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下弦の月
裏月 東の海
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私は《カフェ・ミネルバ》の窓際の席に座ってコーヒーを飲んでいた。窓から見える国道沿いの大銀杏は相変わらず夏らしい緑色をしている。よく見ると緑の色が濃くなったように感じた。店内のBGMはジャズピアノがかかっている。
いつもなら《カフェ・ミネルバ》はまったりとした時間を楽しむところだったが、今日の私は緊張を強いられていた。今日の待ち合わせの相手は里奈ではない。バンドメンバーのジュンだ。大志は来てくれない……。私はこの場から逃げ出して海にでも行きたくなっていた。
ジュンから連絡が来たのは、一昨日の晩の事だった。彼は私と二人で話がしたいと電話してきたのだ。よりによってこのタイミングでサシで会うなんてどういうつもりなんだろう? でもジュンの誘いを断る事はできなかった。だって私のせいでジュンは彼女と別れてしまったのだから。
ジュンの彼女はたしかに最低の女だったけど、それでもジュンにとっては大切な彼女だったんだろうと思う。それを思うとさすがの私も良心の呵責を覚えた。
私がどうやってジュンに謝ろうか考えていると、奇麗な顔をしたロングヘアーの男が《カフェ・ミネルバ》のドアから入ってきた。彼はゆっくりと私が座っている窓際の席にやってくると笑顔で挨拶をしてきた。
「おはよう! 今日は時間作ってくれてありがとうね。京極さんバイト忙しいのにごめんねー」
ジュンはそう言って私の前の席に静かに腰を下ろした。
「おはよう……。私は大丈夫だよ。今日は元々バイト遅番だし、お盆過ぎたからそこまで忙しくなくなったからね」
「ならよかったよ! 京極さんいつも忙しそうだから悪い気がしてねー」
ジュンは本当に普通だった。むしろいつものバンドの練習やミーティングで会うときよりずっと穏やかで機嫌がよく見える。私はその普通過ぎるジュンに何か気味の悪さを感じた。自分の彼女を締め上げて、泣かせた女に対してこんな和やかに接してくるなんてどうかしている。
「ジュン君さぁ、この前はごめんね。自分でもあそこまでするなんて思ってなかったんだ。言い訳だけどさ、私ってブチキレると自分がコントロールできなくなっちゃうんだよね……」
私は本当に申し訳なく思いながらジュンに謝った。
「ああ、あの時の事ね! いいよ別に気にしてないから。それに美佳とも別れたからもう関係ないよ」
ジュンはあまりにもあっさりそう言った。それからジュンは店員を呼んでグアテマラのアイスコーヒーを注文した。
「そう……。ジュン君てあっさりしてんだね。もっと私を恨んでるかと思ったよ」
「ハハハ、恨んだりしないよ。むしろ美佳と別れられてよかったと思ってるくらいだしさ。こんなこと言うと最低の男だって思うだろうけどさ」
イエス! 最低な男だ。
私はジュンの振る舞いに違和感を覚えていた。彼はもっと寡黙で必要以上に話さない男だと思っていた。でも実際こうして向かい合って話をしているとよく喋る男だ。うるさいってわけじゃないけど、話題が豊富で相手を飽きさせないような話し方をしてくる。
「ジュン君ってこんなによく話す人だったっけ? 私が知ってるジュン君はもっとクールなイメージだったんだけど?」
「へー、俺って京極さんにクールな男だって思われてたんだ。それは知らなかったよ」
「だって、いっつも練習で会う時もほとんど会話らしい会話した事ないじゃん!? 私と大志が話してるとジュン君ふらーっとどっか行っちゃうしさ」
「それは美佳がいたからだよ。ほら、あの子にはずいぶんとヤキモチ焼かれたからね。必要以上に女と絡むとあの子機嫌悪くなるし、俺だって多少は彼女に気を使ってたんだよ?」
