21 / 67
第二話 ワタリガラス
12
しおりを挟む
「こんばんは」
玄関の開けると二十歳くらいの男性が立っていた。
「こんばんは」
私は彼の言葉をそのまま繰り返した。
「あの……。これ」
「あ! それ私の……」
彼の手には私の学生証の入ったパスケースが握られていた。
「うん……。君、学祭来てくれた子だよね? 音楽室で見つけたからさ」
どうやら私は定期と学生証を大学に置き忘れてきたようだ。言われるまで気がつかなかった。
「ありがとうございます……。ぜんぜん気がつかなかった……」
私は彼に素直な感想を伝えた。そして少しの沈黙が流れる。
「……いやいや。ま、家にいてくれて良かったよ……。じゃあ……」
彼はそう言うと踵を返した。
「あの! ちょっ……。待ってください」
お礼を……。と思ったものの特に出来ることもない。でもさすがに手ぶらで帰すわけにもいかないだろう。
「ん? どうしたの?」
彼は不思議そうな顔で首を傾げた。
「あの……。わざわざ届けて貰ったのでお礼だけさせてください……。せめてお茶だけでも」
やれやれ。これじゃまるでナンパだ。
「うーん……。じゃあせっかくだから一杯だけ」
彼は腕時計に目をやると苦笑いを浮かべた。おそらく終電の時間が気になるのだろう。
彼をリビングに案内するとお茶の準備をした。本当に簡単な準備だ。インスタントコーヒーと戸棚から出したビスケット。それだけ。
「どうぞ……」
「ありがとう」
お互いに他人行儀だ。いや、そもそも他人なので当然だけれど……。
それから私たちは自己紹介した。私は国勢調査のように事務的に自身の属性を伝える。名前、年齢、高校。そんな感じ。
「西浦有栖です。まぁ……。学生証見れば分かるとは思うけど……」
「ハハハ、そうだね。僕は忍野展。この前見てもらった軽音サークルに入ってるんだ」
「そうなんですね……。あの、忍野さんは何の楽器をされるんですか?」
「僕はギターだよ。この前は控えだったから演奏してなかったけどね」
忍野さんはそう言うと照れ笑いを浮かべた。笑った顔はまるで高校生のように幼く見える。
話してみて分かったけれど、私は忍野さんのようなタイプの男は苦手だ。私の身の回りにはそれなりに男がいるけれど彼のようなタイプは一人もいない気がする。
言葉にするとふわふわしているけれど、私の周りの男たちは皆『馬鹿』なのだ。これは別に軽笑して言っているわけでない。良い意味での『馬鹿』だ。社会性のために自身の役割を演じる。そんなタイプの男たちだ。彼らはそれを演じるために様々な『馬鹿』なことをしている気がする。
彼らのようなタイプの男は非常に付き合いやすい……。と私は思う。彼らは非常に利己的だし、ある種の思いやりがあると感じる。まぁ、思いやりよりも利己の方がいつも勝るわけだけれど。
言い換えれば『馬鹿』な男とは行動パターンが読める男のことなのだと思う。その全てがある種のルールに支配されている男。そんな感じだ。
でも……。忍野さんにはそのルールとか習性だとか利己性だとかが当てはまらない気がした。そこには言葉では言い表せない気持ち悪さがあった。まるで蛇……。そんな風に感じる。
「すっかり遅くなっちゃったね……。ご馳走様でした」
「こちらこそありがとう」
私は改めてお礼を伝えると一緒に立ち上がった。
玄関から外に出る。出た瞬間、奥の烏小屋から羽ばたく音が聞こえた。
「鳥飼ってるの?」
「ええ。おっきなカラスだけど」
「カラス? 変わったの飼ってるね」
そう言うと彼は烏小屋に歩み寄っていった。
「本当に大きいね」
「うん。普通のカラスじゃないみたいなんだよね。たしか……。ワタリガラスって種類だったかな……」
鳥小屋の中でレイはバタバタ羽ばたいている。羽根が飛び散り、小屋の隙間から飛び出してきた。
「元気がいいね」
「そうだね。ま、もうおじいちゃんだからいつも寝てるみたいだけど……」
「そっか……」
忍野さんはレイの目を興味深げに眺める。レイも同じように眺めていた――。
レイが小屋の片隅で冷たくなっていたのは忍野さんが来た日の翌日のことだ。
大きなカラスの骸はただただ横たわっているだけだった――。
玄関の開けると二十歳くらいの男性が立っていた。
「こんばんは」
私は彼の言葉をそのまま繰り返した。
「あの……。これ」
「あ! それ私の……」
彼の手には私の学生証の入ったパスケースが握られていた。
「うん……。君、学祭来てくれた子だよね? 音楽室で見つけたからさ」
