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【六話】目が覚めたら、夢だったら良かったのに

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 蘭はのろのろと立ち上がり、アーロンに案内されて隣の部屋に入った。
 そこは、蘭が知る浴室とは違っていたが、台が置かれ、真ん中に少し深めの桶があり、温かな湯が張られていた。

「この布を湯に浸して絞って、身体を拭いて……。髪は濡らす前にこれを塗って汚れを落として、この小さい桶で流す。湯に浸かりたかったら浸かってもいいが、あまり深くないからな」
「ありがとうございます」
「隣の部屋の扉の前にいる。なにかあったら少し大きめの声で呼んでくれ」
「はい」

 アーロンが部屋を出ていったのを確認して、蘭は服を脱いだ。
 裸になり、お腹を見ると、白く淡く紋様が光っている。
 それ以外は変わりなく、また涙が出てきそうになったが、唇をかみしめてやり過ごした。
 アーロンは身体から拭くような説明をしてくれたが、蘭は先に頭を洗うことにした。
 台の上に置かれていた瓶を取り、栓を開けるとすごく良い匂いがした。これを髪に塗ると言っていたが、なんだか不思議だ。
 言われたとおりに髪に塗り、地肌にも塗る。少しスーッとして気持ちがいい。
 それから小さな桶に湯を汲み、身体を洗う用の布を浸す。すると不思議なことに泡が出てきた。身体を濡らしてないが、肌に布を当てると問題なく身体は洗えた。
 小さな桶でお湯を汲み、頭から被るとスッキリした。
 桶の中からお湯を使ったから減ってはいたが、やはり浸かりたい。
 だから蘭は桶に入り、できるだけ全身が浸かれるように調整した。
 温かなお湯に浸かっていると、気持ちがいい。寝てしまいそうになるのを必死に我慢して、身体が温まったところでお湯から出て、身体を拭いた。
 髪は濡れたままだが、ドライヤーはないだろうから、自然乾燥になるだろう。仕方がない。
 蘭の髪の毛は肩に掛かるくらいの長さだ。予備の布を肩からかけておけば服が濡れなくていいだろう。
 着替えて、湯浴みの部屋から出ると、イバンが慌てて寄ってきた。

「髪の毛、濡れたまま!」
「えっ?」
「渇かすから、椅子に座って!」

 蘭はイバンの勢いに素直に椅子に座った。
 イバンは蘭の後ろに回ると髪に触れていく。触れられたところがなんとなく温かい。
 不思議に思っていると、

「はい、乾いたよ」

 と言われ、髪に触れると、驚くほどサラサラになっていた。

「サラサラになったね。ずっと触れていたい」

 イバンに甘い声で言われて、蘭は真っ赤になった。

「イバン、それ以上は触れない!」

 アーロンに注意されて、イバンはしょんぼりしていた。
 アーロンは蘭の肩に掛かっていた布を回収すると、湯浴みの部屋へと入っていった。

「湯浴みをして、喉が渇いたでしょう」

 そう言って、トマスが少し小さめのグラスを持って来てくれた。中は紫色をしていて、不思議に思っていると、トマスが説明してくれた。

「眠りやすくするための飲み物ですよ」

 そう言われて、蘭はラベンダーを思い出した。たぶん、似たようなものだろう。
 口を付けるとほのかに花の香りがした。
 蘭が飲み干したのを確認すると、トマスはさりげなくグラスを受け取ってくれた。

「お休みの前に明日の予定を伝えておきます。朝食後、他の聖女の方たちに挨拶がてらの会議が予定されています」
「会議……」
「服はこちらで用意しますので、ご心配なく」

 果たして、聖女が何人いるのか分からないが、会議があるというのは予想外だった。

「その後の予定は特にございませんので、明日、改めてご相談させてください」
「……はい」
「それでは、そろそろお休みになられますか?」

 特にすることはない。
 さっきまで寝ていたから眠くはないが、なんとなく一緒にいるのも居たたまれない。
 とはいえ、ベッドはきっと、あの丸いものなのだろう。
 そう思っていると、トマスがくすりと笑った。

