終焉を迎えそうな世界で、君以外はなんにもいらないんだ

朱月野鈴加

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【二十四話】出産

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 いつものように、蘭は中心の部屋の一人掛けのソファに座っていた。

「ラン、そろそろ寝る時間ですが」

 トマスの声がけに蘭が立ち上がろうとした時。

「……あ」
「ラン?」
「うん、多分、今、破水、した」
「! アーロン、イバン!」

 この日のために、準備をして、三人は練習もしていた。
 だからすぐに準備がされ、蘭はあの白いベッドに寝かされた。ここを使うのも久しぶりかもしれない、なんて余裕があったのは最初だけ。
 だんだんとお腹が痛くなってきて、トマスが癒しの魔法を使ってくれているらしいけど、ほとんど効いていないようで、とにかく痛い。脂汗が出てくる。
 アーロンが蘭の痛いところをさすってくれているので、それでどうにか痛みが我慢できている、といったところだ。
 イバンが蘭の前に立っていて、様子を見てくれている。

「頭が見えてきた」
「ラン、頑張って」
「痛いのはこの辺りか?」

 ここからは思ったよりスルリと進んだようだ。
 蘭は痛くてそれしか記憶にない。
 ようやく痛みがなくなったところで、赤ん坊の鳴き声が部屋に響き渡った。

「ラン、頑張ったな!」
「男の子、だよ」
「すぐに見せます」

 あぁ、産まれたのか。
 蘭がそう思ったところで、ふわり、と妙な浮遊感があった。

「っ?」
「ランっ!」

 驚いて目を開けると。

「っ!」
『間に合わなかった、か』

 大聖女を殺した、あの黒髪の男が蘭の横に立っていた。

『その紋様、忌まわしい……!』

 紋様? お腹にあるあの紋様?
 蘭は必死に頭を上げて、自分のお腹を見た。
 まだお腹は膨らんでいたが、子どもが出たからか、かなり小さくはなっていた。そしてそのお腹には、あの紋様がなくなっていた。

『くそっ! あれがなければこの場で勇者を殺せたのに……!』

 ということは、お腹の紋様は子どもに移っていると思って良いのだろう。

『それならば、もう一つの計画を実行するまで』

 もう一つの計画? それはなに? と口を開こうとしたが、蘭の意識はそこでブツリと途切れた。



 蘭の身体が宙に浮いている。
 それを目撃したのは、アーロン。
 トマスとイバンは産まれてきた子の世話をしていて、気がついていない。

「ランっ!」

 名前を呼んだが蘭からは反応がなく、そして──目の前で、いきなり……消えた。

「ランっ!」

 トマスとイバンはアーロンの声でようやく異変に気がついた。

「ラン、ランっ!」
「アーロン、どうしました?」
「ランが宙に浮いたかと思ったら、目の前で消えたんだ!」
「えっ?」
「ラン? ランっ! なっ、なんでいないっ?」
「ラン? ……かすかにですが、大聖女の時に感じた呪いと同じ力を感じます」
「え、ということは」
「まさかここに大異変が、いた?」

 三人は顔を見合わせ──。

「ふぎゃぁ」
「あぁ、リツが泣いています!」
「とっ、とりあえず、トマス兄さんはリツの面倒を」
「分かりました」
「おれとアーロン兄さんで……。いや、これ、トマス兄さんが大異変の気配を探るのが早いのか。おれがリツの面倒を見る」

 リツが産まれて身支度が整い次第、蘭に初乳をもらう予定でいたのが蘭がいなくなったことで狂ってしまった。
 リツは母乳で育てる予定だったとはいえ、もしもの場合──母乳が出ない、最悪な場合、蘭が死んだら等想定していた──に備えて、準備はされていた。
 だからリツを整えて、それからイバンは固まった。
 リツは蘭と同じ黒髪に茶色の瞳をしていて、産まれたばかりだというのに、大きな瞳を見開いてこちらを見ていた。
 たぶん、まだ、ほとんど見えていないはずだ。だが、意志の強さを感じさせる視線に、イバンは戸惑った。
 しばらく──といっても結構長い時間──イバンは律とじっと瞳を合わせていた。

「……急に途切れた、か」
「あの時と一緒で、追えないです」
「って、イバン?」
「……っ! あっ、あぁ」
「リツは?」
「ここに、いる」

 律とイバンがにらみ合うような形になっていることにアーロンとトマスは疑問に思いつつ、近寄った。

「なんで睨んでんだ?」
「目がそらせなかった……」
「ほー。……確かに、産まれてすぐのくせに、眼力がすごいな」
「ランと同じ色、ですね」
「そのランなんだが」

 アーロンは一度、言葉を切った。それから、覚悟したように口を開いた。

「大異変に連れ去られた可能性が高い」
「っ!」
「すぐにでも取り戻したいんだが」
「居場所が分かりません。それに私たちにはリツを育てると任務があります」
「ランを見捨てるっていうのかっ!」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか! 今すぐにでもここから飛び出して探しに行きたい! でも、手がかりもなにもない状態で飛び出すのは無謀です」
「ランは、生きている。必ず、生きている」

 一番に飛び出して行きそうなアーロンがぐっと拳を握って耐えているのを見て、イバンは少しだけ冷静になれた。

「それに、一番の近道なのは、この子を育てること、なんですよ」
「……え?」
「私たち三人で大異変を突き止めたとしても、私たちでは倒せません」
「それは分かるよな?」
「……うん」
「それなら、リツを立派に育てて、大異変を倒してもらって、ランを救出する。──悔しいけど、それが一番、早い」

 そしてそこで、トマスが歯を食いしばって涙を流しているのを見て──イバンはハッとした。
 悔しいのはなにもイバンだけではない。アーロンもトマスも悔しいに決まっている。
 そして、出来ることなら自分で救いたい、今すぐ助けに行きたいと思っている。
 だけどそれをするには、三人にはたくさんの枷がありすぎて──動けない。

「俺たちは、油断していた。リツにばかり気を取られていた」
「その隙を突かれた」

 大切な蘭を奪われて、悔しい。
 地団駄を踏んで、返せと叫びたい。
 だけどそれをしたからといって、帰ってくるわけではない。

「ランは、生きている。──それだけは救いです」
「なんの目的があってランが連れ去られたのか考えたくないんだが」
「予想はつきますよ」
「えっ?」
「ランは、勇者を産んだ。──ということは、それと対になる存在も産めるのです」
「──は?」

 トマスは涙に濡れた顔をそのままにして、アーロンとイバンを見た。

「ランは──魔王も産めるのですよ」
「え?」
「大異変はランに魔王を産ませようとしています」
「そっ、それならば止めなければ!」
「止められませんよ」
「…………」
「運命の歯車は動き出してしまいました。──いえ、ランがこの世界に来たときから動き出していたのでしょうね」

 こんなにも今までと違う出来事が起こるのはそうとしか思えない。

「それを止められるのは、勇者しかいません」
「……俺たちは、なんて無力なんだ」
「そう、ですね。私たちは本当に……何も出来ない、役立たずだ」
「そんなこと、ない! おれたちは勇者の父たちであり、その勇者を育てる義務がある! というかだ、おれたちにしか出来ないことだろう?」

 イバンの言葉に、アーロンとトマスは小さくうなずいた。

「立派に育てて、ランに自慢できるように頑張ろうよ!」
「そう、だな」
「……そうですね」
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