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Episode.3 恋のダンスステップとプッティの逆ギレ説教

第21話 感動の勘当?皇御の国のお姫様、ついに立つ!

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「あ、気がつきましたか?」

 プッティが目を覚ますと、大きな籐籠の中に自分が寝かされていたことに気がついた。布団のようにひざ掛け毛布を掛けられていて、身を起こすと、そこは他に人のいない草原の一隅だった。すぐそばには小川が流れている。ここはケネスリードの首都クレンメルタから離れた郊外のどこからしい。

「痛い目に遭われて、お疲れになっていたのですね。大きなイビキをかいて眠っていらしましたわ」

 袖を口許に当てて「失礼」と断りながら、楓は慎み深くクスクスと笑った。
 のどかな風景の中、幾本か立った木の枝葉を日除けにして、楓は薄縁を敷いていた。

「そうそう、お休みなっていらした間にお洋服を繕って差し上げるつもりでおりましたが……」

 申し訳なさそうに楓はプッティが着ていた服を掲げてみせた。魔法協会本部での大立ち回りで破れたり汚れたりしている。プッティは自分がシュミーズ一枚になっていたことに気がつき、慌てて毛布を肩まで引き上げた。

「綻びや裂け目が酷くてとても修繕出来ませんでしたの。でもボロボロのお洋服を着せるなんてとても出来ません。それで……」

 彼女は背後からフリルのついた小さなロングドレスを取り出し、おずおずと差し出した。

「勝手ですみませんが、魔法でこちらの服を仕立てさせていただきました。粗末な出来でございますが、こちらを着ていただけませんか?」
「粗末ってこれが?」

 お姫様が舞踏会で着るような高級そうなドレスの人形バージョンである。さすがのプッティも思わず気後れしたが「元のお召し物のままではあんまりですから。お願いです」と懇願されては断れず、袖を通すしかなかった。

「まぁ、お似合いですわ!」
「そ、そっかな」
「はい。差し支えなければこのままご愛用下さい。私からお近づきのしるしでございます」
「お、おう」

 ドレスを着たプッティは「出来るだけ大切に着るよ。こんなに綺麗なドレス……ありがとう」と、珍しく丁寧に頭を下げた。魔法協会の恫喝の前では鬼のように荒れ狂った凶悪人形も、礼儀正しく接するこの皇女の前では魔法をかけられたように大人しかった。
 楓は自分の好意を喜んでもらえたことがとても嬉しそうな様子で「こちらにお茶もご用意いたしました。いかがですか?」と誘った。

「ゴメンな、あたい人形だからお茶飲めないんだ。飲む振りしか出来ないけどいいかい?」
「まぁ、何と優しいお心遣い。貴女のご主人様はさぞや礼節あるお方なのですね」

 プッティの脳裏に「レディル様ぁ、ゲヘヘ……」と笑っているダラけたリーザロッテの姿が思い浮かんだ。

「改めて自己紹介させていただきますわね。私は皇御(すめらぎ)の国の第一皇女、皇御楓すめらぎ かえでと申します」

 十二単の裾をそっと持ち上げて丁寧に挨拶した楓へ例によって「あたいはプッティってんだ、よろしくな!」と元気よく自己紹介した魔法人形は「あ、いけね」と、自分の頭を小突いた。

「ゴメンなお姫様。あたい、礼儀知らずで口の利き方も知らねえからこんなカンジで話すけど悪気はねえんだ」
「そのように気さくに話していただけます方が、楓は嬉しゅうございます」

 おや、以前にも同じ王族の方と似たようなやりとりをしたことがあったなと思い出したプッティはクスリと笑った。
 かくして小さな魔法人形を大切な客人としてもてなしながら、楓は彼女の口からリーザロッテの身の上話を聞き始めた。
 ところが……最初は笑顔で聞いていた楓は、レストリアの森でリーザロッテとレディルが出会った経緯あたりから真剣な面持ちになり、先日の川に橋を架けた話では目にいっぱい涙を浮かべ、泥人形となったリーザロッテがトボトボ帰宅したあたりでとうとうこらえ切れなくなって、わっと泣き出してしまった。

