アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
3 / 63
第一章 夢と願いに出会った日

2

しおりを挟む
 私が岸田健次と出会ったのは三歳~四歳ぐらいだったと記憶している。
 もし、具体的な日付が知りたければ彼の引っ越しの記録を見れば分かると思う。
 彼の父親が仕事の都合で府内に引っ越してきたのだ。
 初めて会った時の彼はとても人見知りだった。
 彼は母親の陰に隠れてあまり私に顔を見せようとはしなかったのだ。
「もうけんちゃん! 恥ずかしがらんと顔見せたらぁ?」
 健次の母親は隠れる彼を無理やり前に出そうとした。
「ええよ岸田さん、小さい頃は人見知りする子もおるやろ」
 母は健次の母親に対してそう言うと「なぁ月子?」と私に同意を求めてきた。
「そぉかなぁ? ウチはあんまり気にせぇへんよ?」
「あんた! お母さんがそうゆーたら相づちぐらい打ったらどぉや!」
 母は私の頭を軽くポンと叩くと岸田さんに頭を下げた。
「ええって! ほんまのことやし! 月子ちゃんも健次のこと可笑しいと思うやろ?」
 母たちは互いに自分の子供を謙遜の道具にでもしているようだった。
 幼いながらも母親たちの会話の端々に何やら焦臭さを感じる。
 女同士ならではの不穏な空気……。
 でも、それについては特に何も言わなかった。
 もし言ってしまったら、母親に後でガミガミ怒られると予想ができたのだ。
 健次は終始口をきかなかった。
 泣いたり怒ったりもしなければ、笑ったりもしない。
 彼はただ純粋そうな真っ直ぐな目で私を見つめているだけだ。
 母親の陰から見える彼の瞳はとても澄んでいて、私はその瞳に捕まえられそうになった。
 その時私はふと、ある運命的な予感に囚われた。
 予感……。というより願望に近いかもしれない。
『ああ、ウチは将来この子のお嫁さんになるんやろな』
 そんな淡く、本当に淡く、今にも水に溶けてしまいそうな儚い願い……。
 強く願ったわけでもないのだけれど、私はそれに確信めいた何かを感じていた。

 私と健次はそれから頻繁に遊ぶようになった。
 母たちがお茶を飲みながら世間話をしている横で、私たちはいつも遊んでいた。
「つきちゃんはおままごとせんの?」
「せーへんよ! ウチは人形よりこれが好きなんや!」
 私はそう言うと健次にプラスチック製のマイクを見せた。
「それ? 何なん?」
「マイクっていうんやで! 歌うときに使うんや!」
 私はマイクを持って立ち上がると、幼児用の椅子の上に乗った。
 椅子に立つと健次を見下ろす様な形になる。
「何するん?」
「決まっとるやろ? 今から歌うんや!」
 私は健次を無視して椅子の上で大熱唱した。
 曲は流行りのアイドルの曲だ。
 私はまるでテレビの中に入ったような気分で歌った。
 ステージの上に立ち、スポットライトに照らされ、観客たちの視線を一身に浴びる。
 そんな気分だった。
 最初こそ戸惑っていた健次も次第に私の歌っている姿に釘付けになった。
 彼は目を輝かせ、マイクを握る私を力強い眼差しで見つめてくれた。
 小さな椅子は私のファーストステージで、蛍光灯はスポットライト。
 観客は健次だけだったけれどとても気持ちが良い。
 一番のサビまで歌い終わると私は健次の方を向いた。
「どや? すごいやろ?」
「せやな」
 予想に反して健次の反応は薄かった。
「なんや? 何か文句でもあるん?」
 私が不機嫌そうに聞くと健次は「あらへん」と軽く返した。
 何が気に入らないのだろう?
 健次はあれほど食い入るように見ていたのに私を褒める言葉を何も言わなかった。
 今思えば当時の健次はかなりシャイだったのだろうとは思う。
 恥ずかしくて、素直に褒める言葉を吐いたりは出来なかったのだ。
 でも、そのシャイさが私の闘争本能に火を付けてしまった。
『いつか、必ずこの子に認めさせてやる』
 決意めいた感情が私の中に満ちていた……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...