終焉を迎えそうな世界で、君以外はなんにもいらないんだ

朱月野鈴加

文字の大きさ
32 / 45

【三十二話】潜入

しおりを挟む
 *

 イバンから連絡を受けた律はアナスタシアにも事情を話して二人で戻ることになった。

「あーあ、せっかく鬼の父さんたちから離れて自由になれたと思ったのに!」
「アナはそうかもしれないけど」
「リツはファザコンね!」
「ファザコン……」

 律の歳くらいになると、親が鬱陶しいと思うことが多いようだが、律は父たちを尊敬していたし、鬱陶しいと思ったこともない。
 まぁ、かなり過保護な部分もあるような気がするが、それでも特訓のときは情け容赦なかったし、このくそ! と思うこともあった。だがそれは、単に律が弱いからであり、練習を重ねて、強くなればそんな思いを感じることも少なくなってきた。

「大異変の封印は中央棟にあるって」
「それ、本当なの?」
「まー、あり得ない話ではないよね」

 昔から、中央棟の下になんだか変な感じはあったのだ。
 すごく嫌なものの中に、妙な懐かしさを感じていた。
 もしも中央棟の下に封印があるのだとしたら。
 そこには律の母である蘭もいるということで。懐かしさが蘭の気配なのならば、そこが正解なのだろう。

「しっかし」
「なに?」
「……いや、なんでもない」

 まさか旅立って数時間で戻ってこいなんて言われるとは思っておらず、かなり不満だ。というのも、律はちょっと今日の夜を期待していたのだ。
 律はサフラ聖国から出るのはもちろん初めてで、不安半分、期待半分といったところ。
 不安は、初めての外の国なので、問題なくやっていけるのか、大異変の封印を見つけることが出来るのか、といったもの。
 期待とは……。
 大好きなアナスタシアと二人っきりなのだ。絶対になにかある、という期待だ。
 それがどちらも空振りに終わってしまった。

「でもさ、本当に中央棟にあるのなら、あたしたち、かなり間抜けじゃない?」
「……そうだね。でもあそこ、なんか変な感じはあるよね?」
「え?」
「下から押し上げてくる不快感というか、違和感というか」
「そんなの、感じたことない!」
「ふーん、そうなんだ」

 それから二人は無言でサフラ聖国に戻ってきた。
 まさか数時間で戻るとは思わなかったので、失敗でもなんでもないのだが、なんだか恥ずかしい。

「お帰りなさい」

 そう言って迎えてくれたけど、やっぱり恥ずかしい。

「……ただいま」
「もー、なんなのよ! 勇んで出掛けたのにすぐに呼び戻すなんて! 拍子抜けよ!」

 さすが、アナスタシア。あの三人相手に真っ直ぐと不満をぶつけている。律には出来ない芸当だ。

「申し訳ございません」

 トマスがあの笑みを浮かべて、アナスタシアに対応している。でもその笑み、アナスタシアには通じないから! と思っていると、やはり通じていなくて、アナスタシアはさらに突っかかっていた。すごすぎる。

「そうだよな、せっかくリツと念願の二人っきりになれたのにな。邪魔して悪かった」

 というアーロンの言葉には動揺していた。
 え、脈絡ありなの? と驚いたのは律だ。

「なっ、そんなこと、ないわよ! ようやく父さんたちから解放されたと思っただけで!」

 あれ、脈なし? どっちなんだ?
 アナスタシアは本当に難しい、と律は思った。

「ほー? そんなにオレたちのこと、嫌なんだ?」
「そっ、そういうところよ!」

 後からアナスタシアの両親たちがやってきて、そんなやり取りがされていた。

「リツ、悪かったな」
「なにが?」
「今日の夜、アナスタシアを襲う予定だったんだろう?」
「なっ!」
「この国にいる限り、そんな機会なんてないもんな」
「アーロン……。あのさ、そうだったとしてもだ!」
「否定はしないのか」
「しない! いや、正直に言うと、かなり悔しい! せっかくの機会だったのにって」
「……馬鹿正直だ」
「だけど! 母さんのことも大切だし、今はそっちが重要だから」
「まぁ、そう、だな」
「……今まで、そんな機会が皆無だったわけじゃないけど」
「うん?」
「なんかさ、あの中央棟、すっごく嫌でさ」
「あぁ、会えるのはあそこでだけか。だけどまぁ、確かに本気でヤろうと思えば、いくらでも場所はあるよな」
「そうなんだよ……って! ……アーロン相手だと、調子が狂う」
「ははっ!」

 いつものように笑われたけど、律は苦笑した。
 それからトマスとイバンに視線を向けると、なんだか良く分からないけれど、慈悲の笑みを返された。今の話、思いっきり聞かれていたらしい。

「とりあえず、中央棟なんだよな?」
「えぇ。中央棟から人は全員、退避させてますから、思いっきりやってもらって問題ありませんよ」

 律は両親たちとギャイギャイと言い合っているアナスタシアの首根っこをつかむと、歩き出した。

「ちょ、ちょっと! な、なにっ?」
「行くぞ」
「え、あ、うん」

 急に真面目な顔になった律にアナスタシアは飲み込まれるかのように大人しくなって素直に付き従った。

 それを見ていたアーロン、トマス、イバンは苦笑しながら見送っていた。

「普段のちょっと情けなさそうなリツと、今のリツ、どちらが本当なんですかね」
「どっちもだろ。というかだ、常にあれだったらこっちも気詰まりする。だから分かって使い分けてるんだろ」
「器用だね」
「まったくだ」

 *

 二人は中央棟に到着した。
 いつもならうっすらと人の気配があるのに、今はまったくない。全員を退避させたというのは間違いないのだろう。
 というかだ、あの人たちはどれだけ律たちが暴れると思っているのだろうか。それともこれは、手を抜かずに全力でいけということなのだろうか。

「ねぇ、リツ」
「なんだ?」
「魔王と大異変に勝てたら、あたしをあげるから」
「ぶっ」

 なにをいきなり言うのだろうか。緊張感が台無しだ。

「なによ、あたしじゃ不満なの?」
「いや、そうじゃなくて。……あのさ、アナ」

 律は足を止めると、アナスタシアの目の前に立った。
 アナスタシアも背は高いが、それより律は高い。アナスタシアは律を少し見上げる形になる。
 律は真面目な顔でアナスタシアを見た。

「なんか今、言うことじゃないかもしれないけど。ぼくはアナスタシアのことが好きだ」
「……え?」
「えっ、て今言った? ねぇ、ぼくがアナのこと好きなの、驚くことなのっ?」
「いや……だって、いっつも意地悪ばっかりだし。今回の討伐は単によく一緒に訓練してて気心知れてるだけだって思ってたから」
「気心知れてるのは確かだけど! 後はアナにしか……いや、アナに背中を預けたいって思ったのもあるし、その、下心がなかったわけじゃない」
「……相変わらず、そういうところは馬鹿正直なんだ」
「すぐに呼び戻されてぼくがどれだけ落胆してるか、分かる?」
「分かりたくないわ」
「そっ、そういうアナはぼくのこと、どう思ってるんだよ?」
「ぇ? あー……。嫌いじゃないわ」
「そっ、そう。その程度で身体をあげるって言っちゃうんだ?」
「や、やだ! 誤解しないでよ。リツにしか言ってないわよ!」
「アナは好きでもない男に抱かれて、平気なんだ?」
「そっ、そうじゃ、なく……て」

 律は真っ赤になったアナスタシアを見て、ふと冷静になった。

「……返事は後でいくらでも聞く」
「ぅ、うん」
「だから──さっ!」

 律は腰に下げていた剣を素早く抜くと、アナスタシアの後ろに斬り込んだ。

「っ!」
「敵陣で呑気に告白してたこっちが悪いのは確かだけど! 空気を読めよっ! あと、アナも気がついて!」
「ぁ、ほんと、ごめん!」

 それを合図に、一気に周りに敵が沸いた。

「これさ、父さんたち、想定してたと思う?」

 律は襲ってくる敵を叩き斬りながら、アナスタシアに聞く。

「あの人たちならっ! そこまで、読んでて、もっ! おかしく、ない!」

 気合の入った返事に律は思わず笑ってしまう。

「笑ってる、余裕なんてっ!」
「あるある。これくら、いっ!」

 思わず力が入ってしまったが、それでも律はまだ、余裕があった。
 律たちを囲っているのは、不定形ななにか。宙に浮き、黒くてモヤモヤとしていて、普通の剣では斬れない。だが、律とアナスタシアの持つ剣は、お下がりとは言われたけれど、そういったモノも斬れるようで、バッサバッサと斬り裂いていた。

「なんかさ、ぼくも黒いから、同族を斬ってるみたいでちょっと不愉快なんだよね」
「あ、見覚えがあると思ったのは、リツと色が一緒だからか!」
「ちょっと、酷いよ!」

 確かにぼくは髪も服も黒いけど! と叫びながら律は斬っていく。
 二人は斬りながら少しずつ前進していく。

「これ、ずっとこの調子で出てくるのかな?」
「……ちょっと、嫌なこと、言わないでよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...