月の女神と夜の女王

海獺屋ぼの

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上弦の月

月姫 既知の海

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 京極恵理香は私の母親だ。彼女は私が三歳になって間もなく家を出た。幼すぎて彼女のことを私はほとんど覚えていない。幼い頃は母と接することもあったはずなのに、私には母親の記憶がほとんど残っていなかった。暗黙の了解として、私と父さんとの間で母親の話はタブーとなっていた。父さんも思い出したくないと思う。
 私は《つきのめがみとよるのじょおう》の表紙をまじまじと見つめた。一見可愛らしい女の子達が仲良く立っているように見えるけど、二人ともどことなく寂しげだ。女の子二人の周りには白うさぎと黒うさぎが何匹か描かれている。
 私はその古びた絵本を開いた。

    
    《つきのめがみとよるのじょおう》
    
    むかしむかし、お空の上のお月さま。
    
    お月さまには白うさぎと黒うさぎがくらしていました。
    
    白うさぎは月の女神ルナさまのお世話をしています。
    
    「ルナさま、今日は何をしてあそびましょうか?」
    
    一匹のうさぎが女神さまにおうかがいをたてます。
    
    「そうねー。今日はみんなでおもちつきをしましょう!」
    
    白うさぎは耳をピンと立ててうれしそうにしています。
    
    「ぺったん、ぺったん、ぺったんたん!」
    
    白うさぎたちはいっしょうけんめいにおもちをつきます。
    
    「ルナさまのためにぺったんぺったん!」
    
    白うさぎたちは女神さまのために歌いながらおもちつきをしています。
    
    女神さまもとてもうれしくなりました。
    
    そこに黒うさぎたちがやってきました。
    
    「やい! 白いの! おもちをよこせ!」
    
    黒うさぎたちはおうぼうなことをいいます。
    
    「だめだよー。これはルナさまの大切なおもちだもん」
    
    白うさぎたちは黒うさぎたちにおもちをあげたくありません。
    
    「うるさい。うるさいぞー。おもちは女王さまにさしあげるんだ! いいからよこせー」
    
    黒うさぎたちも言い出して聞きませんでした。
    
    「だいじょうぶよ! みんな。おもちはたくさんあるんだから分けてあげましょう!」
    
    女神さまはやさしく白うさぎたちにいいました。
    
    白うさぎたちはしぶしぶ、おもちを黒うさぎたちに分けてあげました。
    
    黒うさぎたちはお礼もいいません。
    
    なんてわるいうさぎでしょう。
    
    「ねぇルナさま。なんであんなやつらにおもち分けてあげたの?」
    
    白うさぎはふしぎそうに女神さまにたずねました。
    
    「おなかがすいてるんだから分けてあげたほうがいいと思うのよ。あの子たちはちょっとぶきようなだけよ」
    
    女神さまはやさしいえがおで白うさぎたちにそういいました。
    
    「ルナさまはやさしいなー」
    
    白うさぎたちは女神さまをもっともっと好きになりました。
    
    黒うさぎたちはもらったおもちを女王ヘカテーさまのもとへと運びました。
    
    「女王さま! 白うさぎからおもちをとってきました」
    
    黒うさぎたちは胸をはりながら女王さまの前におもちをおきました。
    
    「あーあ、しょうがない子たちだねー。白うさぎもかわいそうに」
    
    そういって女王さまはまん丸なおもちを一つ食べました。
    
    「えー、でもあいつらケチでさいしょ分けてくれなかったんだよー」
    
    黒うさぎはもんくをいいます。
    
    「いい? お前たちは人におねがいするときはもっとていねいにしんせつにしてあげなさい!」
    
    女王さまはそういいましたが、黒うさぎたちよくわからないようでした。
    
    「ヘカテーさまのいうことはむずかしくておいらたちにはよくわからないよ!」
    
    黒うさぎたちは首をかしげています。
    
    女王さまは黒うさぎたちをさとすことをあきらめてみんなでおもちを食べました。
    
    ある日、女王さまは黒うさぎをつれて女神さまのところをたずねました。
    
    「あら、ルナおひさしぶりね? 元気しているかしら?」
    
    女王さまは女神さまにあいさつをしました。
    
    「ごきげんようヘカテー! わたしは元気よ? あなたは?」
    
    「元気よ! ちょっとうさぎたちが元気すぎてつかれるけど」
    
    そういって女王さまはつれてきた黒うさぎの頭をかるくなでました。
    
    「ねえヘカテー。黒うさぎたちに白うさぎをいじめないようにおねがいしてくれないかしら?」
    
    女神さまは女王さまにおねがいしました。
    
    「うちのうさぎたちがルナのうさぎにいじわるしたの?」
    
    「ときどき、泣いてかえってくる子がいるのよね。ねぇ、おねがいだからよくいって聞かせてちょうだい」
    
    女王さまはつれてきた黒うさぎにたずねました。
    
    「お前たちは白うさぎにいじわるしてるの?」
    
