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【三十七話】目覚め
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その気配は、確実にこちらに近づいてくる。
それは律がよく知った気配で、来るのは当然か、と思っていると、予想どおり、父たち三人だった。
「父さんたち、こっち!」
地下に降りてきて、キョロキョロ見回しているのを見て、律は声を掛けた。
「ランはそこのベッドに寝てるから!」
そう告げれば、男たち三人は顔色を変えてベッドに駆け寄っていた。
*
男三人は場違いなベッドに駆け寄った。
白いシーツが敷かれた、大きなベッド。
その上に……。
「ランっ!」
攫われた日と違わぬ見た目の、蘭が、いた。
アーロンがまず土足でベッドに乗り上げ、トマス、イバンと続いた。
名前を呼んでも身動ぎしないから、寝ているのかと思ったのだが、蘭はなにも映さない瞳で虚空を見つめていた。
「……ラン」
名を呼んでもピクリとも動かない蘭を見て、アーロンは大きく頭を振り、それからソッと手を取った。
手を握ると温もりを感じて、生きていることを知ったが……。
「覚悟はしていましたが」
「……心を殺してしまった?」
「ラン! 俺たち、ようやくランの元に来られたんだぞ! リツとアナスタシアが大異変と魔王を倒してくれたんだ!」
呼びかけてもやはり反応がない。
「せっかく会えたのに!」
「……まだ諦めるのは早いですよ。アーロン、ランにキスをしてみてください」
「キス……?」
アーロンはトマスに言われ、首を傾げつつも蘭の唇に軽くキスをした。
「次は私が」
トマスもアーロンと同じように軽くキスをする。
「イバン」
「う、うん」
イバンも軽くキスをしてみたが……。
「駄目、ですか……?」
「いや、駄目ってことはなさそうだよ。さっきより目の光が戻ってきてるような気がする」
「アーロン、もう少し長めに」
「分かった」
アーロン、トマス、イバンの順番で先ほどよりも長めにキスをしてみたのだが。
「軽く触れるだけのキスだと駄目ですか?」
「さらに長く?」
「あんまり長いと、我慢できなくなりそうなんだが」
「アーロン兄さん、場所をわきまえて?」
イバンのツッコミに、アーロンは咳払いをしてごまかした。
「先ほどより長めで」
もう一度、アーロン、トマス、イバンの順番で蘭にキスをした。
キスをする度に蘭の瞳に少しずつ光が戻っているようであるが、決め手に欠けるのか、はっきりとはしない。
「ランが昔、王子のキスで目覚めたいとか言ってたよね」
「俺たち、王子でもなんでもないし」
「……王子というには私たちも歳を取りました」
三人の小さなため息。
一度、心を壊してしまったから、もう戻らないのか?
「ランが生きていればと思ってましたが」
「生きているのが分かったら、また前のようにとやはり願ってしまうな」
「まだ、諦めないでよ!」
とはいえ。
他にも方法を思いつかないとは言わないが、ここで試すには危険だし、なによりもここは外だ。かなり躊躇してしまう。
「部屋に連れ帰るか?」
「う……ん」
悩んでいると、律とアナスタシアが近寄ってきた。
「父さんたち」
「あぁ、リツとアナスタシア。おまえたち、よくやった!」
「ようやく悲願を果たしましたね」
「さすがおれたちの子だよ!」
と喜んでくれたが、律とアナスタシアの表情は冴えない。
「どうしたんだ?」
「うん……。それよりも! ランは?」
「あぁ、かろうじて生きてるんだが」
「心を壊してしまったようでね」
それでなんの反応もなかったのかと分かったのだが。
「ところで、さっきからなにしてるの? 早く連れて帰ればいいのに」
ベッドに乗り上げて、なにをしてるんだろうと律は不思議に思って聞くと、トマスがしれっと答えた。