ジュンがそんな話をしていると店員がアイスコーヒーを運んできた。グラスの氷に照明が当たってキラキラと輝いている。彼は運ばれてきたアイスコーヒーをブラックのまま一口すすった。
「ふーん、なんかジュン君の口ぶり聞いてると、佐倉さんのことあんまり好きじゃなかったみたいだよね?」
「うーん。嫌いじゃなかったよ? 美佳は美佳でいいところもあったし、好き嫌いが激しくて嫌いなものに当たり散らすところさえなければ割と普通の女の子なんじゃないかな? それにどんな女の子だって多少は欠点あるでしょ?」
「そう思うなら別れて悲しいんじゃないの? あんなことした私が言うのもなんだけど、そんなアッサリされたら佐倉さん可哀想じゃん?」
これは本心だ。あの女だとしてもそこは同情する。
「言ったでしょ? 嫌いじゃないだけなんだよ。俺は美佳のことは特に好きだったわけじゃない。たしかにあの奇麗な顔とスタイルの良さは魅力的だったけどね。まぁ仕方ないよ。遅かれ早かれあの娘とは別れてた気がするし」
「仕方ないって……。それじゃジュン君、奇麗な女なら誰でもよかったの? ただ彼女の見た目が良かったから付き合ったっていうの?」
私がそう言うとジュンは頭を軽く掻いた。
「当たらずとも遠からずかな。俺は美佳の容姿をとても気に入っていた。でもそれだけじゃない。彼女が人並みはずれて変わっていたのがよかった。普通の女の子じゃ意味がなかったからね」
私はジュンの言っている意味が理解できなかった。美形性格ブスが好みってことなのだろうか?
「じゃあ性格が超絶変わってるから付き合ったの!? それがジュン君の好みだったってこと?」
私はジュンに詰め寄るように聞いた。彼は表情を変えずに続ける。
「京極さん、あんまりこんな話は普段しないんだけどさ。これから一緒にバンドやっていくわけだし正直に話すよ。きっと京極さんはすごく俺に嫌悪感を持つと思うけどね……」
それからジュンは自身の生い立ちについて話し始めた。
「俺の母親はちょっと変わった職業してるんだ。『多賀木マリ』って名前聞いた事あるかな?」
「『多賀木マリ』ってあの女優の?」
「そう、その『多賀木マリ』だよ。彼女が俺の母親なんだ。本名は高木真理子って言うんだけどね。小さい頃から忙しい人でね。遊んでもらった記憶なんてほとんどないんだよ」
たしかに言われてみれば、ジュンの顔は母親に似ている気がする。彼女は名の知れたベテラン女優だった。よくゴールデンタイムのドラマなんかにも出ているので知名度は高い気がする。彼女のイメージはキツそうな雰囲気のある美人女優だった。
「それは知らなかったね」
私はつまらない感想を言って彼に話の続きを促した。
「俺の両親は二人とも東京に住んでるんだ。俺は父親の実家に住ませてもらって、小さい頃から茨城で暮らしてきた。親父もおふくろもたまにしか帰ってこないから、俺の面倒を見てくれたのは父方の祖父母だったんだけどさ」
ジュンはそれから色々と話してくれた。幼少期どう過ごして、大志とどんな風に出会って、今までどんな女の子と付き合ってきたかを丁寧に説明してくれた。彼の話だと母親に似ているせいか、相当色んな女性に言い寄られたらしい。自慢かよ。
「それで? なんで佐倉さんと付き合ったの? その理由を教えて!」
「さっき言った通り、俺はそれなりに女の子に人気があるんだ。でもね、実際付き合うと面倒な事が多くてね。ほら、女の子って気分屋で独占欲強くて面倒くさいじゃん?」
「それを女の私に言うなよ……」
私は呆れるように言った。
「その点で美佳は逸脱してたんだよ。中途半端に付き合って、別れてを繰り返すくらいならあれくらいぶっ飛んでる方が、他の女が寄ってこないから楽だったんだ。だって美佳と付き合ってるって知るとだいたいの女の子が引くのがわかったからね」
やはり私はジュンが何を言っているのかよく理解できなかった。
「つ・ま・り! 佐倉さんは女よけだったって言いたいわけ!?」
