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【三十四話】対峙

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 アナスタシアは律の真後ろに位置を定めた。これなら律が影になって眩しくないはずだ。

「いいわよ」
「うん、いくよ」

 律は光の魔法の中で少ない攻撃魔法を選択して、呪文を唱えた。律の手のひらの中で急速に太陽よりも眩しい光が集まっていく。律は限界まで光を集めると、一気に解き放った。

「──消え失せろっ!」

 声と共に律の放った魔法は手前の魔物から飲み込んでいき──。
 律が危惧したとおり、ここからは見えない一番奥までたどり着くと、光は激しくぶつかり、閃いた。

「っ!」

 分かっていたけど、やはり実際にやってみると思っていた以上の眩しさに、律は慌てて手のひらで顔を遮った。それでも眩しいのだから、相当だ。
 光はしばらくの間、壁にぶつかっていたようだが、徐々に小さくなり、最後は弾けて消えた。

「……アナ、もう大丈夫だよ」
「って! リツ! なに今のっ?」
「──え? 今のって、光の攻撃魔法……だけ、ど?」

 なんかマズいことをやらかしたか? と悩んだが、律には分からなかった。

「なんで光が物理的に壁にぶつかってるのよ!」
「あぁ。……さぁ?」
「さぁって!」
「ありったけの力を込めたから?」
「なんか、色々と理不尽よ!」

 一発の魔法であの変な魔物を一掃できたのだからいいのでは? と思ったが、それを理不尽と言われると、律は苦笑するしかない。しかも敵に理不尽と言われるのならまだしも、味方に言われるとは。

「とりあえず、先に進もうか」
「……なんか納得いかないけど、仕方がないわね」

 お互い、納得はいってないけれど、問題は片付いたからよいとする。
 律が前に立ち、廊下を進む。

 しかし、進めど進めど、部屋への扉は見当たらない。
 元々の作りを二人は知らない。だけど明らかに部屋があると思われるのに、扉がない。
 もうこうなったらどこか壁を壊して無理矢理入るか? と思っていると、行き止まりだった。

「行き止まり……?」
「明らかに隠されてるよね」
「あー……。そっか、そうよね! 簡単に入れるわけ、ないか」

 ここで行き詰まったかと思っていると、先ほど、律が放った魔法がやたらと壁にぶつかっていたのがなぜか脳裏に瞬いた。
 律は光の攻撃魔法を放った。
 光の、である。
 アナスタシアが言うように、物理的に壁にぶつかるのは──おかしい。
 となると?

「アナ、やっぱりさっきの魔法、おかしかったよね?」
「え、その話、今、蒸し返す?」
「蒸し返すって……。いや、アナが言うとおり、さっきのあれ、おかしかったよ」
「でしょう?」

 どや顔のアナスタシアに、律は少し笑った。

「それで、ちょっと実験」

 律は無詠唱で先ほどと同じ光の攻撃魔法を行き止まりに向かって放ってみた。威力はさほどないし、壁を通り抜けて消えると思ったのだが……。

 バチバチッと音を立てて壁にぶつかり、しばらくすると消えた。

「うん……。ここになにかあるね」
「もしかして、部屋の入口?」
「ここに隠されてる?」
「あり得るわよね、それ!」

 中央棟の地下にあるというから簡単にたどり着けると思ったのに、容易ではなかった。
 そう簡単に入れていたら、ここに封印をした意味がないのは確かだけど、せめてなにか糸口ぐらいあってもいいのではないか。
 悔し紛れに律は何度か無詠唱で扉が隠されていると思われる壁に光の攻撃魔法をぶつけた。バンバンと音を立ててぶつかり、消えていく。

「うーむ……」
「リツ、さっきからなにやってるの?」
「ん? なにかここを開けるための糸口はないかなと」
「ね、そこの下の角、なんか変じゃない?」

 アナスタシアの指摘に、律は視線を向けた。
 アナスタシアが言うように、なにか変だ。だけどなにが変なのか、分からない。

「うーん」

 見ていても分からないから、触れてみる。
 触れると、するりと指が通り抜けた。

「っ?」

 これはもしかして、幻影の魔法が掛けられている?
 幻影の魔法とは、文字どおり、幻を見せる魔法である。基本の魔法はそれほど難しくない。律もアナスタシアも使えるくらいだ。
 しかし、ここに掛けられているのは、こうやって律が触れてようやく掛けられている? と認識させられるもの。しかも掛けられてから、相当な時間が経っていると思われるもの。
 そこまでして、隠さなくてはならないということは、確実にここに扉がある、ということで。