    黒うさぎは首を横にふります。
    
    「ううん! おいらたちはいじわるなんてしてないよ!」
    
    女王さまは困った顔をつくりました。
    
    「ごめんなさいルナ。私はこの子たちを信じなきゃならないの」
    
    それを聞いた女神さまはとても悲しそうな顔になりました。
    
    白うさぎたちはなっとくできませんでした。
    
    ある日、白うさぎのリーダーがみんなをあつめていいました。
    
    「ねえみんなきいて! ルナさまはやさしすぎて女王に何もいえないんだ! ここはぼくたちでわるい女王と黒うさぎをやっつけよう!」
    
    白うさぎたちは力をあわせて黒うさぎたちをやっつけることにしました。
    
    「えい! えい!」
    
    白うさぎたちは力いっぱい黒うさぎたちとたたかいました。
    
    「たいきゃくー、たいきゃくー」
    
    うさぎたちのたたかいは白うさぎが勝ちました。
    
    やられた黒うさぎたちはにげだしました。
    
    「ヘカテーさまー。おいらたち白いのにやられちゃったよー」
    
    きずだらけの黒うさぎたちは女王さまのところでわんわん泣いています。
    
    「お前たちがあの子たちにいじわるばっかりするからそうなったのよ? お前たちにはかわいそうだけど、私たちはもうここにはいられないわね」
    
    女王さまは黒うさぎたちをつれて月のうらがわまでにげていきました。
    
    女王さまと黒うさぎたちは月のうらがわをさまよい歩きました。
    
    歩きつかれた女王さまと黒うさぎたちは「けんじゃの海」のほとりにすむことにしました。
    
    女王さまと黒うさぎたちがいなくなると白うさぎたちに平和がやってきました。
    
    「ルナさま、ルナさま! 今日は何をしてあそびましょうか?」
    
    白うさぎは女神さまにおうかがいをたてます。
    
    「ごめんね。今日はあなたたちとあそびたい気分じゃないの」
    
    女神さまは女王さまがいなくなってからすっかりふさぎこんでしまいました。
    
    「ああヘカテー、わたしはあなたとこんな風にお別れしたくなかったのに」
    
    女神さまはすっかり元気をなくしてしまいました。
    
    「ルナさま元気ないなー」
    
    白うさぎたちも女神さまがしんぱいです。
    
    ある日、月のうらがわから一人のおじいさんが女神さまのお城にやってきました。
    
    「女神さまはおるかね?」
    
    おじいさんは白うさぎたちにたずねました。
    
    「いるよー。おじいさんだぁれ?」
    
    「わしはけんじゃの海にすんでいる者だよ。わるいが、ルナさまに会わせてはもらえないか?」
    
    白うさぎたちは女神さまにお客さんがきたことを伝えました。
    
    女神さまはおじいさんと会うことにしました。
    
    「ひさしいなー。元気しとったか?」
    
    おじいさんは女神さまに会うとうれしそうに話しました。
    
    「これはこれは、おひさしぶりです。けんじゃさま! こんなところに来るなんてめずらしいですね」
    
    女神さまは元気なふりをしながら月のけんじゃさまにあいさつしました。
    
    「ほっほっほ、お前さんが元気そうでよかったよ。うさぎたちも元気いっぱいじゃな」
    
    けんじゃさまはパイプを口にくわえて女神さまといろいろと話をしています。
    
    「そうじゃ! お前さんヘカテーとけんかしたそうじゃな? あのむすめからきいたぞ」
    
    けんじゃさまにいわれて女神さまは悲しい顔をしました。
    
    「かのじょとはすっかり会わなくなってしまいました。わたしはヘカテーとこんな風になりたくなかったのです。どうしてこうなってしまったのか……」
    
    女神さまは大粒のなみだを流しました。
    
    「泣くのはおやめルナ。どれ、わしがお前さんにいいことを教えてあげよう」


 ページをめくるとなぜかその続きのページが破られていた。あと二ページほどあるはずなのに結末だけこの絵本から欠落している。続きが気になったけれど仕方がない。諦めて本を閉じる。
 それにしても不思議な絵本だ。私たち姉妹の名前はここから取ったもののようだ。母親はこの絵本の登場人物に特別な思い入れがあるのだろう。
 私は珍しく母親に興味がわいた。彼女はどんな生き方をしてきたんだろう? どうやって幼少期を過ごし、どんな青春を送り、どんな風にして父さんと出会ったんだろう?
 そういえばヘカテーは母親のことを覚えているようなことを言っていた。だとすれば私にはなぜ母親の記憶がないんだろう?
 私はその絵本を自分の部屋に持っていき本棚の隅に入れた。参考書と小説ばっかりの本棚に一冊だけ混ざったその絵本は、妙な存在感を放っている。
 その後、ネットで《つきのめがみとよるのじょおう》について調べてみた。検索結果を見たけど、アマゾンにも電子書籍サイトにもその本は売っていないようだ。内容に関するレビューもまったく見つからなかった。
 その日は勉強にあまり身が入らなかった。田村さんのこともあるし、さっき見つけた絵本のことが気になってしょうがない。私は諦めてベッドに横になる。そしてうとうととして眠ってしまった
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