」
「名前がねえっつうことは、祝福も受けてねぇのか。ああくそっ」
大分彼の機嫌を損ねてしまったらしい。そりゃ助けたのが何の役にも立たない子供だなんて、足手纏い以上だよね。
「いいか、お前は俺が助けた。んで、助けるってーのはよ、そいつが困らない様にするってことだ。街に入るのもどうにかしてやる。謝るな、そんで自分が助かったって心底思うまで、ガキはガキらしく大人しくついてこい」
なにこの人、口の割にすっごくいい人なんですけど…… 正直見た目も、髪は僕ほどじゃないにしてもボサボサだし無精髭生えてるし、どっちかっていうと山賊系かと思ったのに。
「食ったら朝まで寝てろ。怪我は薬で治っても体力なんてのは寝ないとどうにもならん」
薬を使ってくれたんだ。痛みを感じないって事は結構良い薬を使ってしまったんじゃないだろうか。僕の値段が銀貨30枚って言ってたから…… 下手すると僕何人分かなぁとか考えてしまう。
まぁそれは兎も角として、まず大事なことがある。
「あの……おじ、お兄さんの名前……」
「今おじさんっていいかけただろ。まぁ坊主くらいの歳からしたらそうだけどよ…… スティーグだ。別に丁寧に喋らなくても怒りゃしねぇよ。普通に喋れ。」
「スティーグ、さん。本当にありがとうございました。あと――」
「なんだ」
「僕、坊主じゃなくて、女です」
「あぁ?」
見た目に似合わない素っ頓狂な声がスティーグさんから上がる。
その声を聞いて僕は少しくすりと笑った。この世界にきて、多分はじめての笑いを。
――――――――――――――――――――――――――
「ないんです、名前」
それを聞いた時、腑が煮え繰り返るような気がした。
「ごめんなさい、ここから先は自分で何とか……」
「名前がねえっつうことは、祝福も受けてねぇのか。ああくそっ」
名前がないってことは司祭から祝福の儀式を受けてないってこと。本来なら受けるべき祝福を受けられず、得るべき力も得られず。ロクな扱いをされて来なかったのもさっき嫌ってほど聞かされたし、見りゃわかる。
手入れもへったくれもされてない髪、ズタ袋を被せただけの服に汚れまみれの体。何かをやらかしたとかがあったとしても、コイツの親は、言っちゃ悪いがろくでなしだ。それに、俺の表情から何か感じたのか、自分で何とかしようとしてやがる。ああクソ、腹が立つ。
「いいか、お前は俺が助けた。んで、助けるってーのはよ、そいつが困らない様にするってことだ。街に入るのもどうにかしてやる。謝るな、そんで自分が助かったって心底思うまで、ガキはガキらしく大人しくついてこい」
ガキが本来与えられるべき者も与えられず一人で生きていける程、この世は楽に出来ちゃいねぇ。別に過去のやり直しがしたいわけでもないが――成り行きとはいえ、こいつが生きていけるくらいまでは面倒見るのが、大人ってもんだろうよ。
へっ、俺の言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔してやがる。
「食ったら朝まで寝てろ。怪我は薬で治っても体力なんてのは寝ないとどうにもならん」
小僧が食べ終わった食器を回収して軽く水で流す。怪我はあんだけ良いやつを使ったんだ、治ってくれなきゃ困る。だけど、その手の薬を使うときってのは結構体力は消耗してるもんだ。
ころりと小さな体が地面に敷いたマントの上に横になる。
「あの……おじ、お兄さんの名前……」
ついでに被せた予備のマントから半分だけ顔を出しながらおずおずと名前を聞いてきた。
「今おじさんっていいかけただろ。まぁ坊主くらいの歳からしたらそうだけどよ…… スティーグだ。別に丁寧に喋らなくても怒りゃしねぇよ。普通に喋れ。」
こんくらいの子供は生意気なくらいが丁度いいってのにな。よっぽど押し込められてたんだろう。
「スティーグ、さん。本当にありがとうございました。あと――」
「なんだ」
小僧がじっと俺の顔を覗いてくる。
「僕、小僧じゃなくて、女です」
「あぁ?」
今度は俺が、豆鉄砲を食う番だった。
「おう、小僧。起きたか」
その声に慌てて飛び起きる。焚き火を挟んだ反対側には、何と言うか良い年頃のおじさ……いや失礼になるからお兄さんということにしよう、がいた。肩くらいまでの茶髪に不精ひげ、片腕に鎧のようなものを付けているあたり、何か戦ったりとかそう言う人だろうか。
「助けて、くれたんですか?」
「目の前でガキが死ぬのは勘弁だからな。ったく大した出費だぜ」
うーん、中々口が悪い。けど、人は良さそうな感じはする。だって何だかんだで狼を追い払ってくれて……手足に巻いた包帯を巻いてくれたのも彼だろうし、目覚めるまでこうやって見守ってくれたのも彼だろう。だけど、僕にはそれに見合う対価を用意できるあては、ない。
「ごめんなさい、お金は……」
「ねぇのは見りゃわかるっつの。それにガキに金集る程くさってねぇよ。それより、これくっとけ」
焚き火の横から木の器とスプーンが差し出される。中身はスープのようだ。その香りは、今までの人生の中で最高だった。本当に最高すぎて――涙が出てくるね。
「おい、ただの干し肉と干し野菜を戻しただけのスープだ。さっさと食えって」