「久しぶりの再会なので、キスをしてました」
「キッ……!」
「ははっ、初心だな」
「……うん、そうだった、父さんたちはこうだよね」
律はげんなりとして、それから三人を改めて見た。
「それで、なんで別々にその、キ、キス、してたの? 三人同時にしないの?」
「……あ」
「それだ!」
「さすがです、リツ。いいことに気がつきました」
そうだ、なんのための三人なのだ。
別々にしても、意味がない。きっと三人同時なら、蘭も気がついてくれる。
蘭の周りに男三人が取り囲み、それから同時に蘭の顔にキスをした。唇は遠慮して、だれも触れていない。
三人同時に顔を上げるのを見て、あまりの息の合い具合に思わず律とアナスタシアは吹き出した。
「うちもだけど、三人で一人を共有するって不思議よね」
「ほんとにね」
そんな風に笑っていると、男たち三人がどよめいた。
「ラン!」
「分かるか、ラン?」
「迎えに来ましたよ!」
「……ん、と? え、と?」
小さな声に、律は蘭が気がついたことを知った。
「アナ! ランが気がついたよ!」
「え、えぇ……?」
アナスタシアは不思議そうな顔をして、律を見ていた。
*
ふ……と、懐かしい感触に蘭の意識は久しぶりに浮上した。
今までも目を開けていたはずだけど、なんだかよく見えてなかった。
だから何度か瞬きをしてみる。
すると。
「ラン!」
「分かるか、ラン?」
「迎えに来ましたよ!」
「……ん、と? え、と?」
聞き覚えのある声たちと、見覚えがあるけど、微妙に記憶とは違う顔たち。
蘭は激しく混乱して、周りを見回して──見覚えがあるような、ないような周りに、ますます混乱した。
「こ……ここは?」
「分からないのなら、いい」
「アーロン?」
「あぁ、そうだ、俺だ」
「私は分かりますか?」
「え……と、トマス?」
「おれは?」
「イバン、よね?」
どう見ても記憶の中にある三人より老けていることに蘭の頭の中は疑問符が飛び交う。
「え、なんで?」
「ランはまったく変わっていませんね」
「変わってないっていうか、若返ってる?」
「確かに少し幼くなったような気がする」
「……え?」
蘭は自分の顔に触れてみるが、手の感触だけでは分からない。
「とにかく、帰りましょう」
「そうだな」
「事情は後でゆっくり話すから」
蘭の身体はふわりと宙に浮いた。
「わっ!」
「前より軽いな」
アーロンの顔が急に近くなって、蘭は驚いた。浮遊感はアーロンに横抱きにされたからだと気がつき、蘭は真っ赤になった。
「ふふっ、相変わらずランは照れ屋でかわいいね」
「危ないですからアーロンの首にしっかり腕を回してください」
蘭は赤くなりながらもアーロンの首に腕を回して、落ちないようにしがみついた。
「はー、久しぶりのランの温もり」
「手が早いのは相変わらずですね」
「おまえらが遅いだけだ」
ワイワイと言い合いながら、四人が去っていくのを律とアナスタシアは見送った。
そして再び、二人きりになった。
「リツ、帰らないの?」
アナスタシアは不思議に思ってそう聞くと。
「ねぇ、アナ。あの四人を見て、なにも思わないの? 十八年ぶりの再会だよ? 盛り上がってヤッちゃうの、目に見えるよね? ぼく、それを邪魔できないよ」
「ヤッ……」
律の口から思いがけない言葉が飛び出てきて、アナスタシアは真っ赤になった。
「……見てるこっちが恥ずかしいんだけど!」
「あれは……もう、慣れろとしか」
「アナのところも仲いいよね。──で?」
「で、って?」
「両親たちがイタしてたら、アナはどうしてたの?」
「イタ……っ! ちょ、ちょっとさっきから、もう、なっ、なに言って!」
今までの律ならば、もう少しオブラードに包んだ言葉か、触れないかだったのに、なんで急に? とアナスタシアは混乱していると。
「……ぼくもアナとしたい」
「……ぇ?」
したいって、なにを?