「そ、そんな泣くほどのことでもねえよ。あの後で村の人達もリーザロッテの頑張りに気がついて謝ってくれたし……」
「ごめんなさいまし。リーザロッテさんが余りにもいじらしくて……皇族の娘ともあろう者が見苦しいところをお見せしてしまいました」

 非道な振る舞いに冷ややかな怒りを見せた皇族の魔法少女は、一方で感受性が高く繊細な心の持ち主らしい。
 それでも「もう泣きません。続きを聞かせていただけますか?」と促され、プッティは結局、魔法協会へ公認魔女の申請へ来るまでの経緯を洗いざらい話すことになった。

「……ってことで魔法協会にやって来たのはいいけど、あんなことになっちまったって訳なんだ」
「ありがとうございますプッティさん。お話、しかと伺わせていただきました。リーザロッテさんはとても立派な方ですのね。まだお会いしていませんが親しく感じます。私、是非お友達になりとうございます」
「そ、そりゃどうも……」

 困ったように照れた小さな魔法人形を楓は可愛いらしく思ったが、ふっと表情を変え、静かに考え込み始めた。
 笑っていられない、あることに思い至ったのだ。
 その顔に次第に厳しいものが浮かんでくる。

「ところでレストリア……と、おっしゃいましたわね」
「うん。リーザロッテとあたいは今、トロワ・ポルムって云う国境に近いちっちゃな村から少し離れた森の傍に住んでるよ」
「プッティさん。今、レストリアはとても危ないってご存じですか? お隣のズワルト・コッホ帝国が武力による併合を企んでいるのです」
「そういや、レディル様が戦争になるかもって言ってたな。最近でも国境で塹壕を掘ったりしてたし」
「その戦争……もしかすると、今日明日にでも始まるかもしれないのですよ」
「ええっ!?」

 プッティは仰天して飛び上がる。そんなに切迫しているとは思っていなかったのだ。

「トテつもなくヤベぇ! どうしよう……」
「ええ、一刻の猶予もなりません。ですが大丈夫です。この私が及ばずながら力になりましょう」
「で、でもどうやって?」

 楓はにっこり笑った。

「私、これからプッティさんのお供をしてレストリアへ参ります」
「ええっ!?」

 戦争が始まりそうな国へ他国のお姫様が突然来訪するというのだ。さすがにプッティも驚いた。

「レストリア国境に逗留する私の身に何かあれば、皇御の国が黙っておりません。なのでズワルト・コッホもおいそれと戦争を始められませんわ」
「でも、それってお姫様の身も危険に晒す訳だろ? それはそれでヤバいんじゃね? もしも……」
「もしもなんて自分の身だけ心配していたらリーザロッテさんもレストリアも守れません。私、大親友の為なら喜んでこの身を危険に晒して進ぜます」

 まだ会ってもいない自分の主人を「大親友」と言われてプッティは目を白黒させたが、そんな彼女をよそに、楓は懐から懐紙を取り出して小さな紙縒りを作った。

「プッティさん。私、さっきの出来事や決めたことをお父様へ今からお話しして、許しをいただかねばなりませんの。すみませんが、しばらくこれで耳栓と目隠しをしていただけますか?」
「あ、ああ……」

 紙縒りでプッティに耳栓をし、目にも優しく目隠しの懐紙を貼り付けると楓は魔法球を宙に浮かべ、和歌のように呪文を唱えた。
 プッティは目も耳も封じられた状態なので、楓の父親である聖皇の姿を見ることは出来ず、話の内容も皆目分からない。かろうじて漏れ聞こえる会話の断片が聞き取れるくらいだった。
 そして、許しをいただくはずの話といえば……最初は和やかな様子であったが、次第に雲行きが怪しくなっているようだった。おっとりしていた楓の口調がだんだんと険しくなり、ついには激しい剣幕で何か言い合っている様子が伝わってくる。

「……おかしいじゃありませんこと、お父様!」
「……!……!」

 声量のボルテージが上がり、耳栓の隙間から怒鳴りあいの応酬が聞こえてくる。皇族とはいえ、親子だけに言い合いも遠慮呵責もない激しいものになっているようだ。
 しまいには、怒り狂った楓がだんだんと足を踏み鳴らす音、「見損ないましたわ、お父様!」という叫び声までもが漏れ聞こえてきた。

(ヤベえ! なんかとてつもなくヤベえことになってる!)

