月の女神と夜の女王

海獺屋ぼの

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晦月

裏月 賢者の海~月の女神と夜の女王~

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「里奈ー! 写真とって写真!」
 私は横断歩道の上で里奈にせがんだ。
「おいウラ! 写真なんて後からでも……」
「駄目だよ大志! この横断歩道で四人並んでアビーロードすんの!」
「ウラ姉さんアビーロードって何?」
「アビーロードっていうのは、ビートルズって外国のバンドのアルバムだよ。 そのアルバムのジェケットはメンバー四人が横断歩道を歩いているところなんだよね! ね、京極さん?」
 ジュンは丁寧に茜ちゃんに説明した。
 私たちは結局、里奈にアビーロード写真を撮ってもらった。先頭から大志、ジュン、私、茜ちゃんの順番だ。大志は相変わらず仏頂面をしている。
「見てみてー! こうやって並ぶとウラちゃんちっちゃいね!」
 里奈は写真を撮ったスマホの画面を見せてくれた。
「違うって! 大志とジュンがデカすぎんだよ。私は女子ん中なら普通だし」
「いいなーウラ姉さん……。あたしなんかほんとチビで……」
「だいじょーぶだって! これから茜ちゃんも成長期だよ!」
 その日、私たちは水戸市のライブハウスで単独ライブを決行することになっていた。単独とかやったことないから少し緊張する。神奈川でのライブの成功を喜んでくれた馴染みのライブハウスの店長の計らいで単独ライブをやれることになったのだ。告知とか打ち合わせとかバタバタしたけど、そこらへんは大志がいつものようにまとめてくれた。
 今回は特別に茜ちゃんも来てくれた。どうやら私は彼女の両親に気に入られたらしい。ヤーさんに気に入られるとかどうかと思うけど悪い気はしない。菊丸さんはお留守番しているみたいだ(まだ謹慎中らしい……)。茜ちゃんを送ってきてくれた菖蒲さんにもライブを聴いてほしかったけど、彼女は忙しいと帰ってしまった。
 私たちは午前中からライブハウスに入ってリハーサルを行った。今回、里奈にはカメラマンをお願いするから最初から入ってもらう。
「じゃーん! これが今回の私の衣装でございます!」
「わー! すごいねー。まるで女王様みたい!」
 里奈は私の衣装を見て良いリアクションをしてくれた。
 私は今回のライブのために普段は使わないような真っ黒なドレスを衣装として用意した。
「綺麗……。ウラ姉さんこれ着たら絶対カッコいいよ!」
「フフフ、二人ともありがとう。まったく、ウチのドラム君とは大違いだよねー」
 私は大志に聞こえるような声でイヤミっぽく言った。
「別に否定したわけじゃねーよ。ただ、お前がそんな風な格好すんのが想像できねーって言っただけだ!」
「やっぱね! そんな風にしか言えないんだよねー。大志はさ!」
 大志にそう言われて私は少しむくれた。
「違うよ京極さん! 大志は照れ隠ししてるだけだから。だって大志、京極さんの衣装見てみたいって言って……」
「馬鹿! 純テメー余計なこというな!」
 やれやれだ。大志は素直じゃない。ゲス野郎のジュンの方がまだ素直な気がする。
 それから私たちは曲目を一通り練習した。ライブハウスのスタッフと話し合って照明の具合も調整する。
 今日のライブのチケットは嬉しいことに完売だった。まぁ実際は一〇枚ほど身内に渡したからその分の水増しはあるんだけど、それでも一〇〇枚すべて完売したのは嬉しい。
 私たちは一通り練習すると楽屋に行って休憩した。楽屋での会話も里奈がビデオで撮ってくれている。
「そういえばウラ。今日は妹も来るんだって?」
 大志はマルボロをくわえながら私に聞いてきた。
「そだよー。来たら二人にも紹介するね! 里奈も会ったことなかったよね?」
「うん。会ったことないねー! ウラちゃんから話はいっぱい聞いたけど、直接会うのは初めてだよ」
 考えてみたらこのメンツでルナに会ったことがあるのは茜ちゃんだけだ。私の私生活と妹の私生活は綺麗に分断されていた気がする。接点があったとすれば茉奈美くらいかな?
