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第三章 神戸1992
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一九九二年。六月。
京都市内は梅雨入りしていた。どんよりとした雲が空を覆っている。
健次と栞はどうやら普通に付き合っているらしい。
例の鴨川での一軒以来、私たちの関係は不自然なくらい落ち着いてしまった。
彼らは私に対して気を使っている様子だった。
私は変に諦めがついた気がする。『言』の『帝』と書いて『諦め』。
二人がどんな関係になろうと同じことだ。
私にとって掛け替えのない人たちなのだから……。
そんな諦めとも、悟りともとれる感情を持ったときにその男と出会った。
「君も楽器やるの?」
その男は商店街の楽器店で私に声をかけてきた。
おそらく、彼の歳は私と同じぐらいだろう。
彼の髪の毛は天然パーマなのか、酷い癖っ毛で前髪が長く、目が隠れてしまっていた。
スラっとしたスマートな体形で、背丈は健次と同じくらい長身だ。
「そうやけど? 君とどっかでおうたっけ?」
「いや、初対面だね」
その男の口調は妙に垢抜けていた。
イントネーションが栞のそれに似ている。
箱根の関の向こう側の言葉だ。
私は見知らぬ男に声を掛けられて少し不信感を持った。
長い前髪のせいで表情も分からず、余計そんな風に思ったのかもしれない。
「ふーん……。君ここらの子やないやろ?」
「うん。実は叔父さんの家に遊びに来てるんだ」
彼の第一印象は表現し難いものだった。
善良な人間なようにも見えたし、悪漢に見えなくもない。
「へー、クラリネットか……。君もしかして吹奏楽部?」
「せや! 君も楽器やるんか?」
「うん。僕もやるよ。今日は弦を買いに来たんだ」
彼はそう言うと、アニーボールのベース弦をラックから取り外した。
「なんや? ベーシスト?」
「そうだよ。こっちの友達とセッションするのに弦替えるの忘れててさ」
彼の口には人懐っこい笑みが浮かんでいた。
不思議な空気持つ男だ。健次のソレとは違うけれど。
彼の纏う独特な空気には妙な安心感があった。
「カモガワツキコ!」
「え?」
私は脈絡もなしに自身の名前を口にした。
「ウチの名前や! 人に聞くときは自分から名乗るようにしとるんよ! で? 君は?」
「ああ……。名前ね。僕の名前はサトウキョウイチ……」
それが私と佐藤亨一との出会いだった。
そして彼との出会いが私の人生の方向性を決める三つ目の出会いだった――。
京都市内は梅雨入りしていた。どんよりとした雲が空を覆っている。
健次と栞はどうやら普通に付き合っているらしい。
例の鴨川での一軒以来、私たちの関係は不自然なくらい落ち着いてしまった。
彼らは私に対して気を使っている様子だった。
私は変に諦めがついた気がする。『言』の『帝』と書いて『諦め』。
二人がどんな関係になろうと同じことだ。
私にとって掛け替えのない人たちなのだから……。
そんな諦めとも、悟りともとれる感情を持ったときにその男と出会った。
「君も楽器やるの?」
その男は商店街の楽器店で私に声をかけてきた。
おそらく、彼の歳は私と同じぐらいだろう。
彼の髪の毛は天然パーマなのか、酷い癖っ毛で前髪が長く、目が隠れてしまっていた。
スラっとしたスマートな体形で、背丈は健次と同じくらい長身だ。
「そうやけど? 君とどっかでおうたっけ?」
「いや、初対面だね」
その男の口調は妙に垢抜けていた。
イントネーションが栞のそれに似ている。
箱根の関の向こう側の言葉だ。
私は見知らぬ男に声を掛けられて少し不信感を持った。
長い前髪のせいで表情も分からず、余計そんな風に思ったのかもしれない。
「ふーん……。君ここらの子やないやろ?」
「うん。実は叔父さんの家に遊びに来てるんだ」
彼の第一印象は表現し難いものだった。
善良な人間なようにも見えたし、悪漢に見えなくもない。
「へー、クラリネットか……。君もしかして吹奏楽部?」
「せや! 君も楽器やるんか?」
「うん。僕もやるよ。今日は弦を買いに来たんだ」
彼はそう言うと、アニーボールのベース弦をラックから取り外した。
「なんや? ベーシスト?」
「そうだよ。こっちの友達とセッションするのに弦替えるの忘れててさ」
彼の口には人懐っこい笑みが浮かんでいた。
不思議な空気持つ男だ。健次のソレとは違うけれど。
彼の纏う独特な空気には妙な安心感があった。
「カモガワツキコ!」
「え?」
私は脈絡もなしに自身の名前を口にした。
「ウチの名前や! 人に聞くときは自分から名乗るようにしとるんよ! で? 君は?」
「ああ……。名前ね。僕の名前はサトウキョウイチ……」
それが私と佐藤亨一との出会いだった。
そして彼との出会いが私の人生の方向性を決める三つ目の出会いだった――。
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