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第一部 出会い、そして混沌の夜明け

第二章26 消沈の夜に

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 王宮に帰ってきた僕は、救護班にレイシアを引き渡した後、負傷者の救援を王宮警邏庁に依頼した。
 王国魔術師団・王宮魔術師団の双方が多大なる犠牲を払った今晩の闘いは、この国の歴史に大きな爪痕を残すこととなった。

 何故、〈ウリーサ〉が退いたのかは、ようとして知れない。けれど、一つだけわかることがあるとすれば、気まぐれで退いてくれなければ、僕達は間違いなく死んでいたということだ。そしておそらく、この王国も、〈ロストナイン帝国〉の領土に喰われていたことだろう。

 兎にも角にも、死傷者の事後処理を警邏庁に一任して、王宮に帰ってきた頃には、とっくに深夜を回り、クタクタに疲れ切っていた。

「はぁ……終わった」

 いつもの長テーブルが置かれた控え室で、僕は思わず長いため息をついて、椅子にしな垂れかかった。
 流石に身体は重く、おしりは椅子に吸い付いている感じがして、当分離れそうにない。

 先に控え室に戻ってきていたフィリアは、もう既にソファに寝転がっており、穏やかな寝息を立てて寝ている。余程疲れたのだろう。
 基本いつも生意気だけど、こういうところは小動物みたいで可愛い。……本当に、しょっちゅう生意気だけど。

「ああ、どうにか終わったな……」

 向かいに腰掛けているロディが、意気消沈とばかりにぼやいた。
 それから、懐から葉巻を取り出して火を付けた。しばらく先端から立ち上る紫煙しえんを虚ろな目で見送った後、ロディはとつとつと語り出した。

「おそらくだが……明日からいろんな事後処理に追われるだろうな。街も組織も、大きな被害を受けた。それに……今回の闘いで、七割の部下が逝っちまった。命がけで国を守ったとしても、大きすぎる犠牲だ。相手が退いてくれたが故に、この王国が生き延びたとあっちゃ、この国を守った部下達の魂も浮かばれん」
「うん。ちゃんと供養してあげないとね……僕も、葬儀には参列するよ」
「ああ、助かる」

 短く答え、ロディは葉巻を灰皿に押しつける。
 基本的に剛胆不敵ごうたんふてきなロディだが、今日ばかりはとても小さく見えた。

 なんと声をかけていいかわからず、僕が戸惑っていると。

 コン、コン、コン。

 室内にノックの音が響き渡った。

「誰だ……こんな時間に」

 ロディはいぶかしむように目を細め、扉の方に目を向ける。
 がちゃりと音を立てて扉が開いた。

「すまぬな。邪魔をするぞ」

 入ってきた意外な人物に、僕は目を丸くした。
 レイシアだ。左手にギプスをして、全身包帯やテープが貼られており、見るからに痛ましい姿となっている。こうしてここまで自力で歩いてきたのが、信じられないくらいだ。

 魔術師団の総隊長に恥じない胆力さだと、改めてそう思った。
 けれど、驚いたのはそこじゃない。

(なんで、怪我をおしてこの部屋まで来たんだろう?)

 彼女は、筋金入りの王国騎士団嫌いだ。
 ロディの話では、今まで一度もこの部屋に訪れたことはなかったらしい。そんな彼女が、傷ついた身体を引きずってまで騎士長がいるこの部屋に来ることに対して、驚きを禁じ得なかった。

「お前、何しに来やがった?」

 実際、ロディも眉根を寄せて、レイシアの真意を探ろうとしている。
 レイシアは「少し、用事があってな」とだけ答えて、僕の方を見た。
 琥珀色の瞳と目が合う。

「……僕に、何か用ですか?」
「――あ、いや……まあ、そんなところだ」

 レイシアはなぜか視線をずらし、気まずそうに頬を搔きながら答えた。

「……はぁ」
「少し、話がしたくてな」
「話、ですか」
「そうだ」

 レイシアはこちらに歩いてくると、また言葉を探すように目を逸らし、口を開いた。

「……話は、ここじゃなきゃマズイか? できれば二人きりで話がしたいんだが」
(二人きり?)

 なぜそう言うのかわからなくて、一瞬迷ってしまう。
 何か、言うべき大事なことがあるのだろうか? まあ、こんな怪我をしていても、話とやらのために大嫌いな騎士団のところまで来たのだ。

 真意はわからなくとも、彼女なりに大きな決断があっての行動であるはずだ。
 ここは素直に、彼女の言い分を聞いておくとしよう。

「そうですね。……僕は一向に構いません」
「そうか。よかった」
「大事な話なんですか?」
「まあ、そんなところだ」

 話は決まったとばかりに、レイシアは踵を返し、ドアの方に向かっていく。
 ……追いかければいいのだろうか?

「ちょっと行ってくるよ」

 僕はロディにそう告げ、足早に彼女を追う。

「ああ、行ってこい。二人きりで話がしたいなんて、ひょっとしたら告られっかもしんねぇぞ?」

 ニヤニヤと笑いながら、人をからかうようなことを宣のたまうロディに、「そんなわけないでしょ?」と冷静ぶって返す。

 だが、あえて言おう。
 そんな青春展開を、期待していたりもします。
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