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第四章 大人気ダンチューバー、南あさり編
第96話 消沈の先に
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――その後のことはよく覚えていない。
消沈したまま、ふと気付いたら家の玄関の前にいた。
この時間、叔母は夜勤に出掛けていていない。
それでもいつもなら、リビングの窓から温かい光が漏れている。
こんなに真っ暗なんてことはない。
玄関の鍵を開け、「ただいま」と述べることもなく家の中へ入る。
靴箱の上に置かれたデジタル時計の表示は、20:30分を過ぎた辺り。
玄関には、亜利沙の靴はない。家の中はひどく空虚で、少なくとも人がいる気配はなかった。
「……まあ、当然だよな」
俺は、誰へともなくそう呟く。
きっと、心の中では期待していたのだ。もしかしたら、先に帰っていた亜利沙がケロッとした顔で「夕飯出来てるよ」と出迎えてくれることを。
そんなの、都合の良い妄想でしかないのに。
あるいは――亜利沙が先にダンジョンへ向かう前言っていた、「夕飯までには戻るから!」という約束を反故《ほご》にされたことに、見捨てられたような孤独を感じているからか。
俺は、着替えるのも億劫で、自室に直行すると電気も付けずにそのままベッドに倒れ込んだ。
「なんで、こんなことになったんだろうな……」
俺は、真っ暗な天井を見上げながら重いため息をつく。
俺は亜利沙のことが大好きだ。
シスコンではないけれど、これまでずっと大切で、これからもずっと大切で。
それは、亜利沙も同じように思っていた……はずだ。
でも、二人の“好き”は違った。
似ていながら、決して交わることのない路線を歩いていた。
だから今、俺は亜利沙のいなくなった家にいる。
俺はまた、亜利沙へ自分の選択を押しつけたのだと気付いた。
これまで、亜利沙のことを大切に思っていたつもりで、彼女の気持をちゃんと考えてこなかった。
それ故に歪んでしまった道を、ここで正そうとした。
でも、それは俺の勝手な選択で。
俺は亜利沙のことを妹としてしか見れていないから、お前もそういう生き方でいいだろ? と押しつけた。
勝手に相手の恋を終わらせようとした。
そんなの――嫌われて当然だ。
俺が亜利沙のことを、妹としてしか見られないのは仕方がない。
これまでずっと、そういう風に生きてきたのだから。
もちろん、この先も妹としてしか見られないかと言われると、絶対の保証はない。未来の自分がどうなっているかなんて、100%わかる人間はいないのだから。
それでも、今の俺は、何度告白されようとも絶対に断る。
それだけは変わらない。
だから、仲直りするついでに「付き合おう」なんて相手の意を汲むことはありえない。亜利沙の思いに対して失礼だ。
でも――じゃあ。
俺は、どうすればいい?
ベッドの上で考えても、答えなんて浮かんでこない。
むしろ、暗い天井に意識が吸い込まれるようで気持ち悪さすら感じた。
俺は耐えられなくなって起き上がり、呟く。
「……少し、外の空気を吸おうかな」
部屋の中の静けさが、妙に耳の奥に響いた。
――。
外に出ると、生暖かい風が吹き付けた。
別に気分転換をしたかったのではない。家の中の静けさに耐えられなくて、外に出てきただけだ。
だから、外に出たってすることはない。
することがないから、とりあえず道に沿って歩く。
歩くのはいいが、今度は行く当てがない。
亜利沙を探すのが今すべきことなのかもしれないが――じゃあ、仮に見つけたとして、彼女になんて言えばいいんだろうか?
大切な思いを否定して、もうお終いにするべきだと、自分のエゴを押しつけてしまった相手に。
今更、俺なんかが会いに行く資格なんてあるんだろうか?
考えれば考えるほど、思考の沼に嵌まって抜け出せなくなる。
沈んでいく気分とは裏腹に、いつの間にかあたりが騒がしくなっていることに気付く。
辺りを見まわすと、いつの間にか車通りの多い大通りを歩いていた。
この喧噪の向こうに、亜利沙がいたりするんだろうか? そんなことをぼんやりと考えていた、そのときだった。
「あれ? かっくん!?」
不意に、後ろから声をかけられる。
というか、そんな風に俺を呼ぶのは――
「……乃花?」
振り返った俺の視界に、肩で息をする乃花が映る。
すぐ脇のガソリンスタンドの明かりに照らされた乃花は、Tシャツに丈の短い半ズボンというラフな格好をして、肩には白いタオルを掛けていた。
「こんなところで何してるんだ?」
「ランニングだよ、ランニング! いやぁ~昨日家族でケーキのバイキングに行ったんだけど、そのとき食べ過ぎてちょっと太っ――」
言いかけた乃花が、わざとらしく咳払いをする。
「そ、それで? かっくんは、ここで何してるの? 今日、南あさりさんとコラボがあったんでしょ? その帰りとか――」
「あー、うん……えっと」
俺は、曖昧に答える。
「そうだ」と嘘をついてもよかったのだが、なんとなく、乃花に嘘をつくことができなくて、結果的に曖昧な返事になってしまった。
言葉の着地点を見失った俺をしばらく無言で見つめていた乃花は、不意に小さくつぶやいた。
「そっか。何か、辛いことがあったんだね」
俺は無言のまま小さく頷く。
何も言っていないのにわかってしまう辺り、彼女は相当勘が良いタイプなのか。あるいは、今の俺は、誰が見てもわかるくらい顔色が悪いのか。
不意に、乃花は細い指で俺の斜め後ろを示す。
