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第0章 ここから始まる英雄譚
下される沙汰、暗い覚悟
「…………」
有無を言わせぬ響きに、日向は押し黙る。
まっすぐに彼女を見据える寺島の赤い瞳は、責めるでもなく、疑うわけでもなく、それゆえに一切隙がない。
誤魔化しは――効かない。
「……はい」
嘘をつくのは愚策だとすぐに悟った日向が、静かに顎を引く。
寺島の睨んだ通りだった。ここ数日のプロ冒険者の勧誘書偽造騒動。それは、他でもなく、清見日向によって引き起こされたものだった。
「ふむ……正直なのは美点だ。なにより男にモテる」
「……はぁ?」
真面目な顔で本気なのか冗談なのかわからないことを言う寺島支部長に、日向は曖昧な返事しかできない。
それにしても、ダンジョン運営委員会の情報網を侮っていた、と日向は唇をかむ。いや、正確には警戒は怠らなかったし、尻尾をつかませないように動いていた。
偽造書類をセンター・ダンジョンの運営委員会出張所に置いてある正規の書類に紛れ込ませる際にも、見つかったり出所がバレたりしないよう細心の注意を払っていた。それなのにバレたのは、流石に彼らの組織力が想定の遥か上だった、ということだろう。
(もし、私のミスがあったとしたら……あのとき)
唯一心当たりがあるのは、あの白髪の少年に偽造書類を見られたことくらいか。だが、それとなくカマをかけたときにも彼は素知らぬ顔をしていたし、あんな最弱役職のくせに厄介ごとに首を突っ込んでくるような究極のお人よしが、だますために嘘をついていたとも思えない。
それに、もし彼を通して伝わってしまっていたとしても、怒りとか裏切られたような気持にはならなかった。だって、悪いことをしているのは明らかにこちらなのだから。
寺島は、自身のティーカップを手に取り薄赤色の液体を三口飲んで唇を潤してから話を切り出した。
「キミがプロ冒険者の勧誘書を偽造した理由は、粗方察しがついている。まず、偽造をしてばらまいた勧誘書で騒動を起こす。当然、どれが本物の勧誘書かわからない以上、勧誘を受けた冒険者はそれが本物かどうかわからなくなる。それに乗じてプロ冒険者の勧誘を受けたと名乗り出るつもりだった……あくまで私の推測にはなるが、違うか?」
「……そこまで割れていたんですね」
当てられてしまった以上、日向としても頷く以外の方法がない。
どういう経緯で知ったのか、はたまた本当にただの推測でぴたりと当ててきたのかようとして知れないが、伊達に支部長をやっていないということか。
「勧誘書が本物かどうかは、重要じゃありません。私が持ってきた書類が偽造だとばれても、勧誘を受けてきたのだと言い張るつもりでした」
「確かに。正規の手順を踏んで打診を行うわけだが、偽造書類が出回れば正規の手順を踏んだうえで偽造書類を渡してしまう可能性も出てくる。誰が、いつ、どこで、誰と契約を交わしたか、処理に齟齬が生じてしまう可能性が高い。偽造書類でも「勧誘を受けた」と主張されてしまえば、こちらとしてもそれを飲み込まなければ事態を収束できない……よく考えたものだ」
呆れたような、感心したような表情で寺島は答える。
だが、それももし清見の策が成っていれば、の話。既に暴かれた以上、もしもの仮定に意味はない。
「……私を、警察に突き出しますか?」
「いいや。未遂で済んだ以上、こちらとしても事を起こす気はないな。実害もないし、若気の至りってことでお開きだ。まあ……もし自作自演で契約を結び、大人の世界に土足で踏み入ってくるまでしていたら……ただではすまなかったがな」
「っ!」
わずかに声のトーンを下げた寺島の姿に、図らずも日向は気圧される。
「……一つだけ、確認しておきたい。なぜキミは、そうまでしてプロ冒険者になろうとした? 聡明なキミが、自作自演のリスクに気づかなかったわけもないだろう」
真剣な表情で問いかける寺島。
なぜ? そんなの決まってる。
「いつまでも、弱いままじゃいたくない」
「……」
「ダンジョンは、力ですべてが決まります。ランクと、役職《ジョブ》と、才能と……力を示せないのなら存在価値はないし、目に見えない力には誰も惹かれない。むしろ、舐められて、バカにされて終わる。だから……目に見える力が欲しい」
寺島支部長は、日向の独白を最後まで聞いていた。そのうえで、一言「そうか」とつぶやき、
「若いがゆえに焦るのはわかる。だが、焦って、がむしゃらにやればいつか男が認めてくれるんじゃないかと勘違いして、結果、結婚を取りこぼしたのが私だ。焦るなとは言わん。だが……欲している“力”の意味をはき違えるな」
語気を強めて放った最後の言葉。
――「ダンジョンで威を示す? くだらん。そんなハリボテの栄光になんの意味がある」――
いつか、父に言われた言葉が強烈にかぶる。
大人の理屈は、いつだって夢破れた果てにある情けない持論だ。成長から逃げ、夢を追われ、上から目線で何様だ。
誰も、日向の気持ちなんてわかりもしないのに。自分の生きる意味ともいえる強い憧れを抱いた相手に、その手で根こそぎ憧れを奪われた彼女の気持ちなど。
だから、最後の言葉にだけは頷くわけにはいかなかった。
代わりに、より強い力への渇望が心の内から際限なく湧き上がってくる。プロ冒険者への道は絶たれた。だが――まだすべてが終わったわけではない。
今、ダンジョンでは30階層に異変が起きていると聞く。ならば――
(それを解明して、今度こそ……!)