「簡単に言えばね」
ジュンは悪びれる様子もなくそう言ってアイスコーヒーを飲んだ。
最低の男だ。私はジュンに対してそれ以外に思うことはなかった。悪い奴ではないと思っていたけど、どうやら悪い奴らしい。
「ねえ京極さん? 最初に断ったけどやっぱり嫌悪感は持ったよね? というよりも京極さんはもともと俺に対して敵対心……って言えば良いのかな? そんな感情を持っている気がしてたんだ。だから今日は正直な俺の話を聞いてほしかった。元々嫌われてるなら何言ったって嫌われる心配はないしね」
ジュンはそう言うと真顔になった。いつもの優しそうな笑顔は消え失せ、ピカロのように見える。
私はジュンの話を聞いて少し考えた。この男は私になんて言ってもらいたいのだろう? 取り繕えば良いのだろうか? それとも……。
「ああ、嫌悪感って言葉じゃたりないくらい引いたよ。まったく、最低の男だね。私もねぇ、何人か酷いヤローと付き合ってきたけど、ジュン君ほどのゲスには会った事がない」
私は取り繕う必要がないとばかりに正直な気持ちをジュンに話した。
「だろうね……。京極さんならそう言うだろうと思ったんだ。ありがとう、正直に答えてくれて」
「ジュン君……。なんで私にそんな話したの? これから一緒にバンドやっていきたいと思うなら、まともぶれば良いじゃん!? よりによってそんなゲスで最低な男だって公表する事ないと思うんだけど?」
私はもうジュンに対してどう接していいのかよくわからなくなっていた。
「俺はね京極さん、京極さん以外の女のことはどうでもいいと思ってるんだ。別に君のことが女性として好きだって言ってるわけじゃないよ? 君以外の女はみんな同じだよ。あの美佳でさえまともで普通な女だと思う。でも京極さんだけは違う。俺と同じ種類の人間だって思う」
「何言ってるの? 同じ種類の人間ってどういう意味?」
私はジュンと話していて頭が痛くなってきていた。彼の話はあまりにも逸脱していて着いて行けない。
「前に京極さん言ってたよね? 『私はまともな人間じゃない』ってさ。実は俺も昔から自分のことそう思ってるんだ。どこか世間とは感覚がずれてるんだよ。俺ももう大人だから一応は他人に合わせるフリはするけどさ。でも本当は俺って狂ってる気がするんだよ」
そう言うとジュンはとても悲しそうな顔をした。今まで一緒にバンドやってきたけどこんな表情のジュンを見たのは初めてだ。不思議な話だけど、今まで見た彼の中で最も人間的だった。
「そっか……。ジュン君さぁ、こんな風に言うと意外に思うだろうけど、私もその感覚はわかる気がするよ。なんつーのかな? うまく説明できないけど感覚的にはわかる」
私がそう言うとジュンはゆっくりと頷いた。そんなジュンを見て私は彼の本当の姿を見たような気がした。彼は一見自信があって、ひょうひょうとしているようだけど、本当はとても恐がりなのだろうと思う。恐がりで強がりのピカロ。
私たちはしばらく無言で向かい合っていた。黙って俯いている彼はひどく小さく、それでいて美しく見えた。彼が言った『同じ種類の人間』って言葉の意味を何となく理解できる気がした。私も本当は臆病で強がりのメンヘラビッチだから。
「ごめんね京極さん。でも俺は京極さんと大志以外には自分の本心を見せたくないんだ。ウチの祖父母や親にだってまず見せないしね。大志と京極さんになら裏切られる事も込みで信頼できるからさ」
ジュンはそう言うと普段の表情に戻った。
それから私たちは本当に自然に話をした。今までジュンに持っていたコンプレックスのようなものはもうそこにはなかった。どうやら私もジュンの事が大切らしい。ジュンの言葉を借りれば、裏切られる事も込みで。
「そうだ京極さん! この前のアフロディーテのチケットだけど、美佳来なくなったから一枚余ったんだよねー。大志も気遣いの人だから美佳の分まで用意してくれたんだけどさ。俺から話してみるから茜ちゃん連れてってあげたらどうかな?」
