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第一章 夢と願いに出会った日
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私が岸田健次と出会ったのは三歳~四歳ぐらいだったと記憶している。
もし、具体的な日付が知りたければ彼の引っ越しの記録を見れば分かると思う。
彼の父親が仕事の都合で府内に引っ越してきたのだ。
初めて会った時の彼はとても人見知りだった。
彼は母親の陰に隠れてあまり私に顔を見せようとはしなかったのだ。
「もうけんちゃん! 恥ずかしがらんと顔見せたらぁ?」
健次の母親は隠れる彼を無理やり前に出そうとした。
「ええよ岸田さん、小さい頃は人見知りする子もおるやろ」
母は健次の母親に対してそう言うと「なぁ月子?」と私に同意を求めてきた。
「そぉかなぁ? ウチはあんまり気にせぇへんよ?」
「あんた! お母さんがそうゆーたら相づちぐらい打ったらどぉや!」
母は私の頭を軽くポンと叩くと岸田さんに頭を下げた。
「ええって! ほんまのことやし! 月子ちゃんも健次のこと可笑しいと思うやろ?」
母たちは互いに自分の子供を謙遜の道具にでもしているようだった。
幼いながらも母親たちの会話の端々に何やら焦臭さを感じる。
女同士ならではの不穏な空気……。
でも、それについては特に何も言わなかった。
もし言ってしまったら、母親に後でガミガミ怒られると予想ができたのだ。
健次は終始口をきかなかった。
泣いたり怒ったりもしなければ、笑ったりもしない。
彼はただ純粋そうな真っ直ぐな目で私を見つめているだけだ。
母親の陰から見える彼の瞳はとても澄んでいて、私はその瞳に捕まえられそうになった。
その時私はふと、ある運命的な予感に囚われた。
予感……。というより願望に近いかもしれない。
『ああ、ウチは将来この子のお嫁さんになるんやろな』
そんな淡く、本当に淡く、今にも水に溶けてしまいそうな儚い願い……。
強く願ったわけでもないのだけれど、私はそれに確信めいた何かを感じていた。
私と健次はそれから頻繁に遊ぶようになった。
母たちがお茶を飲みながら世間話をしている横で、私たちはいつも遊んでいた。
「つきちゃんはおままごとせんの?」
「せーへんよ! ウチは人形よりこれが好きなんや!」
私はそう言うと健次にプラスチック製のマイクを見せた。
「それ? 何なん?」
「マイクっていうんやで! 歌うときに使うんや!」
私はマイクを持って立ち上がると、幼児用の椅子の上に乗った。
椅子に立つと健次を見下ろす様な形になる。
「何するん?」
「決まっとるやろ? 今から歌うんや!」
私は健次を無視して椅子の上で大熱唱した。
曲は流行りのアイドルの曲だ。
私はまるでテレビの中に入ったような気分で歌った。
ステージの上に立ち、スポットライトに照らされ、観客たちの視線を一身に浴びる。
そんな気分だった。
最初こそ戸惑っていた健次も次第に私の歌っている姿に釘付けになった。
彼は目を輝かせ、マイクを握る私を力強い眼差しで見つめてくれた。
小さな椅子は私のファーストステージで、蛍光灯はスポットライト。
観客は健次だけだったけれどとても気持ちが良い。
一番のサビまで歌い終わると私は健次の方を向いた。
「どや? すごいやろ?」
「せやな」
予想に反して健次の反応は薄かった。
「なんや? 何か文句でもあるん?」
私が不機嫌そうに聞くと健次は「あらへん」と軽く返した。
何が気に入らないのだろう?
