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第三章 《ハンティング祭》の騒乱編
第51話 もう一人の英雄
小手調べなどなし。俺は、全力で風属性の「魔法矢」をつがえ、放つ。
「“ウィンド・インパクト・アロー”!」
刹那、風の塊が放たれ、際限なく迫り来る瘴気をまとめて吹き飛ばす。
「は? え」
「な、なにが起きた?」
Sランクモンスターの放つ瘴気が、なぜか吹き散らされた。
その事実に気付いた生徒達の視線は、当然その不可解な現象の出所を向く。すなわち、視線が俺に集中する。
「は……え? えええええええっ!?」
「な、なんで!? あれって、あ、ああ、あの人だよね? 今めっちゃ話題になってる」
「なんでここに……じゃあ、あの噂ってマジだったのか!?」
「うっそ! 例のアーチャーがウチの学校の生徒だってヤツ?」
「マジかよ……」
これで、俺の退路は完全に塞がれた。
あとは、前に進むのみだ。
「うぉおおおおおおっ!? おお、お前マジかよぉっ! ……いやまあ? 俺は最初っから、正体に気付いてたから驚かないけどな?(裏声) なんていうか、うん。お前には初めて会ったときから、なんかこう、覇気があったからな! うん!」
「嘘つけめちゃくちゃ驚いてたじゃねぇか」
顎が外れそうなほどに口をあんぐりと開けている英次にジト目でツッコミを入れた俺は、英次とその隣にいる乃花へ必要なことを伝えた。
「瘴気を浴びた人を治療するために、誘導してほしい。誘導先はジョブが“回復師”の人でも、近くにある救護室でもどっちでもいい。専門職の解呪なら、なんとかなるはずだ」
「わ、わかった!」
「なんとかする!」
「お願い」
俺は短くそう告げて、己の敵の方を見据える。
本当なら、「回復矢」みたいなのを天井に撃って、エリア回復――みたいなことをやりたいが、残念ながら“弓使い”はそこまで万能でもない。
餅は餅屋。専門職の方に任せた方が早いのだ。
俺は、俺で――できることをすればいい。
瘴気を吹き飛ばされたヴェノム・キング・デーモンが吠えた。
次の瞬間、赤い目が俺を捕らえる。
ゴーグルの中にあるディスプレイには、赤い目の周囲に「DANGER」の文字が躍る。
「させないよ!」
俺は、自分の収穫物が入った袋から、ある植物をすかさず取り出す。
黒いトマトのような実のついた、不思議なダンジョン植物。
それを、めいいっぱい引っ張った弦にのせ、パチンコのように飛ばした。
黒い実は、今まさに目を怪しく光らせて俺を睨みつけようとしたヴェノム・キング・デーモンの顔に激突した。
ぐちゅりと音を立て、黒い実が破裂する。中から出てきた墨汁のような果汁が敵の赤い目にへばりつき、視界を遮った。
目標を見失い、のたうち回るヴェノム・キング・デーモン。
我武者羅に瘴気を撒き散らし、範囲攻撃で俺を仕留めようとする。
地面を這うように迫り来る赤黒いガスを尻目に、俺はハープンガンとして使用している滑車つきの改造矢を高い天井めがけて放った。
返しつきの鏃がダンジョンの天井に突き刺さると同時、俺は矢と繋がるロープを巻き上げ、一気に上へ上昇する。
結果、地面を進む瘴気から難なく逃れた。
俺を見つけられないでいるヴェノム・キング・デーモンが、胴体と繋がった頭を左右に振って俺を探しているのが眼下に見えた。
「悪いけど、その子を離してもらおうか。情けない俺のせいで、巻き込んでしまった分、ちゃんと謝らないといけないんでね」
もちろん、この場合釈放して欲しいのは潮江かやの方だ。
間違っても、君塚賀谷斗とかいうヤツじゃない。
これがトロッコ問題で、どちらか片方を列車でひき殺さなくちゃいけないのなら、99%の人間が潮江さんを救う方を選ぶはずだ。
が、これはトロッコ問題ではないし、私怨で君塚を殺すようなことができるはずもない。