 やがて、楓が「分からず屋! そこまでおっしゃるならもう親子でも何でもありませんから! 今までお世話になりました! さよなら!」と叫ぶや否や、ガラスを割ったような音が聞こえた。

「お待たせしました、プッティさん。お父様との話し合いは終わりましたわ」

 そういって耳栓と目隠しを外されたプッティの視界に飛び込んで来たのは、踏みにじられた無残な薄縁と粉々に打ち砕かれた魔法球の残骸だった。
 楓といえば、この惨状が自分の所為ではなかったかのように、にこにこと笑っている。

「ず、ずいぶんエキサイティングな話し合いだったみたいだな」
「はい。さきほど父から勘当されました」
「かんどお!?」
「まぁ、プッティさん褒めて下さるのですか。ありがとうございます」
「感動じゃねえし! 勘当だよ!」

 傍若無人で鳴らした凶悪魔法人形もさすがに顔色を失った。おおごとである。一国の皇女ともあろう御方が行きずりの自分を助けて公的な資格を蹴ったばかりか、ロイヤルファミリーから放り出されちゃった!

「ヤべえ……レストリアもヤベえが、こっちもヤべえことになっちまった……」
「そんなにお気になさらないで下さいまし」
「いや、気にするなって言われたって無理だし!」
「まあまあ。こうなるんじゃないかなぁって何となく思っていましたわ。ほほほ……」

 楓は泰然自若としている。おっとりした性格ながら相当肝っ玉が据わっているらしい。

「で、でもよ。何でそこまでしてくれるのさ? 会ったばかりのあたいや見ず知らずのリーザロッテの為に……」
「プッティさん」

 問う者をまっすぐ見返し、楓は答えた。

「……ずっと疑問だったのです。このまま魔女の公認を受けてメリアスト・アルス学園へ入学することに。民草の辛苦も知らぬまま肩書を与えられ、大人の作った安全な箱庭の中でただ勉学に励んで、それでいいのかと。それもこんな緊迫した国際情勢の中で」

 おっとりしていた顔に、いつのまにか真剣な表情が浮かんでいる。プッティは、この魔法少女に「人に上下はない」と厳しく断じたレディルと同じ匂いを感じた。

「プッティさん、魔法協会で言われましたね? 身分なき者の声を聞かないのか、恵まれている者だけが世の恩恵を受けるのかって。私、思いました。この声に応えねばならない。この声へ手を差し伸べぬ者にまつりごとに携わる資格はない……と」
「そ、そんなもんかな」

 あたい、そんな御大層なことを言ったっけ……と、プッティは困惑したが、楓は大まじめに「言ったのです」と、うなずいた。

「お父様にそう申し上げましたら、それは間違っていないが……とかモゴモゴ言いながら、とにかく公認を受けろ、リアスト・アルス学園へ入学しろ、詳しい話は改めて聞くからって誤魔化そうとなさいまして……それで喧嘩の挙句、勘当と相成りました」
「あちゃー」

 娘を心配する父親としては、とりあえず彼女を宥めすかして安全な環境に置いて……と思ったのだろう。
 しかし、当の楓といえば「よいのです、あんなカッチン玉の禿げ親父。一度、プッティさんの薪ざっぽでブン殴られるくらいの痛い思いをさせないと!」と、バッサリ。
 今頃、皇御国の玉座ではその禿げ親父が頭を抱え、途方に暮れているに違いない……

「そんなことよりいま心配しなければいけないのは、リーザロッテさんのいるレストリアの方です」
「そ、そうかな……」
「そうですわ! ですからレストリアへ赴く前に、国境で『おいた』をやらかしているズワルト・コッホに少しばかり釘を刺しに参りましょう」
「釘?」
「はい、私の身分を利用しますの。プッティさんも少々お付き合いくださいまし」

 そう言って国境の方角を見た楓は目を細めて「ふふふ……」と、不敵に笑った。
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