最弱ジョブ【弓使い】の俺、うっかり迷惑Sランクパーティーをボコしてしまう

果 一@【弓使い】2巻刊行決定!!

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第0章 ここから始まる英雄譚

絶体絶命

 考えている時間などなかった。

「っ!」

 やばい。そう認識するや否や、体は全力で後ろに飛んでいた。
 半瞬前、日向のいた場所を無数の触手が穿つ。

 間一髪猛威から逃れたが、逃れた後の立て直しなど考えていなかった。背中から地面に衝突し、バウンドした勢いで体を回転させてなんとか着地する。

「なに……コイツ!」

 腰に佩いた剣をすかさず抜き、身構える日向の額から冷や汗が伝う。
 やばい。やばいなんて、たった三文字で表せないくらいには、やばい。

 黒いゼリーを固めたようなそのモンスターは、ぞっとするほど冷たい質感の触手をくねらせて、じりじりと日向に忍び寄る。

 先ほどはなんとか不意打ちを躱したが、ほとんど奇跡のようなものだ。直感に任せて飛んだだけで、まったく見切れなかった。

 鈍重そうな見た目のくせに、動きは俊敏。これ見よがしにくねらせている無数の触手が攻撃手段だろうが――それだけだとは限らない。既存のモンスターに合致する個体がいないから、何をしてくるのかわからない。
 炎を吐くのか、毒の霧を散布するのかすら。それゆえに――未確認なのだから。
 ただ確かなのは、Bランクの日向をして到底太刀打ちできない化け物ということだけだ。

(くっ……とにかく今は隙を見て体勢を立てなおし――)

 ズンッ! という凄まじい音と衝撃が、日向の思考をかき消した。

 何が起きたか、わからなかった。気づけば、衝撃波に背中を叩かれ、5メートル近く吹き飛ばされていた。

「ぐっ、一体何が――ッ!?」

 勢いよく地面に倒れこんだ日向は、立ち上がり後ろを振り返る。――そして、絶句した。
 いつの間にか、退路を塞ぐように触手の槍が地面に突き刺さっていた。金剛石にすら匹敵するはずの硬度(金剛石は突発的な衝撃に弱いのはさておき)を誇る青色の地面が、易々と貫かれている。
 ――まるで、攻撃が見えなかった。

『~~ッ!!』

 人間の可聴域では到底聞こえない、空気を圧迫するような絶叫が周囲を満たす。

「ッ! このッ!」

 勝ち目などない。そうわかっていて、日向は震える手で剣を握りしめる。
 “生還の指輪”は――正常に作動している。死の危険はない。大丈夫、大丈夫だ。
 そう自分に言い聞かせ、恐怖を騙す。そうでもしないと、この恐怖に呑まれてしまう。

 覚悟を決めた瞬間、触手の波が日向めがけて放たれた。
 瞬きのうちに彼我の距離を詰める触手の群れを、しかし極限状態で引き延ばされた思考と動体視力が、その動きをかろうじて捉える。

「はっ!」

 横薙ぎに居合一閃。迫っていた触手の先端をことごとく切り落とす。
 だが、先端を切り落としただけで止まる攻撃ではない。

 直線的な攻撃は対処されるとでも、触手は軌道を変え、四方八方から日向を狙う。
 右上から迫る触手を斬り上げ、返す刀で正面から迫る触手を切り捨てる。足元を這うように迫る触手を跳躍で回避。そのまま剣を突き立て切断する。

 普段の日向のベストコンディションを、さたに極限状態による集中で底上げし、触手攻撃に食らいついていく。
 それでも、あとからあとから触手攻撃が迫る。まるで、アリジゴクに落ちた哀れな虫を食らうかのように、触手が少女を取り囲んで攻め立てる。

(負け……ない!)

 ひたすらに剣を振り、触手の猛威をさばいていく日向は、歯を食いしばる。

(私は……見返すんです! だから、こんな奴……!)

 倒さなければ。
 ダンジョン冒険者ならば。力を求めるのならば。成果が必要ならば。
 この程度の脅威に打ち勝てなくてどうする。怒りが――恐怖を超克する。
 決めたではないか? 憧れを失ったあの日に――哀れで、空っぽな剣だけは振るまいと。

 今この状況は、自分勝手に動いたがゆえのピンチだとわかっている。でも、だからなんだ。
 それで後悔するほどの覚悟なら、日向はこんな場所に来ていない。何が何でも、コイツを倒して成果を、結果を出すのだ!

「私はぁ――ッ!」

 吠え、触手の猛威にさらされながら地面を蹴って一息に飛び出す。
 そして――不定形の本体に、剣を思いっきり突き立てた。

『ッ!!』

 怪物がブルリと大きく震え、触手の表面が粟立つ。

「っ! やった!」

 日向の顔に、一瞬歓喜が宿る。
 そして――不定形の怪物は、ゆっくりとその形を崩していき。

 ――ミツケタ――

 そんな言葉が、日向の耳に届いた。――気がした。

(え?)

 困惑している間もなかった。崩れたゼリー状の肉体が、いつの間にか日向を取り囲み、まるで海水浴客を攫う波のように、日向の全身を包み込んだ。
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