「え!? いいの? それ聞いたらきっとあの子喜ぶよ!」
ジュンは悪い奴だ。どうあがいてもそれは揺るがないだろう。
でも……。
それでも私にとっては信頼できる悪人だ。ようやく私はジュンに心を許す事ができた気がした。
いつもなら《カフェ・ミネルバ》はまったりとした時間を楽しむところだったが、今日の私は緊張を強いられていた。今日の待ち合わせの相手は里奈ではない。バンドメンバーのジュンだ。大志は来てくれない……。私はこの場から逃げ出して海にでも行きたくなっていた。
ジュンから連絡が来たのは、一昨日の晩の事だった。彼は私と二人で話がしたいと電話してきたのだ。よりによってこのタイミングでサシで会うなんてどういうつもりなんだろう? でもジュンの誘いを断る事はできなかった。だって私のせいでジュンは彼女と別れてしまったのだから。
ジュンの彼女はたしかに最低の女だったけど、それでもジュンにとっては大切な彼女だったんだろうと思う。それを思うとさすがの私も良心の呵責を覚えた。
私がどうやってジュンに謝ろうか考えていると、奇麗な顔をしたロングヘアーの男が《カフェ・ミネルバ》のドアから入ってきた。彼はゆっくりと私が座っている窓際の席にやってくると笑顔で挨拶をしてきた。
「おはよう! 今日は時間作ってくれてありがとうね。京極さんバイト忙しいのにごめんねー」
ジュンはそう言って私の前の席に静かに腰を下ろした。
「おはよう……。私は大丈夫だよ。今日は元々バイト遅番だし、お盆過ぎたからそこまで忙しくなくなったからね」
「ならよかったよ! 京極さんいつも忙しそうだから悪い気がしてねー」
ジュンは本当に普通だった。むしろいつものバンドの練習やミーティングで会うときよりずっと穏やかで機嫌がよく見える。私はその普通過ぎるジュンに何か気味の悪さを感じた。自分の彼女を締め上げて、泣かせた女に対してこんな和やかに接してくるなんてどうかしている。
「ジュン君さぁ、この前はごめんね。自分でもあそこまでするなんて思ってなかったんだ。言い訳だけどさ、私ってブチキレると自分がコントロールできなくなっちゃうんだよね……」
私は本当に申し訳なく思いながらジュンに謝った。
「ああ、あの時の事ね! いいよ別に気にしてないから。それに美佳とも別れたからもう関係ないよ」
ジュンはあまりにもあっさりそう言った。それからジュンは店員を呼んでグアテマラのアイスコーヒーを注文した。
「そう……。ジュン君てあっさりしてんだね。もっと私を恨んでるかと思ったよ」
「ハハハ、恨んだりしないよ。むしろ美佳と別れられてよかったと思ってるくらいだしさ。こんなこと言うと最低の男だって思うだろうけどさ」
イエス! 最低な男だ。
私はジュンの振る舞いに違和感を覚えていた。彼はもっと寡黙で必要以上に話さない男だと思っていた。でも実際こうして向かい合って話をしているとよく喋る男だ。うるさいってわけじゃないけど、話題が豊富で相手を飽きさせないような話し方をしてくる。
「ジュン君ってこんなによく話す人だったっけ? 私が知ってるジュン君はもっとクールなイメージだったんだけど?」
「へー、俺って京極さんにクールな男だって思われてたんだ。それは知らなかったよ」
「だって、いっつも練習で会う時もほとんど会話らしい会話した事ないじゃん!? 私と大志が話してるとジュン君ふらーっとどっか行っちゃうしさ」
「それは美佳がいたからだよ。ほら、あの子にはずいぶんとヤキモチ焼かれたからね。必要以上に女と絡むとあの子機嫌悪くなるし、俺だって多少は彼女に気を使ってたんだよ?」
ジュンがそんな話をしていると店員がアイスコーヒーを運んできた。グラスの氷に照明が当たってキラキラと輝いている。彼は運ばれてきたアイスコーヒーをブラックのまま一口すすった。
「ふーん、なんかジュン君の口ぶり聞いてると、佐倉さんのことあんまり好きじゃなかったみたいだよね?」
