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【三十五話】さようなら
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どちらが魔王でどちらが大異変か分からないが、どちらも倒すまで!
「アナはどっちに行く?」
「言うまでもなく、あの偽レジェスに決まってるわ!」
「……だ、だよね」
アナスタシアと家族の仲は悪くなくて良いのだけど、勇者としての訓練で恨みを募らせているという。律も大変ではあったと思うけど、恨むどころか感謝しているくらいだからそこは分からない。
だけど、キツくて辛いことが多かったから、それを恨むのはまぁ、分からないでもない。
それよりも、普段の様子を見ていて思うのは、教え方の問題のような気もする。アナスタシアの父たちの性格の問題も多分に含まれているが、アナスタシアがかわいくて仕方がない、ついからかったり意地悪したくなる、という気持ちも分からなくはない。が、さすがにあれはやり過ぎだと思う。憎まれても仕方がないかな、と。
「偽レジェス、死ねっ!」
「アナ、怖いから!」
アナスタシアは偽レジェスに斬りかかりながら身体強化の魔法を掛けていた。
律はそれを見て、自分に掛かっていることを確認して、律に似た男を見た。
背の高さや体格は向こうが少し小さいような気がするが、似てるとしか思えない。
ということは、あれが魔王で、律の胤違いの弟に当たる、ということか。
「なんか、すっごく複雑な気分だけど、ぼくの手で倒さないとね」
「…………」
魔王は無言で身構えてきた。
それを見た律は、違和感を覚えた。
魔王は応戦するつもりで身構えたのだろうが、それがなっていないのだ。こちらを油断させるつもりでわざとなのか、それとも?
分からないけれど、律は手を抜くつもりはさらさらなく、全力をぶつけるまでだ。
改めて腰に佩いた剣の柄を握りしめ、タイミングを計る。
じりじりとしたにらみ合いが続き──先に動いたのは魔王だった。
フ……ッと視界から姿が消えたと思ったら、目の前にいた。律は避けることなく剣を抜き、斬り上げた。ザクリと手に嫌な感触がして、血飛沫が散った。
律は素早く後退して、血飛沫を避けた。魔王からは赤い血が流れ落ちたが、傷口はあっという間に塞がった。
驚異的な治癒能力に律は内心で舌打ちしながら、魔王に斬りかかった。魔王は自分の治癒の力に絶対的な自信があるのか、律の攻撃を避けることなくその身に受けていた。律の手に肉を断つ感触が伝わってきた。
血は流れ出るが傷は一瞬で塞がり、魔王も痛みは感じていないのか、表情を変えない。
律は確実に相手の急所をついて斬りつけているのだが、一瞬で傷が塞がり、あまり意味がない。
律の一方的な攻撃で向こうから反撃はないが、それゆえに精神的な攻撃をされているように感じてしまう。
緩みそうになる手を必死に鼓舞して、何度となく斬る。
何度か斬りつけているうちに、回復が遅くなっていることに気がついた。それには魔王も気がついたようで、少しだけ焦りのような表情が垣間見えた。
ようやく生き物らしい表情を見せた魔王に、律は安堵を覚えた。
しかし、だからといって油断はしない。
一度、律は魔王からは距離を取った。
息を乱すほどの動きはしていない。それでもあまりにもこちら側が蹂躙しているかのような状況に戸惑いを覚え、息を乱される。
ちらりとアナスタシアが気になって視線を向けると、向こうはそれなりの斬り合いになっていた。
やはりこちらが異常のようだ。
律は大きく息を吐き、心を落ち着けた。
相手は律に似ているけれど、魔王だ。同じ腹から生まれた弟だが、いや、だからなのか。
魔王という罪深い存在としてこの世に生を得た。血を分けた者として、始末はこの手でつけるしかない。
弟をこの手で葬ることに戸惑いや躊躇がないわけではない。殺すことも本当はないかもしれない。だけど、律の本能が目の前の魔王を生かしていたら駄目だと告げている。
殺さない、という選択肢があるのも知っている。
だけど。
律の心の葛藤を知っているのか、魔王は再びの攻撃をなかなかしてこないことを知り、顔を歪ませた。それは笑っているようにも泣いているようにも見えた。
魔王の姿がグニャグニャと揺れ、それは黒い霧のようなものに姿を変えた。
