終焉を迎えそうな世界で、君以外はなんにもいらないんだ

朱月野鈴加

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【二十五話】連れ去られた蘭

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 *

 一方、連れ去られた蘭はというと……。

『産んですぐにしか連れ去れなかったから仕方がないが……。この状態ではまだ抱いても意味がないな』

 大異変は『人間とは本当に面倒だ』と呟き、蘭を無造作にベッドに投げた。ベッドは柔らかかったために蘭の身体をやさしく受け止めた。

『その人間の世話は任せた。準備が出来たら利用する』

 それだけ告げると、大異変は消え去った。

 そこには、蘭と、大異変が作り出した黒髪に黒い瞳の少女の形をした人形があった。
 少女の形をした人形は大異変の命令を受け、動き出した。

 人形とはいえ、人間に関しての知識はある。それは大異変が今まで生きてきて、蓄えた知識。
 だから産後の女性の扱いも一応は分かる。
 人形はその知識を元にして、蘭の世話をした。

 蘭が目覚めたのは、ここに連れて来られ、ベッドに投げられてからしばらくしてだった。
 すでに人形により処置は済んでいた。

「わ……たし?」

 見覚えのない場所に蘭の背筋はヒヤリとしたものが伝った。
 そして次に、黒髪の男を思い出し──そして、自分があの男にどこかに連れて来られたのを知った。

「わたしを帰してっ! 三人のところに、帰してっ!」

 早く三人のところに帰って、そして律を育てなければ。
 まだ、律の顔も見ていない。何色の髪で瞳なのだろうかとずっと楽しみにしていたのに。

「わたしを、帰してっ!」

 蘭の側に少女が立っていることに気がつき、蘭は少女の肩をつかんだ。しかしその少女からは温もりを感じなかった。
 でも今の蘭はそのことに気がつかない。

「ねぇ、あなた、あの男の部下、なの? それならば、あの男に伝えてよ! わたしを帰してって!」

 蘭は少し乱暴に少女の肩を揺すったが、反応がない。それどころか、少女の瞳にはなにも写ってないかのように見えて、蘭はそこでおかしいことに気がついた。しかも少女に触れている手は冷たさしか返してこない。

「え、あなた……? 生きて、いる、の?」

 蘭は慌てて手を離し、自分の手を見て、それからまた、少女を見た。
 そして蘭は、自分の身体に触れてみた。布越しにだが、自分の体温を感じる。だけど少女には、それがなかった。

「あっ、あなた……」

 蘭は慄(おのの)き、後ずさった。

 *

 男たち三人の律の育児は順調といえば順調だったが、苦戦はしていた。
 トマスの予想どおり、三人から律が取り上げられることはなかった。そして、蘭のことにも触れられることはなかった。
 今、この国の中心は不在で、空洞になっている。
 そして、それを埋めることが出来ない──というより、外の誰もまだ気がついていない。
 この国に残っているのは、聖女と男たちと産まれたばかりの勇者だけ。
 それでも問題なく動いているところを見ると、なんのために大聖女と上層部、幹部がいたのか。
 だからだれも騒がない。むしろ、いない方が彼らにとっても都合がよかった。

「それにしても」
「リツは……元気だな」
「おれたちの赤ん坊の頃もこんなだったのかな?」
「どうだろうな。この、あふれる力を持て余してる感が……なんとも」

 三人がかりでもすでにヘトヘトになっていた。

 *

 蘭はというと、最初、人形である少女に恐れ、慄いたけど、ここにはこの少女しかいないことを知り、腹をくくった。
 蘭はある意味、逞しくなっていたのかもしれない。
 三人が側にいないことはとても淋しかったし、律にも会えていないのが悲しかったけれど、生きていればそのうち会えると信じていた。
 そして、自分がここに連れて来られた意味を考えるのが恐ろしくて、現実逃避をしていた、のもある。
 もちろん、蘭とてここに閉じ込められたままをよしとはせず、脱出を試みた。
 扉を開けても少女が止めないという意味も考えず、そして、鍵が掛かってないという事実にも気がつかず、蘭は部屋から飛び出した。
 真っ暗な不気味な廊下を我慢して駆け抜けて、その先にある扉を開いて──愕然とした。
 元の部屋に戻っていた、のだ。
 それでも蘭は諦めず、何度か試した。
 結果、何度やっても部屋に戻ってしまう、ということがハッキリとしただけだった。
 だから蘭はこの部屋で縛られることもなく、人形の少女も止めることなく、いるということが分かった。
 このことに絶望はしたけれど、蘭は諦められなかった。
 だから隙を見ては試すのだが、やはり結果は同じ。
 後は途中で道を引き返してみるということも試したが、やはり部屋に戻るだけだった。

 それならば、なにか他に手はないのか。
 蘭は魔法は使えない。
 男三人といるときに教えてもらったが、適性がないらしく、使えなかった。
 そもそもが異世界から召喚されたのだ。この世界の理とは違う世界で生まれ育ったのだから、使えなくても不思議はない。
 だけど使えるのなら、使ってみたかったというのが蘭の正直な気持ちだ。

 魔法が駄目ならば、蘭には打つ手がない。
 後はこの少女の形をした人形をどうにかする、であったが、どうすればいいのかさえ、思いつかない。

 そうして何日か過ぎた。
 今までのことを思えば、ここはなにもすることがない。退屈で仕方がない。
 だが、蘭は律を産んだばかりで、身体を休めなければならないのも事実。
 脱出するために扉を抜けて走ることがあるが、一度試すと、しばらく動けない。体力がなくなっていることも実感した。
 だから身体を休めて体力が戻ったところで試して、落胆する、の繰り返し。

 三人はきっと、とても心配しているはずだ。蘭のことを探しているだろう。
 だけど、と思う。
 ここがどこか分からないけど、三人が探してもきっと見つからない場所だ。
 だから、探しに来て欲しいけど、来ないで欲しい。無駄足になるから。
 そしてきっとここにたどり着けるのは、律だけだ。
 産まれたばかりの子に頼らなくてはならないという事態に蘭は落ち込みそうになったし、律がここに来られるようになるにはどれだけの年数が必要かというのも分かったが、希望がなくなったわけではない。
 むしろ、この状況でもまだ希望があるだけマシだ、と思えるあたり、不憫としかいいようがない。

 三人がこのことに気がついて律を育ててくれていればいい。
 今の蘭が願うことはそれだけだった。

 本当は一刻も早く三人と律に会いたい。
 なにごともなければ今頃はきっと、とても楽しくて幸せな時間を過ごしていたはずだ。
 それを奪った大異変が許せない。
 そう、すべて悪いのは大異変だ。

 とはいえ、大異変がなければ三人と逢っていないし、律を授かることもなかった。
 それを思えば複雑な気分だが、それでもやはりすべての元凶は大異変だ。
 あれがいなくなれば、今よりも悲しむ人が少なくなる。

 だから律、お願い。

 蘭はただ無心に祈った。

 どうかあの元凶である大異変を滅ぼして、と。

 蘭はこれから自分の身に起こる恐ろしい出来事を知らずに、ただただ無心にそう思うのだった。
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