「でもよー。お前の妹ってどんなだよ? 俺想像できねーなー。やっぱりこんなか?」
「たぶん想像とは違うんじゃないかなー? ねえ茜ちゃんどう思う?」
 私は茜ちゃんに聞いてみる。第三者の意見が聞きたい。
「うんとねー。ルナちゃんはウラ姉さんと顔はそっくりだよ! 髪型は違うけどね! 話し方とか性格とかは違う気がする。ルナちゃんは真面目な感じがするよ!」
「そうそう……。って茜ちゃん! 私は真面目じゃないの!?」
 私はわかりきったことをわざわざ突っ込む。どう考えても私は真面目じゃない。
「どんな娘が来るか楽しみだね」
 ジュンはそう言って笑った。
「やっぱり俺想像できねーわ」
 大志は腑に落ちないようだったけど、時間がくれば嫌でも会うんだからいいだろう。
 開場一〇分前。ライブハウスの前には人が集まり始めていた。女性客が多いのを見るとやはりジュン目当てか……。私はライブハウスの二階の待合室の窓から入り口を覗いてみた。女性客に混じって茉奈美と麗奈の姿を見つける。手を振ってやろうかとも思ったけど、雰囲気がぶち壊しになるので止めた。妹の姿は確認できない。
 私はリハーサル用のラフな格好から黒いドレスに着替えた。我ながらいいセンスをしている気がする。大志も私のドレス姿を見て「似合ってるよ」と素直に言ってくれた。最初からそう言えば良いのに。
「今日は俺たち《The birth of Venus》にとって初の単独ライブになるわけだ! 純! ウラ! 気合い入れて行くぞ!」
 大志はライブ前になると私とジュンに力強くそう言った。
「そうだね! 大志はいつもマネージメント関係まかせっきりで申し訳ないけど、お陰でここまでこれたよ。今更だけどありがとう大志」
 ジュンも珍しく改まって大志に言った。
「二人とも! 一緒にここまで来れて私もすごく嬉しいよ。前回の神奈川ライブよりはっちゃけて大成功しよう!」
 私たちは円陣を組んで気合いを入れた。ヤンキーな私もこんな体育会系のノリが嫌いじゃない。
 茜ちゃんと里奈には一旦外に出てもらった。観客として入場してもらう。
 私たち三人は暗闇の中にいた。観客席から聞こえる雑踏が私の気持ちをざわつかせる。ライブ前のこの空気感が好きだ。この観客たちが皆一様に同じ目的でこの場所に集まっていると思うと不思議な気持ちになった。彼らの気持ちに応えたいと思った。彼らに最高の時間を送りたいと思った。そして最愛の妹にも……。
「いくぞ」
 大志の声を合図に私たちはステージに上がった。
 暗闇の中、私はステージ上に立てかけてあるSGを手探りで捕まえる。スタートだ!
 大志のスティックを打ち鳴らす音がこだまして、ステージは赤い照明に照らされた。大志のドラムロールが鳴ると私はSGを鳴かせた。
 私たちの楽曲が始まると客席から歓声が上がった。
 やっぱりこのライブハウスでの演奏は一番気持ちがいい。慣れてるってのもあるけど、観客との一体感がたまらなかった。前回のライブからジュンのヴォーカルは少なくなり私が大部分を歌う。歌いながらコードを打ち鳴らすと私の鼓動はすごいスピードで加速していく。ギターソロのパートでは客席に身を乗り出すように演奏した。ジュンもライブだとかなり激しく走り回る。
 二曲ぶっ通しでの演奏。曲が終わる。寂しい、けど楽しい。そして息が上がっていて苦しくもある。
 来てくれたみんなに挨拶したい!