言われるまでもなく、震える手でスープを掬い、口へ運ぶ。味は……勿論過去最高だ。最早手は止まらず、必死に食べた。そんな僕をお兄さんは暫く眺めていたかと思うと、自分の分であろうスープを食べ始める。
「んで、何でまたあんなとこで狼どもの餌になりかけてたんだ?」
どこか今の状況に安心した僕は、ゆっくりと今までの事を彼に伝えた。そして、戻りたくはないということも。
「一応お前が来たであろう方向からは離れるように移動したから、しばらくは安心しろ。こっから先はこのまま道を進んでクラーンの街に入る。一応聞くが犯罪とかはしてないよな?」
口にはまだスープが入っていたので、彼に見えるように頭を縦にふる。犯罪どころか外に出るのも殆ど今日が初めてみたいなもんだしね。
「そんで、名前は?」
「んぐっ。ない、です」
「ナイ? 変わった名前――」
「ないんです。名前」
その言葉が聞いた彼は、心底嫌そうな顔をして右手で自分の頭を掻き回した。
「ごめんなさい、ここから先は自分で何とか……」
「名前がねえっつうことは、祝福も受けてねぇのか。ああくそっ」
大分彼の機嫌を損ねてしまったらしい。そりゃ助けたのが何の役にも立たない子供だなんて、足手纏い以上だよね。
「いいか、お前は俺が助けた。んで、助けるってーのはよ、そいつが困らない様にするってことだ。街に入るのもどうにかしてやる。謝るな、そんで自分が助かったって心底思うまで、ガキはガキらしく大人しくついてこい」
なにこの人、口の割にすっごくいい人なんですけど…… 正直見た目も、髪は僕ほどじゃないにしてもボサボサだし無精髭生えてるし、どっちかっていうと山賊系かと思ったのに。
「食ったら朝まで寝てろ。怪我は薬で治っても体力なんてのは寝ないとどうにもならん」
薬を使ってくれたんだ。痛みを感じないって事は結構良い薬を使ってしまったんじゃないだろうか。僕の値段が銀貨30枚って言ってたから…… 下手すると僕何人分かなぁとか考えてしまう。
まぁそれは兎も角として、まず大事なことがある。
「あの……おじ、お兄さんの名前……」
「今おじさんっていいかけただろ。まぁ坊主くらいの歳からしたらそうだけどよ…… スティーグだ。別に丁寧に喋らなくても怒りゃしねぇよ。普通に喋れ。」
「スティーグ、さん。本当にありがとうございました。あと――」
「なんだ」
「僕、坊主じゃなくて、女です」
「あぁ?」
見た目に似合わない素っ頓狂な声がスティーグさんから上がる。
その声を聞いて僕は少しくすりと笑った。この世界にきて、多分はじめての笑いを。
――――――――――――――――――――――――――
「ないんです、名前」
それを聞いた時、腑が煮え繰り返るような気がした。
「ごめんなさい、ここから先は自分で何とか……」
「名前がねえっつうことは、祝福も受けてねぇのか。ああくそっ」
名前がないってことは司祭から祝福の儀式を受けてないってこと。本来なら受けるべき祝福を受けられず、得るべき力も得られず。ロクな扱いをされて来なかったのもさっき嫌ってほど聞かされたし、見りゃわかる。
手入れもへったくれもされてない髪、ズタ袋を被せただけの服に汚れまみれの体。何かをやらかしたとかがあったとしても、コイツの親は、言っちゃ悪いがろくでなしだ。それに、俺の表情から何か感じたのか、自分で何とかしようとしてやがる。ああクソ、腹が立つ。
「いいか、お前は俺が助けた。んで、助けるってーのはよ、そいつが困らない様にするってことだ。街に入るのもどうにかしてやる。謝るな、そんで自分が助かったって心底思うまで、ガキはガキらしく大人しくついてこい」
ガキが本来与えられるべき者も与えられず一人で生きていける程、この世は楽に出来ちゃいねぇ。別に過去のやり直しがしたいわけでもないが――成り行きとはいえ、こいつが生きていけるくらいまでは面倒見るのが、大人ってもんだろうよ。
へっ、俺の言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔してやがる。
「食ったら朝まで寝てろ。怪我は薬で治っても体力なんてのは寝ないとどうにもならん」
小僧が食べ終わった食器を回収して軽く水で流す。怪我はあんだけ良いやつを使ったんだ、治ってくれなきゃ困る。だけど、その手の薬を使うときってのは結構体力は消耗してるもんだ。
ころりと小さな体が地面に敷いたマントの上に横になる。
「あの……おじ、お兄さんの名前……」
ついでに被せた予備のマントから半分だけ顔を出しながらおずおずと名前を聞いてきた。
「今おじさんっていいかけただろ。まぁ坊主くらいの歳からしたらそうだけどよ…… スティーグだ。別に丁寧に喋らなくても怒りゃしねぇよ。普通に喋れ。」
こんくらいの子供は生意気なくらいが丁度いいってのにな。よっぽど押し込められてたんだろう。
「スティーグ、さん。本当にありがとうございました。あと――」
「なんだ」
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今度は俺が、豆鉄砲を食う番だった。
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