上 下
1 / 79

体慣らし

しおりを挟む
「いよっと」
 
 軽い掛け声と共に目の前の影が両断される。
 どうと音を立てて倒れるのは僕の身長の半分より少し大きいぐらいのゴブリンだ。
 冒険者になりたてのころは人型をしたゴブリンを狩るというのはどこか苦手意識もあったが、今はどこへいったのやら。
 今日は僕の休んでいた分のリハビリも兼ねてゴブリンの野営地を壊す依頼を受けてここにきている。

 なにせ昨日は散々だったし慣らしになったとも思えないからだ。
 僕から少し離れたところではアランが新しい剣を試している。
 リーナは魔法で敵の攪乱役だ。

 しかし野営地とはいえ、結構大規模なようで斬っても斬っても次々湧いてくるのは困った。
 いくら繁殖力が強いとはいえ、この数だと野営地というより最早村とかの規模ではないだろうか。
 いずれにしてもゴブリンは残念ながら意思疎通もできないし、畑を荒らしたり家畜を殺したりするので駆除対象だ。
 
「ふっ」
 
 また目の前に飛び出てきたゴブリンをハルバードで切り飛ばす。
 
「こりゃ結構多いな」
 
 アランも合間合間で剣を拭ってはゴブリンを切り捨てている。新しい剣の使い心地は上々らしい。
 それにしても数が多すぎる。そろそろ30体以上は倒しいるはずだ。
 実際問題、足元に転がる死体が増えて少しづつ移動しないと足の踏み場もないほどだ。
 
「事前情報じゃこんなにいるって聞いてないんだけど?」
「俺に言われてもな。俺だってきいてねぇんだよ」
 
 確かに依頼書には群れの情報はなかったけどさぁ…… そもそも依頼内容自体が『最近近くの村に被害が出ているため討伐してほしい』というものなので多少数が多いことは覚悟していたのだけれどこれはちょっと想定外だ。
 
「でもまあこれなら何とかなりそうだね」
 
 ぶっちゃけ魔獣に至ってないゴブリンなんて目じゃない。武装も精々木の枝や石斧程度だし、筋力もたかがしれている。それでも問題になるのは、その繁殖速度が速く数で押してくるというせいだ。
 一匹見かけたら三十匹は居ると思えとは言うものの実際にそうやって考えてしまうのは良くないだろう。

 あ、もう三十匹は倒してるから単純計算で九百匹でもいるんだろうか。さすがにそれは多いなぁ。
 そんなことを考えていた時だった。
 突如として地響きのような音が鳴り響く。

 何事かと思ってあたりを見渡すが何事も起きていないように見える。
 が、アランが周囲を見る目は厳しい。
 何か異変を感じたようだ。
 
「おい、なんかおかしいぞ。気をつけろ!」
 
 そういうと同時に僕らの前に飛び出してきたのは大きな黒い塊。
 一瞬熊かなと思ったがすぐに違うとわかる。なぜなら明らかに大きさが違うからだ。
 
 二メートルはあるだろう巨躯を持ち、顔は豚の様に丸々としていて鼻息荒くこちらを威嚇するように睨みつけてきている。
 
「オーク!? なんでこんなところに……」
 
 思わず声が出る。なぜなら本来の生息域から大きくかけ離れているからだ。オークは基本人と接しにくい深い森の奥にこもっている。それに、そこまで敵対的ではないはずだ。
 少なくとも僕は見たことがなかった。
 でも聞いていた容姿とは違う。本来肌色のはずのその体は全身が黒く染まっている。
 
「ちぃ! 新手かよ!」
 
 アランも苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
 
「どうする? 逃げるにしてもここじゃ無理だよ」
「わかってる。まずはどうにかして――」
 
 アランが喋る間にその手に持たれた大斧が振るわれる。
 
「意志疎通をって、無理そうだな」
 
 アランは飛び退いてそれをかわす。僕も後ろへと下がる。
 
「BGYYYYYYYYYYYY!!」
 
 耳障りな雄たけびをあげながら再度襲い掛かってくる。が、その動きはまるで本能だけで動いてるように、あからさまな大振りだ。
 当れば痛いじゃすまないだろうけどそれだけだ。

 アランは再び距離を取ろうとするが、それよりも早くオークの動きの方が早い。
 先ほどよりもさらに大きなモーションで振り下ろされた斧は地面を砕き、破片が宙を舞う。
 それを避けるようにアランは距離を取る。
 が、そこに再び突っ込んでくる。

 大振りな上に大雑把だが、代わりに一撃の破壊力は凄まじい。まともに食らえばひとたまりもなさそうだ。
 幸いなことに動き自体は直線的で読みやすいの。だが、どうしようか悩んでしまう。
 なぜなら本来、意思疎通もできるしそう粗暴な存在でもないからだ。オークはどちらかといえば、人に近い。

 それに対して攻撃するというのがどうしても踏みとどまる原因になってしまう。もちろん冒険者の仕事というのは常に危険を伴うものだし、場合によっては殺すこともあるだろうけど、だからといって今この場で即決できることではない。
 僕の葛藤を知ってか知らずか、アランの方も攻めあぐねている様子だ。 
 
「おい、なんとかできないのか」
 
 小声で尋ねられるが生憎こっちだってどうにかしたいところなのだ。
 リーナの魔法で撹乱するか、と提案しようとしたところでまたもゴブリンキングは突撃してくる。今度はさっきまでより近い。
 このままでは当たると思った瞬間だった。
 
炎のIgnishasta
 
 リーナが放った魔法がオークの胸を貫く。そこに一切の慈悲はなかった。
 
「リーナ!?」
「放っておくほうが危険なのです。それに躊躇してたらリーナたちが死ぬのです」
 
 言わんとしていることは尤もだ。あの猛攻を避け続け防ぎ続けていたらどこかできっと押し切られてしまっていただろう。
 
「身元の分かるものがあれば、それを元にギルドから連絡を入れればいいのです」
 
 リーナに促されるままに、倒れたオークの遺体を確認する。身元のわかりそうなもの、といっても人間とは文化形態が違うもんだから何がそうなのかがわからない。とりあえず貴重そうなのは斧と石や牙を磨いたような首飾りだろうか。そこで僕は一つの異変に気が付いた。地面に流れ落ちる血、空いた穴の断面、それらが黒いことに。焦げたような色ではない、まるでインクで染め上げたかのような色だ。
 
「アラン、これどう思う?」
「わっかんねぇよ…… これも含めてギルドに報告してみるっきゃねぇな」
 
 斧は荷物になるからおいておくとして、首飾りで伝手がつけばいいのだけれども。
 ただ成らない不安を抱えたまま僕達は街へ帰った。
 
しおりを挟む

処理中です...