「幻影の魔法……か」
「幻影の魔法?」
「うん。ここの壁に掛けられてるね」

 律は見えている壁に指を当て、それからゆっくりと力を入れると、壁の中に指が入り込んでいくのが見えた。

「っ! や、やだ、リツ!」
「大丈夫だよ」

 律は壁から指を抜くと、手袋を外して、アナスタシアに大丈夫と見せた。
 律の指は特になにも変わっていない。それを見て、アナスタシアはホッとした。

「もっ、もう! 驚かさないでよ!」
「あー、うん、ごめん」

 律は手袋をはめながら、上の空で返事をした。

 それにしても、だれがこんなに強力な幻影の魔法を掛けたのか。
 それはここに大異変を封印した先代の勇者? としてもだ、それは百年前の話。ではあるが、封印が百年保つのなら、それと合わせて掛けられていたとしたら、まぁ、納得ではある。
 とはいえ、大異変の封印は二十年前に一度、緩んでいて、大異変の一部の力が世に解き放たれている。そのせいで蘭は大異変に攫われ……。
 そして今、封印は完全に解けていた。それなのにこの扉の幻影の魔法は解けていない。
 やはり別物?

「……いろいろ謎があるけど、そんなのどうでもいいよね!」
「え? ちょ、ちょっとリツ! なにするつもりっ?」
「考えるのが面倒になったから、この奥にある扉ごと、壊す!」
「いやいやいや、ちょっと待って!」

 アナスタシアの静止に、しかし律は止まらず、幻影の魔法を解くことは諦めて、奥にあると思われる扉を破壊することにした。
 大異変を倒してしまえばこの建物なんて必要ない。
 律はそんなことを思いながら、両手に風魔法を宿し、幻影の魔法の奥にある扉を切り刻んだ。
 それはリツの思惑どおりになり、手前の幻影の魔法ともども、さいの目に切り刻まれ、音を立てて地面に落ちた。床の上に積もっていた埃があたりに舞った。

「……おおざっぱでデタラメね!」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「褒めてないから! あと、その無駄に良い声で嫌味っぽく言わないの!」
「嫌味っぽく……。いや、そんなつもりはなくて、ちょっとトマスっぽく言ってみただけなんだけど」
「トマスさんは嫌味っぽくないけど、リツだとなんか……」
「……差別を感じる」

 律は恨めしそうな視線をアナスタシアに向けた後、壊した壁に視線を移した。
 埃は収まっており、綺麗に四角く切れた空間が広がっていた。

「うん、予想どおりだね! アナ、行くよ!」

 律はアナスタシアの手を取ると、歩き出した。
 手袋越しでも律の熱が伝わってきて、アナスタシアは気を引き締めた。

 扉に入ると、すぐ行き止まりで、右に曲がる。そこは二人が並んで通れるくらいの広さだ。だから二人は手を繋いだまま、歩く。
 灯りがなくて暗いけど、律は向かう先が分かっているのか、足取りには迷いがない。
 しばらく歩いて行くと、律は止まった。

「アナ、この扉の先にいるよ」
「……うん」
「封印なんて生温いこと言ってないで、倒すよ」
「もちろんよ!」

 律はアナスタシアと手を繋いでない側の手を前に伸ばし、風魔法で入口と同じようにさいの目に切り刻んだ。
 こちらも同じように埃が舞っていたが、律は風魔法で吹き飛ばすと、中に飛び込んだ。

「!」

 そこは思っていたよりも広い空間が広がっていて、部屋の真ん中に大きなベッドが置かれていた。ベッドの中心部に黒髪の女の人が横になっているのが目に入った。たぶんあれが蘭だ、と律は思った。

 そしてベッドの向こう側。
 後ろ姿しか見えないが、黒髪の男が二人、立っていた。どちらも黒い服を身に纏っているようだった。
 あれは魔王と大異変だ。

 どちらからともなく手を離し、二人、同時に柄に手を掛けた。
 二人は油断なく向こうの動向を探った。
 ふ……と向こうの二人の姿がぶれた、と思ったら、ベッドの前に移動していた。正面から向き合う形になり……律とアナスタシアは顔を見て、息をのんだ。

 左側に立つ男は、律と瓜二つとまではいかないけれど似ていた。そして右側の男は……。

「っ! レジェスっ?」
「……いや、髪の色が違うよ」
「で、でも! 見た目がレジェスよっ? どういうことなのっ!」
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