こちらが魔王の本来の姿なのか、今まで隠されていた圧力を感じた。
律は腹に力を入れ、それから剣を構え直した。ふと見ると剣には魔王の血が付いていたので、水魔法で洗い流した。
黒い霧状を見て、律はここまで来る途中に倒してきた魔物を思い出した。あれは魔王の一部だったのだろうか。それは膨れ上がり、律を圧迫してきた。
律は気合いを入れ直して、それに斬りかかった。やはりザクリと手に嫌な感触を返してきた。
だけど、この霧状の状態でも物理的に斬ることが出来ると分かり、律は自分に似た姿の人間を斬るより精神的に遥かに楽だと気がつき、勝負の時だと悟った。
お下がりだという剣だが、歴代の勇者が振るってきたともいうだけあり、無形のモノもきちんと斬れる。
アナスタシアを見ると、あちらも相手が黒い霧状のモノになっていた。
律は何度も黒い霧状の魔王に斬りかかった。
それはやはり特に反撃らしい反撃をして来ず、徐々に小さくなっていく。そして最後は人間の姿に戻り、床に崩れ落ちた。
「さようなら、魔王」
律は剣を振り上げ、魔王に思いっきり振り下ろした。
首筋から剣が入り、肉を断つ嫌な感触が返ってきたが、律はそのまま力を入れた。剣は魔王の肉体に沈み込み、反対側の腰を抜けた。
魔王の黒い瞳と律の茶色の瞳が絡み合った。魔王の黒い瞳には、なんの感情もなかった。それはそれで悲しい、と律は感じた。
二つに斬り裂かれた魔王の身体は、大量の血を噴き出し、その中に身体が落ちた。
そしてその身体はそのまま血の海に沈んだ。
律は油断なく剣を構えていたが、再生されることはなく、黒い炎を上げて燃えだした。
「っ!」
床にたまった魔王の血ともども黒煙を上げ、燃えていく。
律の剣に付着していた血も黒い炎を上げて燃え始めたので、慌てて水魔法で洗い流した。
*
アーロン、トマス、イバンの三人は外から聞こえてきた轟音に驚き、中央棟への道を駆けた。
そして──見た。
中央棟の中で激しい嵐が吹き荒れているのを。
そしてそれが建物を次々と破壊しているさまを。
「おい、これ……」
「二人は無事なのでしょうか」
「大異変が? それとも魔王が?」
「二人のどちらか、あるいは二人で、という可能性もあるが」
三人は今、中央棟へ入るのは得策ではなく、というよりかはあまりにも凄まじすぎて動けなかった、というのが正解か。
見ていることしか出来ず、もどかしい気持ちを抱えていたが、突如、嵐が消えた。
「え……?」
「な、なんだ?」
「まさかっ?」
嵐が収まり、先ほどまであった建物がすっかり吹っ飛んでいるのを見て、三人は絶句した。
「と、とにかく! 二人とランを探しに入りましょう!」
三人の中でトマスが一番に正気づき、声を掛けた。
「第二弾が来る、とかないよな?」
「その時は──世界の終わりだよ」
「アナはどっちに行く?」
「言うまでもなく、あの偽レジェスに決まってるわ!」
「……だ、だよね」
アナスタシアと家族の仲は悪くなくて良いのだけど、勇者としての訓練で恨みを募らせているという。律も大変ではあったと思うけど、恨むどころか感謝しているくらいだからそこは分からない。
だけど、キツくて辛いことが多かったから、それを恨むのはまぁ、分からないでもない。
それよりも、普段の様子を見ていて思うのは、教え方の問題のような気もする。アナスタシアの父たちの性格の問題も多分に含まれているが、アナスタシアがかわいくて仕方がない、ついからかったり意地悪したくなる、という気持ちも分からなくはない。が、さすがにあれはやり過ぎだと思う。憎まれても仕方がないかな、と。
「偽レジェス、死ねっ!」
「アナ、怖いから!」
アナスタシアは偽レジェスに斬りかかりながら身体強化の魔法を掛けていた。
律はそれを見て、自分に掛かっていることを確認して、律に似た男を見た。
背の高さや体格は向こうが少し小さいような気がするが、似てるとしか思えない。
ということは、あれが魔王で、律の胤違いの弟に当たる、ということか。
「なんか、すっごく複雑な気分だけど、ぼくの手で倒さないとね」
「…………」
魔王は無言で身構えてきた。
それを見た律は、違和感を覚えた。
魔王は応戦するつもりで身構えたのだろうが、それがなっていないのだ。こちらを油断させるつもりでわざとなのか、それとも?