助けるのは不本意だが、そうする力があるのなら、やってやろう。
俺はロープを掴んでいた手を離し、自由落下しながら矢を構える。
「属性は風、威力は大を収束させ、数は2――“ウィンド・インパクト・アロー”」
渦巻く風の矢を、真下にいるヴェノム・キング・デーモンめがけて射る。
通常、広範囲を巻き込む突風の戦鎚を放つ“ウィンド・インパクト・アロー”の威力はそのままに、範囲を絞って貫通力を上昇させた。
二本の矢は、狙い過たずヴェノム・キング・デーモンの腕の付け根を吹き飛ばす。
あ、君塚のやつ、風の矢の威力を見て失神しやがった。
泥のような両腕が引きちぎれ、2人の男女が地面に落ちていく。
が、地面に激突する寸前、2人の落下速度が急激に落ちた。
風の矢は地面に激突すると、辺りの瘴気を再度吹き飛ばした上で、勢いを逃すかのごとく上方向に吹いたのだ。
結果、上昇する風に身体を包まれた2人は、肉体的ダメージなしに下へ落ちる。
周囲から、歓声が上がった。
恐怖の絶頂にいたはずの生徒達が、いつの間にかサーカスの綱渡りでも見るかのような目で俺を見ている。
見世物じゃないんだけどな、などと思いながらも、俺は心のどこかで一件落着しそうなことに安堵していた。が――それは少々早計だったと思い知る。
「よし、これで……」
風の矢の逆噴射で勢いを殺した俺は、ゆっくりと地面へ降りていく――が。
そのときだった。
不意に、ヴェノム・キング・デーモンの様子が変わった。
吹き飛ばされた泥のような身体の一部が、腕の付け根へと勝手に戻って行く。
それはまあ、いいのだ。
問題は――ソイツの赤い目が、君塚と入れ替わるように目覚めた潮江さんを見下ろしていることだった。
俺は知らなかったことだが、ヴェノム・キング・デーモンは人の負の感情に強く反応する。
君塚が意識を失い、逆に目覚めた潮江かやは、恐怖というマイナスの感情で顔を真っ青にしていたのだ。
「ま、ず――っ!」
サッと血の気が引く。
俺はまだ空中にいる。このままでは、助けようにも間に合わない!
「待て――!」
制止を呼びかけて、弓矢を向ける。が、それよりも早くヴェノム・キング・デーモンは、ただ無慈悲に紫色の瘴気を少女へ向かって放つ。
ゴーグルのディスプレイに表示される効果は“激痛”。
肉体的なダメージはゼロで、神経系だけを狂わせて全身が焼き付くような痛みを覚えたと錯覚させる凶悪な効果だ。
「くそっ! やめろぉおおお!」
吠える俺だが、間に合わない。
考えてみれば、最初から運命は決まっていたのだ。
俺は、自分の身勝手で一度彼女が理不尽に巻き込まれているのを見逃している。
そんな俺に、彼女を助ける資格はないのだと、そう暗に告げられているようだった。
俺は、潮江かやのヒーローじゃない。
でも――それは、潮江さんが絶望に囚われる理由にはならなかった。
潮江さんを紫の煙が包み込む寸前、彼女の背に覆い被さるようにして影が飛び込んだ。
「なっ!」
驚く俺の前で、飛び込んだ影は瘴気の暴威から潮江さんを庇う。
「ぐっ、ぁああああああああああああああああっ!!」
全身をのたうち回っているであろう激痛に、しかし歯を食いしばりソイツは耐える。
飛び込んだ影は、少女にこれ以上の理不尽が降りかかることを許さない。
ようやっと地面に降り立った俺は、同時にその影が誰なのかを知った。
本来なら、後方で瘴気を浴びた者を治療場へ誘導しているはずの人物だった。
それでも、1人の少女の危機に際して飛び出してくるような、そんな人間だった。
――俺は思い出す。
俺は、潮江さんのヒーローにはなれない。
でも、たった1人だけいたではないか。
潮江さんが君塚とその取り巻きに囲まれ、言い寄られているとき――物怖じせずに彼なりのやり方で君塚達を退散させた人間が。
「や――」