どうやら私は定期と学生証を大学に置き忘れてきたようだ。言われるまで気がつかなかった。
「ありがとうございます……。ぜんぜん気がつかなかった……」
私は彼に素直な感想を伝えた。そして少しの沈黙が流れる。
「……いやいや。ま、家にいてくれて良かったよ……。じゃあ……」
彼はそう言うと踵を返した。
「あの! ちょっ……。待ってください」
お礼を……。と思ったものの特に出来ることもない。でもさすがに手ぶらで帰すわけにもいかないだろう。
「ん? どうしたの?」
彼は不思議そうな顔で首を傾げた。
「あの……。わざわざ届けて貰ったのでお礼だけさせてください……。せめてお茶だけでも」
やれやれ。これじゃまるでナンパだ。
「うーん……。じゃあせっかくだから一杯だけ」
彼は腕時計に目をやると苦笑いを浮かべた。おそらく終電の時間が気になるのだろう。
彼をリビングに案内するとお茶の準備をした。本当に簡単な準備だ。インスタントコーヒーと戸棚から出したビスケット。それだけ。
「どうぞ……」
「ありがとう」
お互いに他人行儀だ。いや、そもそも他人なので当然だけれど……。
それから私たちは自己紹介した。私は国勢調査のように事務的に自身の属性を伝える。名前、年齢、高校。そんな感じ。
「西浦有栖です。まぁ……。学生証見れば分かるとは思うけど……」
「ハハハ、そうだね。僕は忍野展。この前見てもらった軽音サークルに入ってるんだ」
「そうなんですね……。あの、忍野さんは何の楽器をされるんですか?」
「僕はギターだよ。この前は控えだったから演奏してなかったけどね」
忍野さんはそう言うと照れ笑いを浮かべた。笑った顔はまるで高校生のように幼く見える。
話してみて分かったけれど、私は忍野さんのようなタイプの男は苦手だ。私の身の回りにはそれなりに男がいるけれど彼のようなタイプは一人もいない気がする。
言葉にするとふわふわしているけれど、私の周りの男たちは皆『馬鹿』なのだ。これは別に軽笑して言っているわけでない。良い意味での『馬鹿』だ。社会性のために自身の役割を演じる。そんなタイプの男たちだ。彼らはそれを演じるために様々な『馬鹿』なことをしている気がする。
彼らのようなタイプの男は非常に付き合いやすい……。と私は思う。彼らは非常に利己的だし、ある種の思いやりがあると感じる。まぁ、思いやりよりも利己の方がいつも勝るわけだけれど。
言い換えれば『馬鹿』な男とは行動パターンが読める男のことなのだと思う。その全てがある種のルールに支配されている男。そんな感じだ。
でも……。忍野さんにはそのルールとか習性だとか利己性だとかが当てはまらない気がした。そこには言葉では言い表せない気持ち悪さがあった。まるで蛇……。そんな風に感じる。
「すっかり遅くなっちゃったね……。ご馳走様でした」
「こちらこそありがとう」
私は改めてお礼を伝えると一緒に立ち上がった。
玄関から外に出る。出た瞬間、奥の烏小屋から羽ばたく音が聞こえた。
「鳥飼ってるの?」
「ええ。おっきなカラスだけど」
「カラス? 変わったの飼ってるね」
そう言うと彼は烏小屋に歩み寄っていった。
「本当に大きいね」
「うん。普通のカラスじゃないみたいなんだよね。たしか……。ワタリガラスって種類だったかな……」
鳥小屋の中でレイはバタバタ羽ばたいている。羽根が飛び散り、小屋の隙間から飛び出してきた。
「元気がいいね」
「そうだね。ま、もうおじいちゃんだからいつも寝てるみたいだけど……」
「そっか……」
忍野さんはレイの目を興味深げに眺める。レイも同じように眺めていた――。
レイが小屋の片隅で冷たくなっていたのは忍野さんが来た日の翌日のことだ。
大きなカラスの骸はただただ横たわっているだけだった――。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ゲームのシナリオライターは悪役令嬢になりましたので、シナリオを書き換えようと思います
暖夢 由
恋愛
『婚約式、本編では語られないけどここから第1王子と公爵令嬢の話しが始まるのよね』
頭の中にそんな声が響いた。
そして、色とりどりの絵が頭の中を駆け巡っていった。
次に気が付いたのはベットの上だった。
私は日本でゲームのシナリオライターをしていた。
気付いたここは自分で書いたゲームの中で私は悪役令嬢!??
それならシナリオを書き換えさせていただきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる