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第12話:騎士団長vs魔法薬師
しおりを挟む「モニカ、これはどういうことだ!?」
翌朝、新聞を片手に握ったお父様が部屋に乱入してきた。昨日のことがどんな感じで書かれているのかは、「騎士団長VS魔法薬師」という見出しで容易に想像できた。
「フィルムンド王国の魔法薬師様か……捨て難い……」
「何言ってるの!!」
なんかお父様揺らいでるし!クリスト騎士団長以外に目移りしないでよ!
「魔法薬師様とは何もないから!!」
「じゃあクリスト騎士団長とは何かあったのか?」
「ウッ……出てって!!」
「求婚書はいつでも出せるからな~」
弁明したら墓穴を掘ってしまった。クリスト騎士団長との婚約を前向きに考え始めただなんてお父様に伝えたら、今すぐにでも求婚書を送ってしまいそうだ。私は期待の眼差しを送ってくるお父様を部屋から追い出した。
きっと世間でもあることないこと噂されてるんだろうな……。落ち着くまで、しばらく家から出ないようにしよう。
コンコン
「?」
今日は思う存分ゴロゴロしてやると意気込んだ時、窓を叩く音が聞こえた。警戒しつつ恐る恐る覗いてみると、1匹のねこちゃんがいた。
灰色の毛並み……もしかして首都で会ったねこちゃんだろうか。窓を開けて入れてあげると私の足に擦り寄ってきた。か、かわいい……!
「私のことが忘れられなかったのかにゃー??」
「ニャー」
前世では猫を1匹飼っていた。トムは私のマッサージが大好きでよくこうやって甘えてきた。この子も私のマッサージを気に入ってくれたのかな。
「よーしよし」
「フニャァン」
ベッドの上に寝転んでねこちゃんにマッサージを施す。気持ちよさそうに目を瞑るねこちゃんにつられて、私の瞼も重たくなってきた。
***
「ん……ねこちゃ……」
いつの間にか寝ちゃってたみたいだ。真っ昼間からねこちゃんとうたた寝なんて……平和な世界……。
「ん……?」
灰色の毛並みを撫でようと手を伸ばす。しかし、私の指先に触れたのは人肌だった。温かい。ドクドクと動いてる。これは……
「きゃああああ!!!」
「う゛ーー……」
私の目の前に寝転んでいたのは魔法薬師さんだった。百歩譲ってそれはいいとして、何で裸なの!?
インドア派なイメージなのになかなかいい身体してる……じゃなくて!
「モニカさん!!」
「ひゃあああ!?」
私の悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのは、お父様でも専属侍女でもなくクリスト騎士団長だった。
何で!?めっちゃ部屋着で恥ずかしいんですけど!!
「ッ!」
クリスト騎士団長はこの状況を把握すると、すごい速さで魔法薬師さんの喉元ギリギリに剣を突きつけた。
ギシリと軋む私のベッド。こんな状況でありながら、私は自分のベッドの上にクリスト騎士団長がいるという事実にドキドキしてしまった。
「彼女に何をした」
「……マッサージをしてもらっただけですよ」
怒気をはらんだ低音ボイスにきゅんとしつつ、マッサージ?と首を傾げる。私がマッサージした相手はねこちゃんであってこの人ではない。
……そういえば、この灰色のくせっ毛……どことなくあのねこちゃんに似てるような……
「ね、ねこちゃん……?」
「うん」
まさかとは思って聞いてみると、魔法薬師さんは頷いた。
魔法のあるファンタジー世界だもん、動物に変身することも、きっと不可能なことじゃないんだろう。
「な、なーんだ、指遣いとか気持ちいいとか、全部猫マッサージのことだったんですね!!」
「うん」
そうなると、パーティーで言っていた誤解を招く言葉の数々にも説明がつく。
クリスト騎士団長に私の身の潔白を示すために、わざとらしく大きな声で言った。
「ぜひ俺専属のマッサージ師になってくれ」
「駄目です」
「騎士団長殿には聞いていない」
私の代わりにクリスト騎士団長が間髪入れずに返答してくれた。
「彼女のマッサージはもはや医療の域だった。蓄積された疲労が綺麗さっぱりなくなったんだ」
私のマッサージが疲労に効いたらしい。確かに昨日より目の下の隈が薄くなったような気もする。
「あんなに深く眠れたのは久しぶりだった……いつもは仕事の合間に1時間寝られたらいい方だからな。あのマッサージがあれば三徹はいける……」
いや……普通にちゃんと睡眠をとればいいだけの話では。三徹なんてしなきゃいいのに。時間を仕事に割くことが当たり前になっている……社畜だ……。
「週に1回でいい。交通費は出すし、給料もいくらでも払う。俺の専属マッサージ師に……」
「駄目です。諦めてください」
「嫌だね!」
再び間髪入れずに拒否するクリスト騎士団長と、食い下がる魔法薬師さん。二人の間にバチバチと火花が散った。
「と、とりあえず服着て帰ってください」
「絶対諦めませんからね……」
いくら猫の姿だったからといっても、これは不法侵入になる。お父様がこの状況を見たら何と言うか……。
追い返すと、魔法薬師さんはまるで呪いをかけるようなネチネチとした捨て台詞を残して、丸薬を一つ口に含んだ。次の瞬間、人間の体がしゅるしゅると縮んで猫の姿になるのを目の当たりにした。魔法の力ってすげー……。
「あ……クリスト騎士団長はどうしてうちに……?」
「今日の新聞が気になって、僕が連れてきたんだよ!」
「ユーリ様!?」
魔法薬師さんが窓から出ていった後、クリスト騎士団長に向き直るとその奥からユーリ様がひょっこり顔を出した。
「未来の義妹が魔性の女だったらどうしようかと思ったけど、どうやら杞憂だったみたいだね」
「わ、私はクリスト騎士団長一筋です!!」
「うんうん、それは何よりだよ」
「ありがとうございます」
なんか流れるように言ってしまったけど、今の私達の関係性でこの発言は軽率だったかもしれない。
頬を染めて嬉しそうにするクリスト騎士団長を見て、私まで顔が熱くなってしまった。
このやりとりを見たユーリ様が何かを察したように「おやおや」と楽しげに呟いた。
「ちょっとモニカ!! この新聞はどういうこッ、とああぁ!?」
「ターニャ……」
そこに新聞を見たらしいターニャが駆け込んできて、私の部屋にいるクリスト兄弟を見た瞬間固まった。
「モニカさんのお友達かな?」
「ターニャ・オンデルカ伯爵令嬢です」
「ご、ご挨拶申し上げます」
ターニャには、クリスト騎士団長と初めて対面した時のことしか話していない。理解が追いついていないみたいだ。
「モニカ~~~!!」
「何で泣くの!?」
「だって……! あんなに好き好き言ってたクリスト騎士団長とついに……!!」
「ちょ、ちょっとターニャ!」
やばい、ターニャには散々クリスト騎士団長のかっこよさを語ってきた。"推し"という概念をいまいち理解していないターニャからしたら、私が長年の片想いを成就させたように見えたみたいだ。
「オンデルカ嬢、その話もっと詳しく聞かせてほしいな」
ユーリ様が興味を持ってしまった。
「これはこれはクリストご兄弟!! すぐにおもてなしします!!」
「急に来てしまってすみません」
「とんでもございません! ぜひうちで昼食をとっていってください!」
「では……お言葉に甘えていただきますね」
そこにお父様までやってきて、みんなでご飯を食べることになってしまった。
なんだろう……この外堀から埋められていく感じ。
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