終焉を迎えそうな世界で、君以外はなんにもいらないんだ

朱月野鈴加

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【五話】こんな世界、滅んでしまえばいい

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 トマスの言葉に、蘭はのろのろとテーブルに近寄り、引かれた椅子に大人しく座った。
 言われたとおり、蘭はお腹が空いていて、考えがまとまらない。
 用意されていた桃色の飲み物を飲むと、ほどよい甘さに自分が酷く喉が渇いていたことに気がついた。
 ゴクゴクと飲み干すと、次は別のコップが出てきた。今度は薄い黄色をした飲み物だった。

「こちらはさっぱり感が強い、やはり疲労回復に効果がある飲み物です」

 蘭は手に取り、少しだけ口にした。レモンのような爽やかさを感じる飲み物だった。

「少し冷めてしまいましたが、スープです」

 白い器に透き通った薄黄色い液体が入っていた。コンソメのスープっぽかった。
 スプーンを手に取り、一匙口に含む。
 塩加減がちょうどいい、やはりコンソメのようなスープだった。冷めていてちょうどよい飲み頃だった。
 料理は次々と出され、蘭はすべてを食べきった。

「……美味しかった、です」
「お口に合ったようで、よかったです」

 お腹が満たされれば、少しは余裕が出てきた。

「食べた後、少し休んだら、湯浴みもされますか?」
「湯浴み……」

 湯浴みとは、お風呂のことだろうかと思いながら、蘭はうなずいた。

「準備をする間、また少し、お話しさせていただいてもよろしいでしょうか」

 湯浴みの準備はアーロンがするようで、部屋から出て行った。
 部屋に残っているのは、蘭とトマスとイバン。

「お話、とは?」

 蘭は食事のテーブルの椅子に座ったまま、二人に問いかけた。
 二人は蘭の前に来ると、深く頭を下げた。
 いきなりのことに、蘭はどうすればいいのか分からず、固まった。

「まずはあなたに謝りたい。私たちはあなたがすでに世界の意志から話を聞いて了承しているものとして、色々と進めてしまった」
「話に聞いていても男三人から、なんて、怖かったでしょうに、なにも知らないところをその……襲ってしまい、誠に申し訳ございません」

 二人は深々と頭を下げたまま、動かない。
 蘭の言葉を待っているようだ。

「わたし……は」

 蘭はそこまで口にして、自分はこれからどうすればいいのかまだ決めかねていることに気がついた。

「あの所業を許して欲しい、なんて言わない」

 イバンは頭を下げたまま、苦痛に満ちた声で口にした。

「あなたが怖いと思っていたのにも関わらず、おれは……その、気持ちが良すぎて……」
「イバン」
「でも! トマス兄さんだって、気持ちよかったんだろうっ?」
「そう、だが……」
「嫌がる女性を抱いて、おれたちだけ気持ち良がって……」
「それは、仕方がない。彼女は聖女なのだから」
「そんなの、理由にならない!」

 とそこへ、湯浴みの準備を終えたらしいアーロンが戻ってきた。

「隣の部屋に用意している。身体を拭く布はこれで、着替えはこれで……」

 アーロンは蘭に荷物を渡しながら説明をして、そして二人が頭を下げたままなのを見て、それからアーロンも二人の横に並び、同じように頭を下げた。

「なんの話をしたかは、だいたい想像する。俺たちが怖ければ、思いっきり拒否をして欲しい」

 蘭は渡された服を抱きしめながら、口を開く。

「拒否をしたら……あなたたちは、どうなるの?」
「自分の心配をしないでおれたちの心配かよ!」
「私たちは聖女の相手から外されて、次世代の聖女の相手を作るための役割を与えられるだけだ。殺されたり、罰せられたりする心配はない」

 しかし、アーロンが不満そうに口を開く。

「俺たちはそれでいいけど、あんたは別の男を宛がわれるだけだ」
「っ! わっ、わたしは、開放されない……ってこと、ですか?」
「そうだ。世界の意志が連れてきた聖女なのだから、勇者を産んでもらわないと困る、というのがこのクソな国の本音さ」

