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第四章 京都1992

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 一九九二年八月。
 京都市内は本格的な夏を迎えていた。府内は連日の三〇度越えで、みんな暑さから逃げるのに必死だった。
 健次は栞と別れたショックからか、いつも以上に部活にのめり込んでいるようだ。
 きっと何かしていないと気が変になるのだろう。
 気持ちは分かる。
 私はというと、ヘリウムが抜け始めた風船のように中途半端な気持ちだった。
 浮き上がるわけでも、沈み込むわけでもない。そんな気持ち。
 たしかに栞がいなくなったのはショックだし、悲しいことだと思う。
 これから栞と過ごす時間がないと思うと寂しいし、すごく勿体ない気もする。
 しかし、その感情には執着だとか期待は含まれてはいなかった。
 『まぁ、縁があったらまた会えるやろ』と私は考えることにした。
 もし二度と会わなければ、私たちの関係はそこまでだってことだ……。

「なぁ、月子? ちょっと紹介した奴おんねん」
 健次はまるでお伺いを立てるような言い方をした。
「紹介? なんや? 男やったら今は間におうてるで」
「いや……。男であることには変わりないんやけど……。別に彼氏彼女って意味やないから」
 健次は怪訝な顔になった。まだ失恋のショックから立ち直っていないのか、今ひとつ元気がない。
「ん? どーゆうこと?」
「あんな、お前バンドやりたいゆーとったやろ? 実はバスケ部の練習試合の相手でドラムやっとる奴おんねん!」
「ああ……。そうゆーことな……」
 健次の話だとその男はドラムが上手いらしい。何でも幼少期からドラムの練習をしていたとか。
「どうや? 会うてみる気ないか? お前さえ良ければ都合つけるから」
「……。ええよ。会うだけ会うてみるわ。将来的にはドラム探さなあかんと思っとったし」
 私はとりあえずその男に会うことにした。気に入らなければ蹴っ飛ばせば良いだけだ――。
 そのドラマーは奈良県のに公立中学校に通っている生徒らしい。
 健次とはバスケ部の合同練習で仲良くなったようだ。
 正直な話。私はそのドラマーに対して期待していなかった。
 おそらく『レイズ』の舞洲ヒロよりもレベルは低いだろう。そんな風に思っていた。
 しかし……。この出会いが私にとって四つ目の大きな出会いとなった。
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