振り返ると、そこにはファミレスがあった。
「少し、二人で話そうか。大丈夫、私が驕るから」
そう言って、乃花ははにかんだ。
消沈したまま、ふと気付いたら家の玄関の前にいた。
この時間、叔母は夜勤に出掛けていていない。
それでもいつもなら、リビングの窓から温かい光が漏れている。
こんなに真っ暗なんてことはない。
玄関の鍵を開け、「ただいま」と述べることもなく家の中へ入る。
靴箱の上に置かれたデジタル時計の表示は、20:30分を過ぎた辺り。
玄関には、亜利沙の靴はない。家の中はひどく空虚で、少なくとも人がいる気配はなかった。
「……まあ、当然だよな」
俺は、誰へともなくそう呟く。
きっと、心の中では期待していたのだ。もしかしたら、先に帰っていた亜利沙がケロッとした顔で「夕飯出来てるよ」と出迎えてくれることを。
そんなの、都合の良い妄想でしかないのに。
あるいは――亜利沙が先にダンジョンへ向かう前言っていた、「夕飯までには戻るから!」という約束を反故《ほご》にされたことに、見捨てられたような孤独を感じているからか。
俺は、着替えるのも億劫で、自室に直行すると電気も付けずにそのままベッドに倒れ込んだ。
「なんで、こんなことになったんだろうな……」
俺は、真っ暗な天井を見上げながら重いため息をつく。
俺は亜利沙のことが大好きだ。
シスコンではないけれど、これまでずっと大切で、これからもずっと大切で。
それは、亜利沙も同じように思っていた……はずだ。
でも、二人の“好き”は違った。
似ていながら、決して交わることのない路線を歩いていた。
だから今、俺は亜利沙のいなくなった家にいる。
俺はまた、亜利沙へ自分の選択を押しつけたのだと気付いた。
これまで、亜利沙のことを大切に思っていたつもりで、彼女の気持をちゃんと考えてこなかった。
それ故に歪んでしまった道を、ここで正そうとした。
でも、それは俺の勝手な選択で。
俺は亜利沙のことを妹としてしか見れていないから、お前もそういう生き方でいいだろ? と押しつけた。
勝手に相手の恋を終わらせようとした。
そんなの――嫌われて当然だ。
俺が亜利沙のことを、妹としてしか見られないのは仕方がない。
これまでずっと、そういう風に生きてきたのだから。
もちろん、この先も妹としてしか見られないかと言われると、絶対の保証はない。未来の自分がどうなっているかなんて、100%わかる人間はいないのだから。
それでも、今の俺は、何度告白されようとも絶対に断る。
それだけは変わらない。
だから、仲直りするついでに「付き合おう」なんて相手の意を汲むことはありえない。亜利沙の思いに対して失礼だ。
でも――じゃあ。
俺は、どうすればいい?
ベッドの上で考えても、答えなんて浮かんでこない。
むしろ、暗い天井に意識が吸い込まれるようで気持ち悪さすら感じた。
俺は耐えられなくなって起き上がり、呟く。
「……少し、外の空気を吸おうかな」
部屋の中の静けさが、妙に耳の奥に響いた。
――。
外に出ると、生暖かい風が吹き付けた。
別に気分転換をしたかったのではない。家の中の静けさに耐えられなくて、外に出てきただけだ。
だから、外に出たってすることはない。
することがないから、とりあえず道に沿って歩く。
歩くのはいいが、今度は行く当てがない。
亜利沙を探すのが今すべきことなのかもしれないが――じゃあ、仮に見つけたとして、彼女になんて言えばいいんだろうか?
大切な思いを否定して、もうお終いにするべきだと、自分のエゴを押しつけてしまった相手に。
今更、俺なんかが会いに行く資格なんてあるんだろうか?
考えれば考えるほど、思考の沼に嵌まって抜け出せなくなる。
沈んでいく気分とは裏腹に、いつの間にかあたりが騒がしくなっていることに気付く。
辺りを見まわすと、いつの間にか車通りの多い大通りを歩いていた。
この喧噪の向こうに、亜利沙がいたりするんだろうか? そんなことをぼんやりと考えていた、そのときだった。
「あれ? かっくん!?」
不意に、後ろから声をかけられる。
というか、そんな風に俺を呼ぶのは――
「……乃花?」
振り返った俺の視界に、肩で息をする乃花が映る。
すぐ脇のガソリンスタンドの明かりに照らされた乃花は、Tシャツに丈の短い半ズボンというラフな格好をして、肩には白いタオルを掛けていた。
「こんなところで何してるんだ?」
「ランニングだよ、ランニング! いやぁ~昨日家族でケーキのバイキングに行ったんだけど、そのとき食べ過ぎてちょっと太っ――」
言いかけた乃花が、わざとらしく咳払いをする。
「そ、それで? かっくんは、ここで何してるの? 今日、南あさりさんとコラボがあったんでしょ? その帰りとか――」
「あー、うん……えっと」
俺は、曖昧に答える。
「そうだ」と嘘をついてもよかったのだが、なんとなく、乃花に嘘をつくことができなくて、結果的に曖昧な返事になってしまった。
言葉の着地点を見失った俺をしばらく無言で見つめていた乃花は、不意に小さくつぶやいた。
「そっか。何か、辛いことがあったんだね」
俺は無言のまま小さく頷く。
何も言っていないのにわかってしまう辺り、彼女は相当勘が良いタイプなのか。あるいは、今の俺は、誰が見てもわかるくらい顔色が悪いのか。
不意に、乃花は細い指で俺の斜め後ろを示す。
振り返ると、そこにはファミレスがあった。
「少し、二人で話そうか。大丈夫、私が驕るから」
そう言って、乃花ははにかんだ。
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