「うーん。嫌いじゃなかったよ? 美佳は美佳でいいところもあったし、好き嫌いが激しくて嫌いなものに当たり散らすところさえなければ割と普通の女の子なんじゃないかな? それにどんな女の子だって多少は欠点あるでしょ?」
「そう思うなら別れて悲しいんじゃないの? あんなことした私が言うのもなんだけど、そんなアッサリされたら佐倉さん可哀想じゃん?」
これは本心だ。あの女だとしてもそこは同情する。
「言ったでしょ? 嫌いじゃないだけなんだよ。俺は美佳のことは特に好きだったわけじゃない。たしかにあの奇麗な顔とスタイルの良さは魅力的だったけどね。まぁ仕方ないよ。遅かれ早かれあの娘とは別れてた気がするし」
「仕方ないって……。それじゃジュン君、奇麗な女なら誰でもよかったの? ただ彼女の見た目が良かったから付き合ったっていうの?」
私がそう言うとジュンは頭を軽く掻いた。
「当たらずとも遠からずかな。俺は美佳の容姿をとても気に入っていた。でもそれだけじゃない。彼女が人並みはずれて変わっていたのがよかった。普通の女の子じゃ意味がなかったからね」
私はジュンの言っている意味が理解できなかった。美形性格ブスが好みってことなのだろうか?
「じゃあ性格が超絶変わってるから付き合ったの!? それがジュン君の好みだったってこと?」
私はジュンに詰め寄るように聞いた。彼は表情を変えずに続ける。
「京極さん、あんまりこんな話は普段しないんだけどさ。これから一緒にバンドやっていくわけだし正直に話すよ。きっと京極さんはすごく俺に嫌悪感を持つと思うけどね……」
それからジュンは自身の生い立ちについて話し始めた。
「俺の母親はちょっと変わった職業してるんだ。『多賀木マリ』って名前聞いた事あるかな?」
「『多賀木マリ』ってあの女優の?」
「そう、その『多賀木マリ』だよ。彼女が俺の母親なんだ。本名は高木真理子って言うんだけどね。小さい頃から忙しい人でね。遊んでもらった記憶なんてほとんどないんだよ」
たしかに言われてみれば、ジュンの顔は母親に似ている気がする。彼女は名の知れたベテラン女優だった。よくゴールデンタイムのドラマなんかにも出ているので知名度は高い気がする。彼女のイメージはキツそうな雰囲気のある美人女優だった。
「それは知らなかったね」
私はつまらない感想を言って彼に話の続きを促した。
「俺の両親は二人とも東京に住んでるんだ。俺は父親の実家に住ませてもらって、小さい頃から茨城で暮らしてきた。親父もおふくろもたまにしか帰ってこないから、俺の面倒を見てくれたのは父方の祖父母だったんだけどさ」
ジュンはそれから色々と話してくれた。幼少期どう過ごして、大志とどんな風に出会って、今までどんな女の子と付き合ってきたかを丁寧に説明してくれた。彼の話だと母親に似ているせいか、相当色んな女性に言い寄られたらしい。自慢かよ。
「それで? なんで佐倉さんと付き合ったの? その理由を教えて!」
「さっき言った通り、俺はそれなりに女の子に人気があるんだ。でもね、実際付き合うと面倒な事が多くてね。ほら、女の子って気分屋で独占欲強くて面倒くさいじゃん?」
「それを女の私に言うなよ……」
私は呆れるように言った。
「その点で美佳は逸脱してたんだよ。中途半端に付き合って、別れてを繰り返すくらいならあれくらいぶっ飛んでる方が、他の女が寄ってこないから楽だったんだ。だって美佳と付き合ってるって知るとだいたいの女の子が引くのがわかったからね」
やはり私はジュンが何を言っているのかよく理解できなかった。
「つ・ま・り! 佐倉さんは女よけだったって言いたいわけ!?」
「簡単に言えばね」
ジュンは悪びれる様子もなくそう言ってアイスコーヒーを飲んだ。
最低の男だ。私はジュンに対してそれ以外に思うことはなかった。悪い奴ではないと思っていたけど、どうやら悪い奴らしい。
