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【三十話】勇者の因子と黒幕と

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 律の後ろ姿を見ながら、三人は口を開く。

「……長かった、な」
「でも、なんだかあっという間だったという気持ちもあります」
「ランがいなくなって、十八年。ともにいられた日々より遥かに長いな」
「それでも、気持ちは常に一緒でしたから、そんなに長い間、離れていたのかと改めて驚きです」
「でも、もうすぐランにまた会えるよ」
「……そう、ですね」

 だけど、とイバンが口を開いた。

「おれたちも、老けたな」
「仕方がありません、十八年ですから」
「ランはきっと、前より素敵な女性になってるよね」
「あぁ、違いない」

 三人は律の背中が見えなくなってもしばらくの間、そこに立っていた。

「……部屋に戻りますか」
「黒の勇者、か」
「仕方がないですよね、ランの色を背負っていくって決めたのは、リツですから」
「おれたちもずっとこの色を背負っていくぞ」
「そんなこと、改めて言わなくても当たり前じゃないですか」

 蘭が戻ってくるまで、しばらくは男三人だけでの生活になる。
 それはいつぶりなのだろうか。

「兄弟水入らず、か」
「兄弟といえば、魔王なんだが」
「あぁ……」
「リツには今さらだが、頭が上がらないな」
「そうですね。……改めて考えてみると、私たちも胤違い、なんですよね」
「まぁ、そう思えば……許容できなくはない、が」
「だがな……相手が……アレ、では……」
「ランの心が、絶望に染まっていなければ、まだ……」
「まだ黒いまま、ということは……ランの心はおれたちにある、と思っていいよね」
「もちろんだ」
「ランが戻ってきたら、元の色に戻るよね?」
「黒いままだと、それはそれで大異変の色のようで嫌だな」
「戻るに決まっている」

 部屋に戻ると、律がいなくなっただけなのに、妙に広く感じる。

「いつか手を離れるとは思っていたが、こうやって改めると、リツがいたからここまで来ることが出来たって感じだな」
「リツを育てるのに夢中でしたからね」
「聞き分けはいいし、素直なのに、変なところで頑固で」
「中身はランでしたね、完全に」
「俺らの要素、どこにあった?」
「あったよ、剣の腕と魔法の腕前、身体能力。あとは料理とか家事一般も完璧だったし、トマス兄さんのあの笑みを完コピしたのは笑ったなぁ」
「俺たちの中で一番、トマスが懐かれていたよな」
「……それは小さいときの話でしょう? 大きくなったらアーロン、あなたとばかり話していたではないですか」
「そんなことないぞ。イバンと話してる時間の方が長いぞ」
「そうなんですか?」
「話したのはほとんど、魔法に関してだけどね」
「熱心でしたよね」
「そりゃまぁ、世界の命運もかかってるし」
「ランの救出もリツ頼りだし、乗せすぎだよな、色々と」

 それにしても、とトマスがため息交じりに口を開いた。

「リツは大丈夫でしょうか」
「なにがだ?」
「今まで、ランの救出という目標がありましたからひたすらにそこに向かって走ってきました。無事にそれが達成された後……燃え尽きませんか?」
「そのためのアナスタシアだろうが」
「あー……。なるほど……?」

 なるほどと言いながらも、いまいちその言葉の意味が分かっていないトマスに、イバンが笑いながら解説をつける。

「リツがアナスタシアを好きなのは一目瞭然だよね?」
「……え、そうなのですか?」
「おい、トマス。おまえ……鈍すぎないか?」
「え? リツはいつも、アナスタシアをいじめてませんでしたか?」
「あー、あれな。好きだからこそ、構って欲しくて、だ」
「あれ、誰に似たのかな?」
「ランではないな。……俺はたぶん、あんなことはしないな」
「えー、あれは多分、アーロン兄さんだよ」
「えっ、俺か?」
「そうでなければ、おれ、だ」
「イバンだろ!」
「おれか! 変なところ、似るなよ!」

 アーロンとトマスは顔を見合わせてくすくすと笑った。

「それで? リツがアナスタシアのことを好きなのは分かりましたが、それが燃え尽きとどう絡んでくるのですか?」
「リツは必ず魔王と大異変を倒す。そうなるとだ、ここのあり方が変わるだろう?」
「必要なくなる、と?」
「そうだ。こんな馬鹿げた国はなくなる」

 それは、今まで関わってきた人の大多数が思っていた思い。

「でも、本当になくして、大丈夫でしょうか」
「まぁ、心配するのも分かる。が、もうさ、いいんじゃないのか? 勇者の管理なんて馬鹿げたこと、止めても」

 確かにこれは、勇者の管理だ。

「勇者の血を野に放てばいいんだよ。もしもまた、大異変かそれとも違うモノが出てきたとしても、自然に対抗する存在ってのは産まれるはずだ」
「もしも産まれなかったら?」
「その時はまぁ、諦めて受け入れるしかないよなあ。……そんな未来、俺たちが死んだ後だろうがな」