「ねぇ、アナスタシア?」
「え? えっ? ちょ、ちょっと、リツ? なっ、なんでそんな、急に、色気っ?」
「ふーん? 分かるんだ?」
「ぇ? え?」
いつにない律の妙な色気にアナスタシアは思わず腰が引けて後ずさる。
「いつも誘ってるのに、アナ、気がついてくれないし」
「ゃ、な、なにを、言ってるの、か。ぜ、全然っ!」
普段の律は……と、考えて、言われてみれば今までも意味深な視線を向けられることはあった、ような、気がする。
でもそれは、気のせいだとアナスタシアはいつも言い聞かせていて。
「アナってさ、ほんと、鈍すぎだよね?」
「なっ? ぇ、ゃ、ほ、ほんと、ちょっ? ぇ、きゃっ!」
「後ろ、壁だよ? もう逃げられないね?」
「リ、リツ? ぁ、あの、意地悪、しな……い、で。って、んっ!」
それは律がよく知った気配で、来るのは当然か、と思っていると、予想どおり、父たち三人だった。
「父さんたち、こっち!」
地下に降りてきて、キョロキョロ見回しているのを見て、律は声を掛けた。
「ランはそこのベッドに寝てるから!」
そう告げれば、男たち三人は顔色を変えてベッドに駆け寄っていた。
*
男三人は場違いなベッドに駆け寄った。
白いシーツが敷かれた、大きなベッド。
その上に……。
「ランっ!」
攫われた日と違わぬ見た目の、蘭が、いた。
アーロンがまず土足でベッドに乗り上げ、トマス、イバンと続いた。
名前を呼んでも身動ぎしないから、寝ているのかと思ったのだが、蘭はなにも映さない瞳で虚空を見つめていた。
「……ラン」
名を呼んでもピクリとも動かない蘭を見て、アーロンは大きく頭を振り、それからソッと手を取った。
手を握ると温もりを感じて、生きていることを知ったが……。
「覚悟はしていましたが」
「……心を殺してしまった?」
「ラン! 俺たち、ようやくランの元に来られたんだぞ! リツとアナスタシアが大異変と魔王を倒してくれたんだ!」
呼びかけてもやはり反応がない。
「せっかく会えたのに!」
「……まだ諦めるのは早いですよ。アーロン、ランにキスをしてみてください」
「キス……?」
アーロンはトマスに言われ、首を傾げつつも蘭の唇に軽くキスをした。
「次は私が」
トマスもアーロンと同じように軽くキスをする。
「イバン」
「う、うん」
イバンも軽くキスをしてみたが……。
「駄目、ですか……?」
「いや、駄目ってことはなさそうだよ。さっきより目の光が戻ってきてるような気がする」
「アーロン、もう少し長めに」
「分かった」
アーロン、トマス、イバンの順番で先ほどよりも長めにキスをしてみたのだが。
「軽く触れるだけのキスだと駄目ですか?」
「さらに長く?」
「あんまり長いと、我慢できなくなりそうなんだが」
「アーロン兄さん、場所をわきまえて?」
イバンのツッコミに、アーロンは咳払いをしてごまかした。
「先ほどより長めで」
もう一度、アーロン、トマス、イバンの順番で蘭にキスをした。
キスをする度に蘭の瞳に少しずつ光が戻っているようであるが、決め手に欠けるのか、はっきりとはしない。
「ランが昔、王子のキスで目覚めたいとか言ってたよね」
「俺たち、王子でもなんでもないし」
「……王子というには私たちも歳を取りました」
三人の小さなため息。
一度、心を壊してしまったから、もう戻らないのか?
「ランが生きていればと思ってましたが」
「生きているのが分かったら、また前のようにとやはり願ってしまうな」
「まだ、諦めないでよ!」
とはいえ。
他にも方法を思いつかないとは言わないが、ここで試すには危険だし、なによりもここは外だ。かなり躊躇してしまう。
「部屋に連れ帰るか?」
「う……ん」
悩んでいると、律とアナスタシアが近寄ってきた。
「父さんたち」
「あぁ、リツとアナスタシア。おまえたち、よくやった!」
「ようやく悲願を果たしましたね」
「さすがおれたちの子だよ!」
と喜んでくれたが、律とアナスタシアの表情は冴えない。
「どうしたんだ?」
「うん……。それよりも! ランは?」
「あぁ、かろうじて生きてるんだが」
「心を壊してしまったようでね」
それでなんの反応もなかったのかと分かったのだが。
「ところで、さっきからなにしてるの? 早く連れて帰ればいいのに」
ベッドに乗り上げて、なにをしてるんだろうと律は不思議に思って聞くと、トマスがしれっと答えた。
「久しぶりの再会なので、キスをしてました」
「キッ……!」
「ははっ、初心だな」
「……うん、そうだった、父さんたちはこうだよね」
律はげんなりとして、それから三人を改めて見た。