 強い衝動が生まれ、私はSGのヴォリュームを下げた。額の汗を拭って観客席に視線を向ける。
 見渡した先、みんなは音にノってくれていたようだ。表情がいい。音を楽しんでいる、そんな顔だ。この興奮を引き出せたのが自分たちだという事実が嬉しくてたまらない。感極まりつつ最前列に視線を移すと、私の中の時間が一瞬停止した。
 私の目の前にルナがいた。気がつかなかった。こんなに近くに妹がいたのに歌うのに一生懸命でまったく気づけなかった。ルナは私をしっかりとした力強い目で見つめていた。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとうー! 《The birth of Venus》です!」
 私がそう言うと客席から一段と歓声が上がる。
『ジュンくーん!!』
『大ちゃーん!!』
 観客の中にはメンバーの名前を叫ぶ人もいた。私の名前は……。
『ウラー! 来たよー!』
 私を呼ぶ声も聞こえた。聞き覚えがある。たぶん麗奈だ。
「ほんと、ジュン君と大志君は人気者だよねー。私の名前呼んでくれんの中学の同級生ぐらいだわ」
 私がそう言うとまた麗奈の声が聞こえた。麗奈も変わらないな。
「今日は私たちにとって記念すべき初の単独ライブです! ここまでやってこれたのはここに集まってくれたみんなのお陰です! 改めてありがとー!!」
 目の前にいる妹はこういう場に来るのが初めてなのか、今ひとつノリきれずにいるようだった。それから私はメンバー紹介をして次の曲に移る。
 大志セレクションの曲はどれも私の声を活かせるような楽曲ばかりだった。今回もジュンは全面的に私のサポートに回ってくれている。やっぱりジュンのベースの腕は相当なもので、卒なく私の声を引き立ててくれた。
 私たちは一体になりながら演奏をしていく。一曲一曲が楽しくて楽しくてたまらない。観客たちも私たちに負けないくらい盛り上がってくれた。
 楽しい時間はあっという間に過ぎる。気がつくと私たちのライブも残り一曲となってしまった。最後は大志の用意したバラード……。私たちのバンドとしては珍しい落ち着いた曲だ。
「えっと、楽しい時間はあっという間に過ぎるというわけで……。残すところあと一曲となってしまいました」
 私がそう言うと観客席から「えー!?」という声が上がった。お約束でも嬉しい。
「本当に今日は来てくれてありがとう! ではここでスペシャルゲストを紹介したいと思います!」
 私がそう言うと大志とジュンが顔を見合わせた。打ち合わせにはなかったから仕方ない。
「実はねー。今日は私にとって大事な人がライブに来てくれてるんです。さっきから私の目の前にいるんだけどね」

 私はそう言って目の前にいる妹に手を伸ばした。ルナは私の顔を見てキョトンとしている。
「さあ、おいで!」
 私はルナに手を差し出すように促す。ルナも戸惑いながらも私の手を掴んでくれた。
 ルナをステージに引き上げる。ルナはステージに上がったもののどうして良いのかわからずあたふたしていた。
「紹介します! この子は私の双子の妹のルナって言います! 今日は初めて私たちのライブに来てくれたんだ!」
「ちょっとお姉! どうしてこんな……。えっ?」
「いいからあんたはもっとしゃんとしなさい! 実は内輪な話なんだけど、この子と私はずっと喧嘩しててつい最近やっと仲直りできたんだよねー。いやほんと私事で申し訳ないけど……」
 観客席はどよめいていたけど、中には「よかったねー!」とか「おめでとー!」とか言ってくれる人もいた。意外とそこらへんはアバウトなファンもいるらしい。
「どうしてもねー。誰かに聞いてほしかったんだよねー。ウチらのバンド好きな人たちなら悪い人いない気がするし」
 私はそう言ってルナに手を差し出した。
「お姉ちゃんが悪かったよ。改めてごめんね。これからはルナのことちゃんと真剣に考えるからね!」
 それを聞いたルナは下を向いている。さすがに恥ずかしいかな。
「こっちこそ……。ごめんね……。お姉の気持ちとか……。ぜんぜん考えてなかった」
「あーあ、泣くなよ! せっかく盛り上がってるライブなのにさ! 私はぜんっぜん気にしてないからいいよ!」