分からないけれど、律は手を抜くつもりはさらさらなく、全力をぶつけるまでだ。
改めて腰に佩いた剣の柄を握りしめ、タイミングを計る。
じりじりとしたにらみ合いが続き──先に動いたのは魔王だった。
フ……ッと視界から姿が消えたと思ったら、目の前にいた。律は避けることなく剣を抜き、斬り上げた。ザクリと手に嫌な感触がして、血飛沫が散った。
律は素早く後退して、血飛沫を避けた。魔王からは赤い血が流れ落ちたが、傷口はあっという間に塞がった。
驚異的な治癒能力に律は内心で舌打ちしながら、魔王に斬りかかった。魔王は自分の治癒の力に絶対的な自信があるのか、律の攻撃を避けることなくその身に受けていた。律の手に肉を断つ感触が伝わってきた。
血は流れ出るが傷は一瞬で塞がり、魔王も痛みは感じていないのか、表情を変えない。
律は確実に相手の急所をついて斬りつけているのだが、一瞬で傷が塞がり、あまり意味がない。
律の一方的な攻撃で向こうから反撃はないが、それゆえに精神的な攻撃をされているように感じてしまう。
緩みそうになる手を必死に鼓舞して、何度となく斬る。
何度か斬りつけているうちに、回復が遅くなっていることに気がついた。それには魔王も気がついたようで、少しだけ焦りのような表情が垣間見えた。
ようやく生き物らしい表情を見せた魔王に、律は安堵を覚えた。
しかし、だからといって油断はしない。
一度、律は魔王からは距離を取った。
息を乱すほどの動きはしていない。それでもあまりにもこちら側が蹂躙しているかのような状況に戸惑いを覚え、息を乱される。
ちらりとアナスタシアが気になって視線を向けると、向こうはそれなりの斬り合いになっていた。
やはりこちらが異常のようだ。
律は大きく息を吐き、心を落ち着けた。
相手は律に似ているけれど、魔王だ。同じ腹から生まれた弟だが、いや、だからなのか。
魔王という罪深い存在としてこの世に生を得た。血を分けた者として、始末はこの手でつけるしかない。
弟をこの手で葬ることに戸惑いや躊躇がないわけではない。殺すことも本当はないかもしれない。だけど、律の本能が目の前の魔王を生かしていたら駄目だと告げている。
殺さない、という選択肢があるのも知っている。
だけど。
律の心の葛藤を知っているのか、魔王は再びの攻撃をなかなかしてこないことを知り、顔を歪ませた。それは笑っているようにも泣いているようにも見えた。
魔王の姿がグニャグニャと揺れ、それは黒い霧のようなものに姿を変えた。
こちらが魔王の本来の姿なのか、今まで隠されていた圧力を感じた。
律は腹に力を入れ、それから剣を構え直した。ふと見ると剣には魔王の血が付いていたので、水魔法で洗い流した。
黒い霧状を見て、律はここまで来る途中に倒してきた魔物を思い出した。あれは魔王の一部だったのだろうか。それは膨れ上がり、律を圧迫してきた。
律は気合いを入れ直して、それに斬りかかった。やはりザクリと手に嫌な感触を返してきた。
だけど、この霧状の状態でも物理的に斬ることが出来ると分かり、律は自分に似た姿の人間を斬るより精神的に遥かに楽だと気がつき、勝負の時だと悟った。
お下がりだという剣だが、歴代の勇者が振るってきたともいうだけあり、無形のモノもきちんと斬れる。
アナスタシアを見ると、あちらも相手が黒い霧状のモノになっていた。
律は何度も黒い霧状の魔王に斬りかかった。
それはやはり特に反撃らしい反撃をして来ず、徐々に小さくなっていく。そして最後は人間の姿に戻り、床に崩れ落ちた。
「さようなら、魔王」
律は剣を振り上げ、魔王に思いっきり振り下ろした。
首筋から剣が入り、肉を断つ嫌な感触が返ってきたが、律はそのまま力を入れた。剣は魔王の肉体に沈み込み、反対側の腰を抜けた。
魔王の黒い瞳と律の茶色の瞳が絡み合った。魔王の黒い瞳には、なんの感情もなかった。それはそれで悲しい、と律は感じた。
二つに斬り裂かれた魔王の身体は、大量の血を噴き出し、その中に身体が落ちた。
そしてその身体はそのまま血の海に沈んだ。
律は油断なく剣を構えていたが、再生されることはなく、黒い炎を上げて燃えだした。
「っ!」
床にたまった魔王の血ともども黒煙を上げ、燃えていく。
律の剣に付着していた血も黒い炎を上げて燃え始めたので、慌てて水魔法で洗い流した。
*
アーロン、トマス、イバンの三人は外から聞こえてきた轟音に驚き、中央棟への道を駆けた。
そして──見た。
中央棟の中で激しい嵐が吹き荒れているのを。
そしてそれが建物を次々と破壊しているさまを。
「おい、これ……」
「二人は無事なのでしょうか」
「大異変が? それとも魔王が?」
「二人のどちらか、あるいは二人で、という可能性もあるが」
三人は今、中央棟へ入るのは得策ではなく、というよりかはあまりにも凄まじすぎて動けなかった、というのが正解か。
見ていることしか出来ず、もどかしい気持ちを抱えていたが、突如、嵐が消えた。
「え……?」
「な、なんだ?」
「まさかっ?」
嵐が収まり、先ほどまであった建物がすっかり吹っ飛んでいるのを見て、三人は絶句した。
「と、とにかく! 二人とランを探しに入りましょう!」
三人の中でトマスが一番に正気づき、声を掛けた。
「第二弾が来る、とかないよな?」
「その時は──世界の終わりだよ」
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