深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第五話 今、挟まれる栞

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 食事を終えると荷物を新橋駅のロッカーに突っ込んだ。手持ちはほんの少しの現金とゆりかもめの切符だけ。そんな状態でゆりかもめに乗車した
 豊洲方面に向かう。特に意味は無い。ただ二人で時間を共有したかっただけだ。
「いいねー。行き先決めずに電車乗るの学生んとき以来だよ」
 ゆりかもめの手すりに掴まりながら栞は嬉しそうに笑った。
「だね。田園都市線だったらもっと良かったのにね」
「ほんとほんと! あーあ、懐かしいなー」
 田園都市線。僕たちの思い出の路線だ。当時はよく一緒に渋谷まで足を伸ばしたものだ。
 ゆりかもめは発進してすぐに停車した。そしてまたすぐに発進する。新橋から汐留の区間は徒歩でもたいした距離ではないのだ。まぁこれは都内の電車全般に言えることだけれど。
 車内から見える東京湾の夜景にはクリスマスの残り香がまだ残っていた。緑や赤。そして青白い光が水面に反射している。
「ふふん」
 ふいに栞が上機嫌に鼻を鳴らした。
「どうしたの?」
「指輪可愛いなぁって」
「……。喜んでくれたなら良かったよ」
 僕は照れ隠しのように言って視線を栞から外した。顔が熱くなる。
「うん! すっごく嬉しいよ。このまま役所行きたいくらい!」
「ハハハ、役所行くのは式の後にしよう。前からその予定だったしね」
 僕がそう言うと栞は「だよねー」と少し残念そうに頷いた。
 夜空に少し膨らんだ半月が浮かんでいる。真っ白な月は夜空にぽっかりと空いた穴のように見えた。落ちてしまったら二度と戻れない。そんな穴に――。

 お台場海浜公園駅で大半の乗客が降りた。大半……。正確に言えば車両に残された乗客は僕らだけだ。
「座ろっか」
「うん」
 広い空間に二人きり。それは僕たちをとても不安な気持ちにさせた。たった二人で暗闇に放り込まれたような気分になる。
「ねえ水貴くん」
「なぁに?」
「これからも一緒に居てくれる?」
「もちろん」
 僕たちはそんな不自然なやりとりをした。さっきプロポーズして婚約まで済ませたというのに……。
 きっと僕たちはたまらなく不安だったのだ。二人でもこんなに不安なのだから一人になったら……。そう思うと胸が張り裂けそうになる。
 
 そんな僕たちの思いとは裏腹にゆりかもめはただ線路の上を進んで行った。
 真夜中に溶け込むように深く。深く。

 今、挟まれる栞 終
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