 蘭はいやいやと首を振った。

「それを……拒否した場合は」
「身ひとつでここから投げ出され、また別の異世界人が召喚される」
「ひ、ひどいっ!」

 どこまでも身勝手な、と思うが、蘭としてはこの三人に二度も抱かれたこともあり、すでに嫌悪感より好意の方が強くなっている。それに、慣れてきたのもあり、離されるのは嫌だと思っている部分もある。

「わた、わたし……はっ」

 蘭はぼろぼろと涙をこぼし、それでも必死に言葉を紡ごうとしていた。
 その姿を見た三人は、抱きしめたい衝動に駆られていたが、嫌がられている手前、必死で我慢していた。

「あなたは、どうしたい?」
「……帰りたい」
「それが、あなたの希望だと」
「……はい」
「分かった」
「トマス兄さんっ?」
「トマスっ?」

 トマスは顔を上げ、アーロンとイバンを見た。それから、蘭に視線を向けた。

「あなたにとって、絶望しかないと思うけれど。その願いは、叶えられない」
「っ!」
「聖女の末路は、勇者を産んだら、この世界に放逐される」
「トマスっ」
「元の世界に戻されたという聖女は、残念ながら、いない」
「いやああああっ!」

 蘭はテーブルに伏して、号泣した。
 さすがにそれを見たイバンとアーロンは駆け寄ろうとしたが、トマスに止められた。

「トマス、追い打ちを掛けるようなことをっ!」
「事実だ」
「それでも!」
「私がこの仕組みに怒ってないとでも?」
「……いや」
「だから、私はこのくそったれな仕組みを壊す」
「どうやって?」

 トマスは不敵に笑うと、イバンとアーロンを見た。

「まずは、彼女に予定どおり、勇者を産んでもらう」
「それじゃあ変わらないじゃないか」
「そこは準備期間を含むから、仕方なくだ」
「それで、どうするんだ?」
「産まれた勇者共々、私たちは姿をくらます」
「いや……それ、過去に何度もされて、無理だったのでは」
「あぁ、見つかるだろうな」
「おいっ、いい加減なこと──」
「これをするとな、私たちはここから見えるあの塔に全員、幽閉されるんだ」
「幽閉……?」
「サフラ聖国の反逆者としてな」

 アーロンは眉をひそめたが、イバンはトマスの意図を察したようだ。

「そうすれば、おれたちはバラバラにはならない?」
「そういうことだ」
「だが、自由は格段に今よりもなくなるぞ」
「どう転ぼうが、私たちには自由などない。それならば、最低の中でもマシなものを選ぶしかあるまい」

 蘭は泣きながらも、トマスの言葉は聞こえていた。

「子どもとも離されず、聖女である彼女を守ることが出来る」
「だけど、他の人たちがそれをしないのは……」
「しないんじゃない。知らないから出来ないだけだ」

 トマスの計画は、蘭が求めるものとは違ったが、まだマシなような気がした。
 しかし、それは本当に上手くいくのか?

「聞いていましたよね?」
「……はい」

 蘭はまだ泣きながらも、返事をした。

「出来ることなら、あなたを元の世界に帰してあげたい。だけど、それは無理。だったら、どうするのが最良か。このままでは、私たちはバラバラにされてしまう。あなたのことをずっと守れない。守るためには──こうするしかない」

 それが上手くいくかどうかはともかく、トマスは蘭のことを一番に考えてくれたようだ。

「あなたには申し訳ないが、我々の子を産んでもらう」
「……──はい」
「産む前に出来ないのか?」
「それも考えたのですが、その場合は──聖女は殺され、我々は枷を付けられて意志を奪われるのです」

 その差の違いはなにか。

「勇者を産んだか、産んでないか、の違いか」
「そうです」

 サフラ聖国で必要なのは、あくまでも勇者。
 勇者の父でも母でもない存在は必要ない、ということなのだろう。

「ほんと、くそったれだな!」

 イバンの言葉に、全員がうなずいた。

「それが分かったのなら、湯浴みをしてきてください」
「……はい」
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