瘴気が晴れ、そのたくましい背中を見た俺は、反射的に叫んでいた。
「八代英次っ!!」
「“ウィンド・インパクト・アロー”!」
刹那、風の塊が放たれ、際限なく迫り来る瘴気をまとめて吹き飛ばす。
「は? え」
「な、なにが起きた?」
Sランクモンスターの放つ瘴気が、なぜか吹き散らされた。
その事実に気付いた生徒達の視線は、当然その不可解な現象の出所を向く。すなわち、視線が俺に集中する。
「は……え? えええええええっ!?」
「な、なんで!? あれって、あ、ああ、あの人だよね? 今めっちゃ話題になってる」
「なんでここに……じゃあ、あの噂ってマジだったのか!?」
「うっそ! 例のアーチャーがウチの学校の生徒だってヤツ?」
「マジかよ……」
これで、俺の退路は完全に塞がれた。
あとは、前に進むのみだ。
「うぉおおおおおおっ!? おお、お前マジかよぉっ! ……いやまあ? 俺は最初っから、正体に気付いてたから驚かないけどな?(裏声) なんていうか、うん。お前には初めて会ったときから、なんかこう、覇気があったからな! うん!」
「嘘つけめちゃくちゃ驚いてたじゃねぇか」
顎が外れそうなほどに口をあんぐりと開けている英次にジト目でツッコミを入れた俺は、英次とその隣にいる乃花へ必要なことを伝えた。
「瘴気を浴びた人を治療するために、誘導してほしい。誘導先はジョブが“回復師”の人でも、近くにある救護室でもどっちでもいい。専門職の解呪なら、なんとかなるはずだ」
「わ、わかった!」
「なんとかする!」
「お願い」
俺は短くそう告げて、己の敵の方を見据える。
本当なら、「回復矢」みたいなのを天井に撃って、エリア回復――みたいなことをやりたいが、残念ながら“弓使い”はそこまで万能でもない。
餅は餅屋。専門職の方に任せた方が早いのだ。
俺は、俺で――できることをすればいい。
瘴気を吹き飛ばされたヴェノム・キング・デーモンが吠えた。
次の瞬間、赤い目が俺を捕らえる。
ゴーグルの中にあるディスプレイには、赤い目の周囲に「DANGER」の文字が躍る。
「させないよ!」
俺は、自分の収穫物が入った袋から、ある植物をすかさず取り出す。
黒いトマトのような実のついた、不思議なダンジョン植物。
それを、めいいっぱい引っ張った弦にのせ、パチンコのように飛ばした。
黒い実は、今まさに目を怪しく光らせて俺を睨みつけようとしたヴェノム・キング・デーモンの顔に激突した。
ぐちゅりと音を立て、黒い実が破裂する。中から出てきた墨汁のような果汁が敵の赤い目にへばりつき、視界を遮った。
目標を見失い、のたうち回るヴェノム・キング・デーモン。
我武者羅に瘴気を撒き散らし、範囲攻撃で俺を仕留めようとする。
地面を這うように迫り来る赤黒いガスを尻目に、俺はハープンガンとして使用している滑車つきの改造矢を高い天井めがけて放った。
返しつきの鏃がダンジョンの天井に突き刺さると同時、俺は矢と繋がるロープを巻き上げ、一気に上へ上昇する。
結果、地面を進む瘴気から難なく逃れた。
俺を見つけられないでいるヴェノム・キング・デーモンが、胴体と繋がった頭を左右に振って俺を探しているのが眼下に見えた。
「悪いけど、その子を離してもらおうか。情けない俺のせいで、巻き込んでしまった分、ちゃんと謝らないといけないんでね」
もちろん、この場合釈放して欲しいのは潮江かやの方だ。
間違っても、君塚賀谷斗とかいうヤツじゃない。
これがトロッコ問題で、どちらか片方を列車でひき殺さなくちゃいけないのなら、99%の人間が潮江さんを救う方を選ぶはずだ。
が、これはトロッコ問題ではないし、私怨で君塚を殺すようなことができるはずもない。
助けるのは不本意だが、そうする力があるのなら、やってやろう。
俺はロープを掴んでいた手を離し、自由落下しながら矢を構える。