「ご安心ください。寝室は別にございます」
「あ……」

 こちらですよ、とトマスは少しかわいらしい装飾が施された白い扉を指さした。

「ここがあなたの寝室です」

 そう言って、扉を開いてくれたので、蘭は足を動かして覗いてみた。
 中は白一色の清潔そうな部屋だった。

「色とデザインの好みが分からなかったので、無難なものでそろえています。要望があれば、遠慮なくおっしゃってください」
「……いえ、これで充分です」

 蘭が部屋に入ると、トマスは礼をしながら、

「おやすみなさいませ」

 そう言って、扉を閉めた。

 部屋に灯りはついていないが、ほんのりと明るい。
 灯りをどうやってつけるのか分からないが、暗いままでも問題ないのでこのままにしておく。
 部屋はそれほど広くはなかったが、ベッドと書き物が出来る机と椅子、それから壁にはクローゼットらしき扉がついていた。
 窓もあり、白いカーテンが掛かっていた。
 開けて外を見てみる勇気はなかった。
 蘭は少し悩んだが、ベッドに近寄り、整えられた掛け布団をはがした。
 真っ白なシーツ。真っ白な枕。
 今、身につけている服は寝間着で、こちらも白かった。
 蘭はベッドに上がり、横になり、掛け布団を掛けると目を閉じた。
 これは夢で、寝て目が覚めたら夢だった。
 そうなることを信じて、目を閉じた。

 *

 カーテンの隙間からの木漏れ日で、蘭は目を覚ました。
 目を開けてもそこはやはり見慣れない天井で、寝る前に願ったことは叶わなかったと知った。
 分かっていたけれど、やはり悲しい。
 耳を澄ますと、隣の部屋から物音がする。
 あの三人はもう起きてきているのだろうか。
 もう少し寝ていたかったが、朝食後に会議があると言っていたのを思い出した。
 今が何時で、会議は何時からなのかわからないので、起きることにした。
 ベッドから出て、自分が寝間着であることに気がついた。
 昨日は疲れていたから気にしていなかったが、男性三人の前で寝間着姿をさらしたのかと思うと、恥ずかしい。
 着替えはクローゼットらしきところに入っていそうだが、勝手に開けてもいいのだろうか。
 そう思っていると、遠慮がちに扉が叩かれた。
 蘭は扉に近寄り、返事をした。

「……はい」
「おはようございます、トマスです。朝食の用意が出来てますが、どうされますか?」
「食べます」
「では、用意しておきますね」

 そのまま遠ざかっていきそうだったので、蘭は少し大きめの声をあげた。

「あっ、あの!」
「はい」
「その……着替えを」
「あぁ。気が利かなくて申し訳ないです。引き戸は分かりますか?」
「はい」
「その中に入ってますので、お好きなのをどうぞ」

 やはり、あの中に入っているようだ。
 蘭はクローゼットらしきものに近づき、把手を引いた。
 中にはぎっしりと服が入っていたが、やはり白一色だった。
 確かに白は無難な色ではあるが、これはこれでどうなのだろうか。
 蘭は適当に手に取り、装飾のない白のワンピースを手に取った。
 寝間着を脱いで、ワンピースを上から被る。
 腰紐もなにもないストンとしたデザインのため、なんだかあっさりだ。
 蘭は着ていた寝間着を適当に畳んで手に取ると、クローゼットを閉めて、隣の部屋へいく扉に手を掛けた。

「おれが食べさせたい」
「いや、彼女は自分で食べたいと言うだろうからそれは却下だ」

 なんだか恐ろしいやり取りが聞こえたが、どうやら却下してくれたらしい。
 蘭は遠慮がちに扉を叩いて、それからそっと開けた。
 すると、隙間からの笑顔のイバンが見えて、驚いてバタンと閉めた。

「イバン!」
「だって! 一晩、離れ離れだったんだぞ!」
「それはイバンだけではなく、アーロンと私もですよ」

 その声が聞こえてきて、蘭は部屋から大変出づらい。
 どうしたものかと悩んでいると、扉が叩かれた。

「驚かせて、すみません。どうぞ、入ってきてください。いきなり抱きついたりはしませんから、ご安心を」
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