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第14話:モニカの告白
しおりを挟む「……」
まだしっとりと濡れている唇を指でなぞる。ついさっきまでここがクリスト騎士団長と触れ合っていたのを実感して、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてきた。
薬の症状をやり過ごすためとはいえ……クリスト騎士団長とあんなにねちっこいキスをしてしまった。しかもそのおかげで恋心を自覚することになるなんて。
ちなみにクリスト騎士団長はキスを終えてすぐ「ちょっと落ち着いて来ます」と言って出ていってしまった。
「申し訳ありませんでした……!」
「や、やめてください! 全然、大丈夫ですから……!」
1,2分で戻ってきたと思ったら、クリスト騎士団長は深々と頭を下げた。90度の最敬礼なんてする必要ないのに。頭を上げるように説得してもなかなか上げようとはしてくれなかった。
「しかし……あなたとのキスはもっと……ちゃんと……」
「じゃあ……今してくれますか?」
「!?」
ようやく上げてくれたクリスト騎士団長の顔は真っ赤だった。"無口でクール"なクリスト騎士団長がこんなに動揺する姿を目にした人が、いったい今までにどれだけいただろうか。もしかしたらいないかもしれない。
私の言動によって彼の表情がコロコロと変わることが嬉しい。さっきの熱っぽい顔も素敵だけど、目を見開いて驚く表情も好きだ。全部愛おしい。全部、私が独り占めできたらいいのに。
「好きです」
「!」
こんな自分勝手な独占欲を抱いている時点でもう明確だった。
「私も……あなたに触れたいです」
「!」
「あなたと家族になって、あなたとの子どもと暮らせたら、とても幸せだと思います」
「はい……」
「嬉しいことや楽しいこと、全てをあなたと分かち合いたいです」
「はい」
「あなたの人生を、私が幸せにしてあげたい」
彼が私との未来に望むもの全てに応えたい。そう思ったら、クリスト騎士団長に負けず劣らず情熱的な告白になってしまった。
相槌を打つ度にキラキラと輝いていく彼の瞳は、まるで宝石のようだと思った。
「!」
言い切ったところで照れ臭くてはにかむと、クリスト騎士団長に抱きしめられた。彼の身体から喜びが伝わってくるような気がした。
どんな表情をしているんだろう。気になったけど、大人しく背中に手をまわすことにした。
「俺よりかっこいいことを言わないでください」
「ふふ、クリスト騎士団長よりかっこいい人なんて存在しません」
「好きです。愛しています」
真っ赤になりながらも凛々しくて真剣な表情。それが私の目に映ったのは一瞬で、すぐに視界に収まらなくなった。唇が柔らかくて温かい感触に包まれるのを感じて、私は目を閉じた。
***
「……ふふ」
あれから2日経ってもクリスト騎士団長の唇の感触が忘れられない。熱っぽい顔、驚いた顔、そして目を細めて微笑んだ顔……一つ一つ思い返すと自然と笑みが溢れた。
こういう状態を、客観的に見て「惚気てる」と呼ぶんだろうか。
「いい加減にしなさい」
浮かれて家の廊下を歩いていたら、お父様の執務室から穏やかじゃない声が聞こえてきた。声を荒げて怒鳴りつけるような人じゃないけど、明らかに怒気を含んでいる。
「アメリアは伯爵と結婚し、モニカだって侯爵のご令息と結婚するんだ。長男のお前がそんなでは示しがつかないだろう」
「お父様は子どもの幸せより爵位の方が大切なようですね」
「長い目で見た時どちらが幸せか、よく考えるんだ」
お父様はサムエル兄さんと言い争っていた。
そうだ……この問題があった……!!私がクリスト侯爵家に嫁いだら、いよいよ兄さんとティナの逃げ道がなくなってしまう。
「私が爵位を継いでもいい」だなんて大口を叩いたけれど、次男といえど侯爵家のご子息を子爵家に婿入りさせるわけにはいかない。
ていうか、お父様にはクリスト騎士団長とのことはまだ話していないのに、なんかもう私達が結婚する気でいるんですけど……。
「大人になりなさい」
「そうよサムエル、こんなに求婚書を戴いてるのよ……」
「俺はティナ以外の人とは結婚しない!!」
「サムエル!」
ドアを勢いよく開けた兄さんは、驚く私に気付く様子もなく走り去っていった。
「うーん……」
どうしたものか……。
***
翌日、私は居ても立っても居られなくてチェルナー騎士団の訓練場に赴いた。
「おや、シュレフタ嬢。今日は授業はないはずでは?」
「すみません、お邪魔します」
「大歓迎ですよー! あ、団長とデートっすか?」
「い、いえ……」
目立たないところで訓練が終わるのを待ち構えている私を見つけたのは……確かシモン・バーレク卿だ。
私がクリスト騎士団長目当てで来たと思われてることが恥ずかしい。騎士団の皆さんは、私とクリスト騎士団長のことをどこまで知っているんだろう。なんだかやけに皆さんの視線が生暖かいような……