純粋で、正直がゆえに歯止めが効かなくなった少女の瞳に、暗い渇望が宿った。
有無を言わせぬ響きに、日向は押し黙る。
まっすぐに彼女を見据える寺島の赤い瞳は、責めるでもなく、疑うわけでもなく、それゆえに一切隙がない。
誤魔化しは――効かない。
「……はい」
嘘をつくのは愚策だとすぐに悟った日向が、静かに顎を引く。
寺島の睨んだ通りだった。ここ数日のプロ冒険者の勧誘書偽造騒動。それは、他でもなく、清見日向によって引き起こされたものだった。
「ふむ……正直なのは美点だ。なにより男にモテる」
「……はぁ?」
真面目な顔で本気なのか冗談なのかわからないことを言う寺島支部長に、日向は曖昧な返事しかできない。
それにしても、ダンジョン運営委員会の情報網を侮っていた、と日向は唇をかむ。いや、正確には警戒は怠らなかったし、尻尾をつかませないように動いていた。
偽造書類をセンター・ダンジョンの運営委員会出張所に置いてある正規の書類に紛れ込ませる際にも、見つかったり出所がバレたりしないよう細心の注意を払っていた。それなのにバレたのは、流石に彼らの組織力が想定の遥か上だった、ということだろう。
(もし、私のミスがあったとしたら……あのとき)
唯一心当たりがあるのは、あの白髪の少年に偽造書類を見られたことくらいか。だが、それとなくカマをかけたときにも彼は素知らぬ顔をしていたし、あんな最弱役職のくせに厄介ごとに首を突っ込んでくるような究極のお人よしが、だますために嘘をついていたとも思えない。
それに、もし彼を通して伝わってしまっていたとしても、怒りとか裏切られたような気持にはならなかった。だって、悪いことをしているのは明らかにこちらなのだから。
寺島は、自身のティーカップを手に取り薄赤色の液体を三口飲んで唇を潤してから話を切り出した。
「キミがプロ冒険者の勧誘書を偽造した理由は、粗方察しがついている。まず、偽造をしてばらまいた勧誘書で騒動を起こす。当然、どれが本物の勧誘書かわからない以上、勧誘を受けた冒険者はそれが本物かどうかわからなくなる。それに乗じてプロ冒険者の勧誘を受けたと名乗り出るつもりだった……あくまで私の推測にはなるが、違うか?」
「……そこまで割れていたんですね」
当てられてしまった以上、日向としても頷く以外の方法がない。
どういう経緯で知ったのか、はたまた本当にただの推測でぴたりと当ててきたのかようとして知れないが、伊達に支部長をやっていないということか。
「勧誘書が本物かどうかは、重要じゃありません。私が持ってきた書類が偽造だとばれても、勧誘を受けてきたのだと言い張るつもりでした」
「確かに。正規の手順を踏んで打診を行うわけだが、偽造書類が出回れば正規の手順を踏んだうえで偽造書類を渡してしまう可能性も出てくる。誰が、いつ、どこで、誰と契約を交わしたか、処理に齟齬が生じてしまう可能性が高い。偽造書類でも「勧誘を受けた」と主張されてしまえば、こちらとしてもそれを飲み込まなければ事態を収束できない……よく考えたものだ」
呆れたような、感心したような表情で寺島は答える。
だが、それももし清見の策が成っていれば、の話。既に暴かれた以上、もしもの仮定に意味はない。
「……私を、警察に突き出しますか?」
「いいや。未遂で済んだ以上、こちらとしても事を起こす気はないな。実害もないし、若気の至りってことでお開きだ。まあ……もし自作自演で契約を結び、大人の世界に土足で踏み入ってくるまでしていたら……ただではすまなかったがな」
「っ!」
わずかに声のトーンを下げた寺島の姿に、図らずも日向は気圧される。
「……一つだけ、確認しておきたい。なぜキミは、そうまでしてプロ冒険者になろうとした? 聡明なキミが、自作自演のリスクに気づかなかったわけもないだろう」
真剣な表情で問いかける寺島。
なぜ? そんなの決まってる。
「いつまでも、弱いままじゃいたくない」
「……」
「ダンジョンは、力ですべてが決まります。ランクと、役職《ジョブ》と、才能と……力を示せないのなら存在価値はないし、目に見えない力には誰も惹かれない。むしろ、舐められて、バカにされて終わる。だから……目に見える力が欲しい」
寺島支部長は、日向の独白を最後まで聞いていた。そのうえで、一言「そうか」とつぶやき、
「若いがゆえに焦るのはわかる。だが、焦って、がむしゃらにやればいつか男が認めてくれるんじゃないかと勘違いして、結果、結婚を取りこぼしたのが私だ。焦るなとは言わん。だが……欲している“力”の意味をはき違えるな」
語気を強めて放った最後の言葉。
――「ダンジョンで威を示す? くだらん。そんなハリボテの栄光になんの意味がある」――
いつか、父に言われた言葉が強烈にかぶる。
大人の理屈は、いつだって夢破れた果てにある情けない持論だ。成長から逃げ、夢を追われ、上から目線で何様だ。
誰も、日向の気持ちなんてわかりもしないのに。自分の生きる意味ともいえる強い憧れを抱いた相手に、その手で根こそぎ憧れを奪われた彼女の気持ちなど。
だから、最後の言葉にだけは頷くわけにはいかなかった。
代わりに、より強い力への渇望が心の内から際限なく湧き上がってくる。プロ冒険者への道は絶たれた。だが――まだすべてが終わったわけではない。
今、ダンジョンでは30階層に異変が起きていると聞く。ならば――
(それを解明して、今度こそ……!)
純粋で、正直がゆえに歯止めが効かなくなった少女の瞳に、暗い渇望が宿った。
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