 これで仲直りだ。
 私はノリでルナをステージに上げたもののこれからどうしようか考えた。今更降りてもらうのも……。
「ルナさぁ、よかったら一緒に歌ってく?」
 私は何となくそう言った。
「へ? 歌うって? 私が?」
 ルナは一層キョトンとしていた。そりゃそうだろう。
「ほら! 何回も聞かせたじゃん! 例のバラードだよ! 歌詞くらい覚えてるでしょ? あんた頭いいしさ」
「いやいやいや!! 歌えないって! 確かにお姉のバンドの曲は何曲か聞いたけど歌ったことなんてないよ?」
 ルナは首をすごい勢いで横に振った。
「大丈夫だって! 私も一緒に歌うからさ! とりあえずマイク握って私に合わせてくれさえすればOKだよ! ねーみんなー?」
 私は客席に同意を求める。彼らは歓声で応えてくれた。やっぱりアバウトだな。中には「ルナちゃーん」とか言ってる奴までいる。
「ほら!」
「ほらじゃないよ! 私、歌なんて」
 ルナがそう言いかけるとジュンが自分の前のマイクスタンドをルナの前に差し出した。
「せっかくだから歌うといいよ。きっと京極さんの妹なら声もいいはずだからね! 失敗しても責めたりしないからさ」
 ジュンはそう言ってルナに微笑みかける。私の大事な妹を落とすんじゃねーぞジュン?
 もうそれは圧力的だった。誰も彼もルナの歌声を聴きたいと思っていた。いや、一番聴きたいのはきっと私だろうけど。
「もう! どうなっても知らないよ!」
 ルナは結局歌うことになった。
「えー、皆様長らくお待たせいたしました。では《The birth of Venus》初の女性ツインヴォーカルになります!」
 私はSGを持ってルナの横に移動した。ルナはもう諦めたのかすっかり歌うつもりでいる。
「じゃあ名残惜しいけど最後の一曲です! 今日は本当にありがとーございました!! では聞いてください! 《moon gate》」
 ジュンのベースで始まった曲はゆったりとしたペースでイントロを奏でていく。大志のドラムもスローペースだ。ルナはもう腹をくくってしまったのかすっかり落ち着いていた。
 私たちは一緒に《moon gate》を歌った。双子で声帯も同じはずなのにルナの歌声は私よりハスキーな気がする。私は自分でも歌いながらルナの歌声に耳を澄ませていた。いい声だ。今までずっと聞いてきたはずの声なのにこんなに良い声だなんて意識したことなかった。
 最初のサビまで歌って私はすっかりルナの声にやられてしまった。歌唱力だけなら私の方が上のはずなのにルナの声には敵わない気がした。それから私は歌うのを止めてギターに専念した。ルナは集中しているのか私が歌うのを止めたのに気づかない。
 今までこんなことなかった。ジュンがヴォーカルしてる時だってこんなにうっとりしたことはなかった。ルナの歌声はどこまでも透き通っていて、まるで底まで見渡せる澄んだ湖のようだった。
 ルナはただひたすら透明感のある歌声で歌い続けた。その姿は私のようなノリでやっているヴォーカルとは違う。まさに女神のようだった。月の名前を冠した女神……。
 《moon gate》の演奏が終わると歓声は上がらず、代わりに割れんばかりの拍手が起こった。ルナは歌い終わってすっかり放心している。相当集中したんだろうと思う。汗を流しながらマイクの前に立つルナはとても美しかった。同じ顔をしているはずの私が見とれるほどに……。
 私はルナに駆け寄り彼女を優しく抱きしめた。
「お姉……。私うまく歌えたかな?」
「ああ、最高だったよ! よく歌ったね。ありがとう」
 私がそう言うとルナは嬉しそうに笑った。その笑顔はかつて私が見ていた幼い日の妹の顔そのものだ。
 こうして私たちは本当の意味で仲直りすることができた。そのために支払った代償は計り知れなかったかもしれない。
 でも人間は対価を支払わなければ何も得られない。その対価が望まないものだとしてもだ。
 観客たちから拍手に祝福されるように私たちは再び同じ場所に戻ることができた。あの『つきのめがみとよるのじょおう』のように……。

End
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