「ねえ京極さん? 最初に断ったけどやっぱり嫌悪感は持ったよね? というよりも京極さんはもともと俺に対して敵対心……って言えば良いのかな? そんな感情を持っている気がしてたんだ。だから今日は正直な俺の話を聞いてほしかった。元々嫌われてるなら何言ったって嫌われる心配はないしね」
ジュンはそう言うと真顔になった。いつもの優しそうな笑顔は消え失せ、ピカロのように見える。
私はジュンの話を聞いて少し考えた。この男は私になんて言ってもらいたいのだろう? 取り繕えば良いのだろうか? それとも……。
「ああ、嫌悪感って言葉じゃたりないくらい引いたよ。まったく、最低の男だね。私もねぇ、何人か酷いヤローと付き合ってきたけど、ジュン君ほどのゲスには会った事がない」
私は取り繕う必要がないとばかりに正直な気持ちをジュンに話した。
「だろうね……。京極さんならそう言うだろうと思ったんだ。ありがとう、正直に答えてくれて」
「ジュン君……。なんで私にそんな話したの? これから一緒にバンドやっていきたいと思うなら、まともぶれば良いじゃん!? よりによってそんなゲスで最低な男だって公表する事ないと思うんだけど?」
私はもうジュンに対してどう接していいのかよくわからなくなっていた。
「俺はね京極さん、京極さん以外の女のことはどうでもいいと思ってるんだ。別に君のことが女性として好きだって言ってるわけじゃないよ? 君以外の女はみんな同じだよ。あの美佳でさえまともで普通な女だと思う。でも京極さんだけは違う。俺と同じ種類の人間だって思う」
「何言ってるの? 同じ種類の人間ってどういう意味?」
私はジュンと話していて頭が痛くなってきていた。彼の話はあまりにも逸脱していて着いて行けない。
「前に京極さん言ってたよね? 『私はまともな人間じゃない』ってさ。実は俺も昔から自分のことそう思ってるんだ。どこか世間とは感覚がずれてるんだよ。俺ももう大人だから一応は他人に合わせるフリはするけどさ。でも本当は俺って狂ってる気がするんだよ」
そう言うとジュンはとても悲しそうな顔をした。今まで一緒にバンドやってきたけどこんな表情のジュンを見たのは初めてだ。不思議な話だけど、今まで見た彼の中で最も人間的だった。
「そっか……。ジュン君さぁ、こんな風に言うと意外に思うだろうけど、私もその感覚はわかる気がするよ。なんつーのかな? うまく説明できないけど感覚的にはわかる」
私がそう言うとジュンはゆっくりと頷いた。そんなジュンを見て私は彼の本当の姿を見たような気がした。彼は一見自信があって、ひょうひょうとしているようだけど、本当はとても恐がりなのだろうと思う。恐がりで強がりのピカロ。
私たちはしばらく無言で向かい合っていた。黙って俯いている彼はひどく小さく、それでいて美しく見えた。彼が言った『同じ種類の人間』って言葉の意味を何となく理解できる気がした。私も本当は臆病で強がりのメンヘラビッチだから。
「ごめんね京極さん。でも俺は京極さんと大志以外には自分の本心を見せたくないんだ。ウチの祖父母や親にだってまず見せないしね。大志と京極さんになら裏切られる事も込みで信頼できるからさ」
ジュンはそう言うと普段の表情に戻った。
それから私たちは本当に自然に話をした。今までジュンに持っていたコンプレックスのようなものはもうそこにはなかった。どうやら私もジュンの事が大切らしい。ジュンの言葉を借りれば、裏切られる事も込みで。
「そうだ京極さん! この前のアフロディーテのチケットだけど、美佳来なくなったから一枚余ったんだよねー。大志も気遣いの人だから美佳の分まで用意してくれたんだけどさ。俺から話してみるから茜ちゃん連れてってあげたらどうかな?」
「え!? いいの? それ聞いたらきっとあの子喜ぶよ!」
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