健次はあれほど食い入るように見ていたのに私を褒める言葉を何も言わなかった。
今思えば当時の健次はかなりシャイだったのだろうとは思う。
恥ずかしくて、素直に褒める言葉を吐いたりは出来なかったのだ。
でも、そのシャイさが私の闘争本能に火を付けてしまった。
『いつか、必ずこの子に認めさせてやる』
決意めいた感情が私の中に満ちていた……。
もし、具体的な日付が知りたければ彼の引っ越しの記録を見れば分かると思う。
彼の父親が仕事の都合で府内に引っ越してきたのだ。
初めて会った時の彼はとても人見知りだった。
彼は母親の陰に隠れてあまり私に顔を見せようとはしなかったのだ。
「もうけんちゃん! 恥ずかしがらんと顔見せたらぁ?」
健次の母親は隠れる彼を無理やり前に出そうとした。
「ええよ岸田さん、小さい頃は人見知りする子もおるやろ」
母は健次の母親に対してそう言うと「なぁ月子?」と私に同意を求めてきた。
「そぉかなぁ? ウチはあんまり気にせぇへんよ?」
「あんた! お母さんがそうゆーたら相づちぐらい打ったらどぉや!」
母は私の頭を軽くポンと叩くと岸田さんに頭を下げた。
「ええって! ほんまのことやし! 月子ちゃんも健次のこと可笑しいと思うやろ?」
母たちは互いに自分の子供を謙遜の道具にでもしているようだった。
幼いながらも母親たちの会話の端々に何やら焦臭さを感じる。
女同士ならではの不穏な空気……。
でも、それについては特に何も言わなかった。
もし言ってしまったら、母親に後でガミガミ怒られると予想ができたのだ。
健次は終始口をきかなかった。
泣いたり怒ったりもしなければ、笑ったりもしない。
彼はただ純粋そうな真っ直ぐな目で私を見つめているだけだ。
母親の陰から見える彼の瞳はとても澄んでいて、私はその瞳に捕まえられそうになった。
その時私はふと、ある運命的な予感に囚われた。
予感……。というより願望に近いかもしれない。
『ああ、ウチは将来この子のお嫁さんになるんやろな』
そんな淡く、本当に淡く、今にも水に溶けてしまいそうな儚い願い……。
強く願ったわけでもないのだけれど、私はそれに確信めいた何かを感じていた。
私と健次はそれから頻繁に遊ぶようになった。
母たちがお茶を飲みながら世間話をしている横で、私たちはいつも遊んでいた。
「つきちゃんはおままごとせんの?」
「せーへんよ! ウチは人形よりこれが好きなんや!」
私はそう言うと健次にプラスチック製のマイクを見せた。
「それ? 何なん?」
「マイクっていうんやで! 歌うときに使うんや!」
私はマイクを持って立ち上がると、幼児用の椅子の上に乗った。
椅子に立つと健次を見下ろす様な形になる。
「何するん?」
「決まっとるやろ? 今から歌うんや!」
私は健次を無視して椅子の上で大熱唱した。
曲は流行りのアイドルの曲だ。
私はまるでテレビの中に入ったような気分で歌った。
ステージの上に立ち、スポットライトに照らされ、観客たちの視線を一身に浴びる。
そんな気分だった。
最初こそ戸惑っていた健次も次第に私の歌っている姿に釘付けになった。
彼は目を輝かせ、マイクを握る私を力強い眼差しで見つめてくれた。
小さな椅子は私のファーストステージで、蛍光灯はスポットライト。
観客は健次だけだったけれどとても気持ちが良い。
一番のサビまで歌い終わると私は健次の方を向いた。
「どや? すごいやろ?」
「せやな」
予想に反して健次の反応は薄かった。
「なんや? 何か文句でもあるん?」
私が不機嫌そうに聞くと健次は「あらへん」と軽く返した。
何が気に入らないのだろう?
健次はあれほど食い入るように見ていたのに私を褒める言葉を何も言わなかった。
今思えば当時の健次はかなりシャイだったのだろうとは思う。
恥ずかしくて、素直に褒める言葉を吐いたりは出来なかったのだ。
でも、そのシャイさが私の闘争本能に火を付けてしまった。
『いつか、必ずこの子に認めさせてやる』
決意めいた感情が私の中に満ちていた……。
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