「属性は風、威力は大を収束させ、数は2――“ウィンド・インパクト・アロー”」
渦巻く風の矢を、真下にいるヴェノム・キング・デーモンめがけて射る。
通常、広範囲を巻き込む突風の戦鎚を放つ“ウィンド・インパクト・アロー”の威力はそのままに、範囲を絞って貫通力を上昇させた。
二本の矢は、狙い過たずヴェノム・キング・デーモンの腕の付け根を吹き飛ばす。
あ、君塚のやつ、風の矢の威力を見て失神しやがった。
泥のような両腕が引きちぎれ、2人の男女が地面に落ちていく。
が、地面に激突する寸前、2人の落下速度が急激に落ちた。
風の矢は地面に激突すると、辺りの瘴気を再度吹き飛ばした上で、勢いを逃すかのごとく上方向に吹いたのだ。
結果、上昇する風に身体を包まれた2人は、肉体的ダメージなしに下へ落ちる。
周囲から、歓声が上がった。
恐怖の絶頂にいたはずの生徒達が、いつの間にかサーカスの綱渡りでも見るかのような目で俺を見ている。
見世物じゃないんだけどな、などと思いながらも、俺は心のどこかで一件落着しそうなことに安堵していた。が――それは少々早計だったと思い知る。
「よし、これで……」
風の矢の逆噴射で勢いを殺した俺は、ゆっくりと地面へ降りていく――が。
そのときだった。
不意に、ヴェノム・キング・デーモンの様子が変わった。
吹き飛ばされた泥のような身体の一部が、腕の付け根へと勝手に戻って行く。
それはまあ、いいのだ。
問題は――ソイツの赤い目が、君塚と入れ替わるように目覚めた潮江さんを見下ろしていることだった。
俺は知らなかったことだが、ヴェノム・キング・デーモンは人の負の感情に強く反応する。
君塚が意識を失い、逆に目覚めた潮江かやは、恐怖というマイナスの感情で顔を真っ青にしていたのだ。
「ま、ず――っ!」
サッと血の気が引く。
俺はまだ空中にいる。このままでは、助けようにも間に合わない!
「待て――!」
制止を呼びかけて、弓矢を向ける。が、それよりも早くヴェノム・キング・デーモンは、ただ無慈悲に紫色の瘴気を少女へ向かって放つ。
ゴーグルのディスプレイに表示される効果は“激痛”。
肉体的なダメージはゼロで、神経系だけを狂わせて全身が焼き付くような痛みを覚えたと錯覚させる凶悪な効果だ。
「くそっ! やめろぉおおお!」
吠える俺だが、間に合わない。
考えてみれば、最初から運命は決まっていたのだ。
俺は、自分の身勝手で一度彼女が理不尽に巻き込まれているのを見逃している。
そんな俺に、彼女を助ける資格はないのだと、そう暗に告げられているようだった。
俺は、潮江かやのヒーローじゃない。
でも――それは、潮江さんが絶望に囚われる理由にはならなかった。
潮江さんを紫の煙が包み込む寸前、彼女の背に覆い被さるようにして影が飛び込んだ。
「なっ!」
驚く俺の前で、飛び込んだ影は瘴気の暴威から潮江さんを庇う。
「ぐっ、ぁああああああああああああああああっ!!」
全身をのたうち回っているであろう激痛に、しかし歯を食いしばりソイツは耐える。
飛び込んだ影は、少女にこれ以上の理不尽が降りかかることを許さない。
ようやっと地面に降り立った俺は、同時にその影が誰なのかを知った。
本来なら、後方で瘴気を浴びた者を治療場へ誘導しているはずの人物だった。
それでも、1人の少女の危機に際して飛び出してくるような、そんな人間だった。
――俺は思い出す。
俺は、潮江さんのヒーローにはなれない。
でも、たった1人だけいたではないか。
潮江さんが君塚とその取り巻きに囲まれ、言い寄られているとき――物怖じせずに彼なりのやり方で君塚達を退散させた人間が。
「や――」
瘴気が晴れ、そのたくましい背中を見た俺は、反射的に叫んでいた。
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