深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第四話 深夜水溶液

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 八月末。私はバンドメンバーの健次と上京のための荷造りをしていた。
「ずいぶんと荷物あるな……」
 段ボールを積み上げながら健次がぼやいた。確かに一ヶ月だけの上京にしては多いかも知れない。
「仕方ないやろ? 女は色々と物入りなんやから」
「そういうもんかな? まぁええわ」
 健次は納得したような、しないような微妙な返答をした。この人は昔からこうだ。よく言えば理解がある。悪く言えば適当だ。
 お盆が明けてから季節は少しずつ秋に傾いていった。あれほど地上を焼いていた太陽もようやく一息をついたようでだいぶ過ごしやすくなった。
「そういえば栞から電話あったで! 直木賞内定したみたい……。あ! これオフレコな」
「え! マジか!? すごいな栞……」
 健次は予想通りのリアクションをした。驚き、そして気まずそうにする。まぁ、健次と栞の関係を考えれば当然だけれど。
「ほんまにな。すっかりあの子も作家先生やで」
 川村先生……。もしかしたら栞はみんなにそう呼ばれているのかもしれない。
「それで? お前お祝いしに行くんか?」
「行くで! ウチ来月から東京やし都合ええからな」
「そうか……」
 健次はそれだけ言うと気まずそうに項を掻いた。
「ケンちゃんさぁ。もうええやろ? アレは中二の頃の話やで? みんなガキンチョやったんやから」
「それは……。そうやけど。でもあれ以来一回も栞に会うてないんやで? さすがに気ぃ使うわ」
 健次はそう言うと深いため息を吐いた――。
 中学時代の彼氏彼女。それが健次と栞の関係だ。付き合った期間はせいぜい三ヶ月程度……。あの頃は私もまだガキンチョだったので彼らに心を引っ掻き回されたものだ。栞は親友だったし、健次は……。まぁアレだ。私の想い人……。だった。
 私と栞は健次のことが好きで健次が選んだのは栞。そんな関係だった。詰まるところ私は三角関係の負け犬だった。まぁ、結論だけ言うと彼らは別れたわけだ。別れた理由はちょっと込み入ってはいるけれど――。
 健次の手伝いのお陰でどうにか荷造りを夕方までに終わらせることができた。窓の外から覗く日の光もすっかり茜色に染まっている。
「今日はありがとうな。飯でも奢るわ」
「お! ええんか? したらお言葉に甘えて」
 私に対して遠慮が無い。健次はこういう男だ。栞にはあんなに気を遣うのに私に遣う気は持ち合わせていないらしい……。まぁ、なので遠慮が無いのは信頼の証拠と思うようにしている。そう思わないとやってられない。
「何がええ? 和洋中何でもええで」
「俺も何でもええで! スポンサー様に任せる」
「ふーん……。したら」
 何でも良いなら何でもいいものにしてやろう。私は思いきり悪ふざけした店を選ぶことにした――。
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