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【三十三話】手加減なし!

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 律は一体ずつ斬っていくのが面倒になったようだ。アナスタシアを後ろに下がらせると立ち止まり、呪文を唱えた。
 律の右手のひらから炎が吹き出し、渦を描いて前にいる敵をすべて巻き込んでいく。左の手のひらからは渦巻いている水が吹き出していて、炎から逃れた敵を飲み込んでいた。
 目の前に見えていた敵はそれですべて消えたようだ。
 この隙に、と二人は駆け足で進んでいく。

「相変わらずのデタラメ具合よね」
「文句はイバンまで!」
「イバンさんはいいのよ」
「なにその差別!」
「あんたの場合、同時に相反する魔法が使えるところがデタラメなのよ!」
「イバンだって使えるよ!」
「あら、そうなの?」
「もともとこの炎と水の魔法は、イバンの得意技なんだよ」
「へー。すごい人なんだ」
「そうだよ! ぼくの父さんたちはすごいんだって!」
「それだけすごければ、ファザコンになっても仕方がないわね」
「だからそれ、誤解だって!」

 二人は駆けながら、そんな気安い応酬をする。
 律が見える範囲の敵を全滅させていたため、止められることなく進むことが出来た。

「そういえば」
「うん」
「ここの地下ってどうやって行くの?」
「たぶんこっちの階段」

 律はそう言って、少し前方左にある廊下へと向かった。

「っ!」

 廊下に入ると、そこには気持ちが悪いデコボコした壁が立ち塞がっていた。

「か、壁っ? 行き止まり?」
「いや、この先に階段がある」
「来たことあるの?」
「初めてだよ」
「じゃあ、なんであるって断言できるのよ!」
「見えるから」
「あたしには気持ち悪い、変な壁しか見えないわよ」

 律は目を細めて壁を見た。
 かなりの厚さだが、この向こうに階段が見える。

「──斬るっ!」

 律は気合いを込めて剣を抜き、壁に向かって斬りかかった。壁は見た目に反して弾力があり、弾き返そうとしたが、律は剣を返して斬り込む角度を鋭くして──ザクリ、と刃が入り、壁を斬り裂いた。
 途端。
 壁から緑色の液体が噴き出してきた。

「アナっ!」
「分かってる!」

 二人はとっさに後退して、液体を避けた。
 液体は床に落ちて──ジューっと音を立て、煙を放っている。

「溶けてる……」
「危なかった」
「危なかった、じゃないわよ! これ、どうするのよ!」
「もー、厄介なの置かないでほしいよね」

 律の文句に、アナスタシアはふくれっ面をした。

「これ、もう建物、壊してもいいよね?」
「……は?」
「父さんたちが人を退避させたのって、ぼくたちが全力で暴れてもいいって許可を出してくれたと思ったんだけど?」
「ぼく『たち』って! 一緒にしないでよ!」
「アナの方がよっぽど凶悪な魔法を使えるよね?」
「あれは偶然の産物だから!」

 偶然の産物でというが、あれが偶然なら恐ろしい。

「では、アナ。アレにどうぞ!」
「あ、あたしがっ?」
「傷が塞がらないうちに」

 アナスタシアは律にそそのか……もとい、促され、呪文を唱えた。律も得意とする二重詠唱。だがアナスタシアはその二重詠唱をさらに二重にした。ようするに四倍なのだが、単純に四倍ではなく、威力はなぜか八倍になるという魔法だ。
 それはきっと、アナスタシアが一番得意とする風魔法だからかもしれない。
 詠唱が終わり、アナスタシアの手から激しい風というよりは嵐が吹き出す。
 このとき、気をつけないと、自分の手も切り刻んでしまうから調整が難しい。
 アナスタシアが指先で塊を弾くと壁へとぶち当たり、壁を切り刻む。壁は切り刻まれると同時にあの気持ちが悪い液体をあたりに撒き散らし、天井、壁、床を溶かしていく。

「うはー。これはひどい」

 律はアナスタシアの後ろからその様子を見て、呟いた。
 これ、風で切り刻んだの、失敗だったか? と思ったが、ならば律が燃やしていたら……もっと大惨事になっていたような気もするので、これでよかった、とした。
 厚い壁はすべて切り刻まれ、向こうが見えた。
 アナスタシアが放った風……というよりかは嵐はそれだけでは勢いが止まらず、さらに先の建物の壁にも穴を開けて、ようやくおさまった。

「ちょーっと、力の調整、失敗?」
「いいんじゃないのか? もうこの建物、要らないよ」
「ぇっ? いっ、要らないのっ?」
「そのつもりで挑まないといけない相手じゃない? 手加減してたらこっちがやられる」
「ぁ、そっ、そういう意味ね!」
「なにもぼくは今までの鬱憤を晴らすために、建物ごとやってもいいなんて、思ってないよ」
「口にしてる時点で、思ってるのと一緒よ」

 アナスタシアの指摘に、律はうっと呻いて口を閉じた。
 そう、いろいろと鬱憤はある。
 あるけれど、それは今日できれいさっぱり終わりにする。
 そう、終わりにするために律は今まで頑張ってきたのだ。

「……行くぞ」

 と地下へと続く階段のある廊下に足を踏み入れようとしたのだが、先ほどの壁の残骸からあの危険な汁が滴り落ちていた。
 当たると危険。
 それは分かったのだが、どうするのがよいのか。
 律は足を止めて、しばし悩み──それからおもむろに火の魔法を唱えた。

「リツ?」

 ここで魔法を唱え始めた律を不思議そうにアナスタシアは見た。
 律の瞳はまっすぐに廊下に向けられている。
 魔法を発動することで起こる風にあおられて、律の長い髪がふわりと浮いているのを見て、アナスタシアは思わず見蕩れていた。
 普段の律はふわふわしていてゆるっとしている。人はそれを見て情けない顔と言うことはあるが、アナスタシアは律のそんな表情が好きだ。
 だけど今は普段は見せない素の厳しい表情を見せていた。
 アナスタシアは知っていた。
 律の素は、実はものすごく厳しいということに。だけど律はそれだと周りに緊張を強いることを知っていて、ゆるふわを演じているのだ。
 律は魔法を唱え終わると、左手を突き出した。律の手から炎が躍り出て、壁だったモノの表面を舐めるように焼いていく。
 それは綺麗に壁だけを焼き、消えていった。

「……な、なにしたの?」
「ん? 止血?」

 ふと律を見ると、いつものゆるふわな表情に戻っていた。

「表面を焼いたら、あの気持ちの悪い液体は出てこないかなと思って。……うん、思惑どおりだね!」

 律は満足そうにうなずくと、アナスタシアの手を取った。

「アナ、今度こそ行こう」
「え? あ、うん」

 こうして手を取られることは、別にいつものことだ。
 だけどどうしてだろう。いつもは感じないのに、ドキドキする。
 アナスタシアは顔が赤くなりそうなのをごまかすために声を上げた。

「たっ、倒すわよっ!」
「もちろんだよ!」

 アナスタシアは律の一歩後ろから廊下に入り、気持ち悪い壁を抜けた。
 そして階段を降りて……。
 目の前に広がる光景に、表情を引き締めた。
 初めて入る地下はまっすぐな廊下があり、向こう側は見えない。上階を思うと、かなり長いのは分かったが、左右には壁がある。ということは、この壁の向こうは部屋があるのだろう。
 そしてその廊下には、みっしりと言っていいほど、上にもいた不定形の魔物がいた。

「よっ、予想以上に多くない?」
「んー。こんだけ群れてたら、魔法で一掃したら気持ちよさそうだよね。アナ、やる?」
「いやー。任せるわ」

 アナスタシアが辞退したため、律が魔物を葬ることになった。
 しかし、先ほど使った炎と水の魔法はここで使うことは出来ない。何故なら、ここは地下で、しかも廊下はそれほど広くない。律たちがいる廊下の向こう側の状態が分からないため、炎と水の魔法が突き抜けて行ってくれるか分からない。もし、行き止まりだった場合、壁をぶち破って突き抜けてくれればいいが、威力が変に落ちて折り返してきただけではなく、律たちまで巻き込まれたら、格好悪すぎる。
 では、なんの魔法が適切なのか?
 炎は一番に却下。風も通り抜けないのは怖いので、却下。土も同じく駄目だし、木なんてどうやって使うの状態だし、闇は同じ系統だから効きが悪そうだし、すると水か光。
 水はありかと思うけど、水浸しになるのもどうかと思う。
 となると、残るは光。
 律は全種類の魔法が使えるとはいっても、やはりその中に得手不得手がある。光は残念なことに、一番、苦手としている。得意なのは『黒の勇者』と呼ばれるゆえんになった闇魔法だ。けして色だけのせいではない。

「ここは光、かな?」
「苦手なのにそれを選んじゃうんだ」
「だって、一番、ここで使って問題なさそうなのはこれしかなかったから」

 もっともな言葉に、アナスタシアはうなずいた。

「あたしもそれしかないって思ったわ。だから譲ったのよ!」

 との言い訳に、律は笑って答えた。

「じゃあ、まぶしいから、気をつけてね」
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