 まだ、その手前の未来さえ確定していないのに、その先を話すのはナンセンスではある。

「だけど、やっぱりなんかおかしいんだよね」
「おかしい、とは?」
「うん。中央棟で幹部が殺された後、代わりは結局、来なかったよね」
「あぁ、そうだな。不在が当たり前になっていて、不在だということを忘れていたが、そうだな」
「最初の一年、二年くらいならまだしも、十八年? もだよ?」
「だけど、問題なく回っている」
「それどころか、今までの問題が解決してるよね?」
「バラバラにされなくなった、ってヤツか」
「うん。そもそも、バラバラにする意味、あったのかな?」
「……ないよな」
「聖女だけが損をする形になってるだけだよな、結局」
「俺たち男と勇者が残され、聖女だけ国外追放。……胸くそ悪いよな、こっちの都合で召喚しておいて、用なしになったら捨てるなんて」
「心を通わせた聖女とも会えなくなる、子どもも取り上げられる。そして、種馬にさせられるって、ほんと、酷いな」
「だれが考えたんだろうな、まったく」

 三人の間に沈黙が落ちた。

「考えられるのは、聖女がよそ者だから、か?」
「そうだとしても、最後まで責任もって面倒をみるつもりで召喚しろよ、と思うよ。そうじゃないのなら、止めて欲しい。一方的だし、無責任すぎるよ」
「……でももう、異世界から聖女を喚べる世界の意志もいない」
「そんなの、必要ないよ! 自分たちの世界の問題は、自分たちで片をつけるものだと思うし、それが出来ないのなら、滅びろってことだよ」
「まぁな」

 きっと今は、この世界が変わる端境期、なのだろう。

「この世界のどこかに、聖女の末裔ってのがいるんだろうな」
「いると思うけど、それはきっと、隠されてるよ」
「どうしてだ?」
「この国にされた仕打ちを見てよ。そのことを喧伝して回ったらどうされるか分からなくない? 身の危険を感じない?」
「まぁ……そうだな」
「だから、探しても分からないよ」

 今まで捨てられた聖女は、こんな仕打ちを受けていたとしても、いや、だからか、幸せな人生を送っていたと信じたい。

「そういえば、大異変を封印した後の勇者もこの国が囲っていましたよね」
「次世代の勇者を作るために、な」
「ということは、私たちにもその勇者の血が流れている可能性がある?」
「作られた勇者の血を引いてる可能性もあるけど、そもそもがスルバラン家のみってところが問題というか、重要なわけで」
「よく話にあがる『勇者の因子』か?」
「そう。そもそも、おれたちの中にその勇者の因子はあるはずなんだ。その因子を使えるようにするには異世界の聖女が必要って言われてるけど、それもどこまで本当なのか」
「その『勇者の因子』ってのは、持っているだけでは駄目なのか?」
「うん。詳しいことはわからないけど、因子を持っていても、使えなければ意味がないんだって」
「その因子ってのは、具体的にどんなものなんだ?」
「大異変は概念の存在だから見えない。でも、その因子を使うっていうのか、有効になっていたら、見えるらしいんだ。後は、大異変を封印できる力」
「……ちょっと待て。大異変はその、見えないのか?」
「見えないよ。だって概念だし、具体的な形があるわけでもないみたいだし」
「だが、ランは見えていた、みたいだが?」
「うーん、そうなんだよね。そこが不思議で。しかも人の形をしてたっていうんだよね?」
「黒髪の男と言っていたな」
「うん」
「なんらかの理由で見えていたのか、あるいは──考えたくないんだが、大異変をも操る何者がが後ろにいて、そいつの意志なのか」
「とはいえ、ランは大異変と思われる男が見えてしまったばかりに攫われて……」

 それ以下はあまりにも辛くて、言葉に出来なかった。

「それよりも、イバン。今、流せないことを言いましたね?」
「あー。黒幕、ね」
「大異変を操るって、なんですか?」
「だって、なんか色々とおかしくない? 今まで、百年周期だったんだよ? それなのに八十年で大異変が動き始めるって」
「外部からなんらかの干渉があったということですか?」
「この場合、外部っていうか、内部の犯行だと思うよ」
「いえ、私が言っているのは、だれかが封印を緩めるかなにかした者がいるのでは、という意味での外部、です。そのだれかが外部なのか内部なのか、ではなく」
「あ、そいうことか」
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