「モニカさん!」
「!」
訓練場に続く皇宮の廊下から、クリスト騎士団長がこちらに向かってきた。使節団の護衛任務は終わったんだろうか。
告白するちょっと前から名前で呼ばれるようにはなっていたけど、まだまだ慣れなくてドキドキしてしまう。
「団長の求婚を受け入れたんですよね?」
「! 何で……」
「団長のあの嬉しそうな顔見たらわかりますって~」
私を目指して小走りする彼はとても嬉しそうだ。
確かにこの様子を見たらわざわざ報告するまでもなくバレるか。
「勤務はもう終わりました」
「えっと……」
どうしよう、クリスト騎士団長も私がデートしたくてこごまで来たと思ってるみたい。期待でキラキラと輝く瞳を直視できない。
「すみません、今日はティナに用があって……!」
「え」
自分ではなくてティナに会いに来たんだとわかったクリスト騎士団長は、わかりやすく落ち込んでしまった。
***
「モニカ、本当に私でよかったの?」
「うん」
確かにクリスト騎士団長の期待を裏切ってしまったことには胸が痛んだ。でも……こんなに元気がないティナを放っておくことはできない。
私はティナと庭園を歩き、隅のベンチで話を聞くことにした。
「最近元気ないけど、何かあったの?」
「……私、剣士に向いてないかも」
「な、何で!? ティナの剣はすごいよ!」
「結局は井の中の蛙だったのよ。ここには私なんかよりすごい人達ばかり……」
「ティナだって……!」
「来月の北部魔獣討伐部隊に、私は選ばれなかった。同期のカルラは選ばれたのに……」
「!」
チェルナー騎士団は定期的に各地をまわって魔獣討伐を行っている。20人くらいの討伐部隊に選ばれるのは皆実力者だ。そこで功績を上げて、陛下から褒賞金を貰った者もいるという。
「爵位を貰えるくらい強くならなきゃいけないのに……!」
爵位を望むティナにとって討伐部隊に選ばれることは第一関門のようなものだ。その壁の高さ、更に実力のある同期の存在によってかなり焦ってるように見える。
こんなに苦しんでいる友達を前にして、何も力になれない自分が嫌になった。
***
「はあ……」
「どこか具合が悪いんですか?」
「いえ、元気です!」
昨日の埋め合わせ(?)として今日はクリスト騎士団長とお昼休憩を一緒に過ごす約束をした。
庭園が見える皇宮の一室で好きな人と食べるランチはとても美味しいけれど、ふとした瞬間にティナと兄さんのことを考えてはため息をついてしまう。
「あの、クリスト騎士団長から見てティナはどうですか?」
「どう、とは?」
「剣士としての素質というか……」
剣術の試合はよく見てきたけれど実践とはまた違う。実際ティナは剣士として爵位を貰える希望があるんだろうか。
「……瞬発力や追い込まれた時の判断力はいいものを持っていると思います。ただ……」
「ただ?」
「魔力の使い方が他の者とは少し違う感じがします。一般的には掌から魔石にブワっと込めるんですけど、彼女の場合……シュルシュルっていう感じです」
「……??」
運動能力は良いけど魔力の使い方が剣士らしくない……ということだろうか。具体的にどう違うのかはクリスト騎士団長の説明を聞いてもよくわからなかった。
「失礼しまーす……」
「アプソロン卿いいところに!」
「すみません書類を取りに来ただけなので。お二人の空間に入るつもりは毛頭ないので」
「お願いです聞きたいことがあるんです」
「ええ~……」
身を縮ませて部屋に入ってきたアプソロン卿を呼び止める。
アプソロン卿がチラチラとクリスト騎士団長の顔色を窺っているけど、彼がこのくらいのことで怒るわけないのに。
「アプソロン卿はどういった経緯で爵位を貰ったんですか?」
アプソロン卿は平民出身だ。ソドレニアの剣術大会でクリスト騎士団長にスカウトされて、チェルナー騎士団に入団した。
そしてクリスト騎士団長が団長に就任する少し前に爵位を授かっている。
「運が良かっただけですよ」
「運?」
「休みの時、街で暴漢から助けた女性がたまたま陛下の妹君だったんです」
「へえ……」
確かに素晴らしい功績ではあるけど……もっとドラゴンを倒したとか悪い組織を壊滅させたとかを想像してた。
陛下の私情に関することなら警察に表彰状を貰うくらいのことでも爵位を貰えるのか……。だとしたら、苦しい思いをしてまで剣士にこだわらなくてもいいのかもしれない。
「アプソロン卿は、ティナが剣士に向いてないと思いますか?」
「うーん……向いてないわけじゃないけど……ティナはもっと繊細に魔力を使う職業の方が向いてるかもですね」
「繊細に魔力を使う職業……」
なるほど、さっきのクリスト騎士団長の「シュルシュル」という擬音は、ティナの魔力の使い方が繊細だって言いたかったんだ。
「それこそ魔法薬師とか……」
「!!」
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