「それで、なんで別々にその、キ、キス、してたの? 三人同時にしないの?」
「……あ」
「それだ!」
「さすがです、リツ。いいことに気がつきました」
そうだ、なんのための三人なのだ。
別々にしても、意味がない。きっと三人同時なら、蘭も気がついてくれる。
蘭の周りに男三人が取り囲み、それから同時に蘭の顔にキスをした。唇は遠慮して、だれも触れていない。
三人同時に顔を上げるのを見て、あまりの息の合い具合に思わず律とアナスタシアは吹き出した。
「うちもだけど、三人で一人を共有するって不思議よね」
「ほんとにね」
そんな風に笑っていると、男たち三人がどよめいた。
「ラン!」
「分かるか、ラン?」
「迎えに来ましたよ!」
「……ん、と? え、と?」
小さな声に、律は蘭が気がついたことを知った。
「アナ! ランが気がついたよ!」
「え、えぇ……?」
アナスタシアは不思議そうな顔をして、律を見ていた。
*
ふ……と、懐かしい感触に蘭の意識は久しぶりに浮上した。
今までも目を開けていたはずだけど、なんだかよく見えてなかった。
だから何度か瞬きをしてみる。
すると。
「ラン!」
「分かるか、ラン?」
「迎えに来ましたよ!」
「……ん、と? え、と?」
聞き覚えのある声たちと、見覚えがあるけど、微妙に記憶とは違う顔たち。
蘭は激しく混乱して、周りを見回して──見覚えがあるような、ないような周りに、ますます混乱した。
「こ……ここは?」
「分からないのなら、いい」
「アーロン?」
「あぁ、そうだ、俺だ」
「私は分かりますか?」
「え……と、トマス?」
「おれは?」
「イバン、よね?」
どう見ても記憶の中にある三人より老けていることに蘭の頭の中は疑問符が飛び交う。
「え、なんで?」
「ランはまったく変わっていませんね」
「変わってないっていうか、若返ってる?」
「確かに少し幼くなったような気がする」
「……え?」
蘭は自分の顔に触れてみるが、手の感触だけでは分からない。
「とにかく、帰りましょう」
「そうだな」
「事情は後でゆっくり話すから」
蘭の身体はふわりと宙に浮いた。
「わっ!」
「前より軽いな」
アーロンの顔が急に近くなって、蘭は驚いた。浮遊感はアーロンに横抱きにされたからだと気がつき、蘭は真っ赤になった。
「ふふっ、相変わらずランは照れ屋でかわいいね」
「危ないですからアーロンの首にしっかり腕を回してください」
蘭は赤くなりながらもアーロンの首に腕を回して、落ちないようにしがみついた。
「はー、久しぶりのランの温もり」
「手が早いのは相変わらずですね」
「おまえらが遅いだけだ」
ワイワイと言い合いながら、四人が去っていくのを律とアナスタシアは見送った。
そして再び、二人きりになった。
「リツ、帰らないの?」
アナスタシアは不思議に思ってそう聞くと。
「ねぇ、アナ。あの四人を見て、なにも思わないの? 十八年ぶりの再会だよ? 盛り上がってヤッちゃうの、目に見えるよね? ぼく、それを邪魔できないよ」
「ヤッ……」
律の口から思いがけない言葉が飛び出てきて、アナスタシアは真っ赤になった。
「……見てるこっちが恥ずかしいんだけど!」
「あれは……もう、慣れろとしか」
「アナのところも仲いいよね。──で?」
「で、って?」
「両親たちがイタしてたら、アナはどうしてたの?」
「イタ……っ! ちょ、ちょっとさっきから、もう、なっ、なに言って!」
今までの律ならば、もう少しオブラードに包んだ言葉か、触れないかだったのに、なんで急に? とアナスタシアは混乱していると。
「……ぼくもアナとしたい」
「……ぇ?」
したいって、なにを?
「ねぇ、アナスタシア?」
「え? えっ? ちょ、ちょっと、リツ? なっ、なんでそんな、急に、色気っ?」
「ふーん? 分かるんだ?」
「ぇ? え?」
いつにない律の妙な色気にアナスタシアは思わず腰が引けて後ずさる。
「いつも誘ってるのに、アナ、気がついてくれないし」
「ゃ、な、なにを、言ってるの、か。ぜ、全然っ!」
普段の律は……と、考えて、言われてみれば今までも意味深な視線を向けられることはあった、ような、気がする。
でもそれは、気のせいだとアナスタシアはいつも言い聞かせていて。
「アナってさ、ほんと、鈍すぎだよね?」
「なっ? ぇ、ゃ、ほ、ほんと、ちょっ? ぇ、きゃっ!」
「後ろ、壁だよ? もう逃げられないね?」
「リ、リツ? ぁ、あの、意地悪、しな……い、で。って、んっ!」
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