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第六章 アフロディーテ
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私たちは京都へ戻った。長時間の運転で健次はだいぶ疲れたようだ。
「はぁ……。やっぱりツーリングは疲れるな……」
「お疲れやね。今日は送ってくれてありがとう」
帰り道。私たちは松原橋を通った。鴨川沿いの紅葉は赤く染まり、秋の気配を感じる。
「ちょっと鴨川寄ってかん?」
「ん? ああ、ええで」
健次はバイクを河川敷に止めると大きなため息を吐いた。
鴨川はいつもと変わらず穏やかに流れている。川床も閑散とし、これからは紅葉狩りの観光客が増えるはずだ。
「しっかりほんまに疲れたな……。月子お前は大丈夫か? ずっと後ろやったから疲れたやろ?」
「平気やで! ウチは乗っかってただけやからな。ケンちゃんはぐったりやね」
「ハハハ、お前は元気でええな。ま、無事帰って来れて良かったで」
私たちは久しぶりに松原を歩いた。健次からは男性的な香りがする。
「これでようやくウチらのバンドスタートやね」
「せやな。色々あったけどとりあえずな……。亨一くんが少し心配やけど」
「ほんまそれ。あーあ……。ウチ逢子ちゃんにめっちゃ恨まれとるやろなー。自業自得やけど」
本当に自業自得だと思う。きっと逢子は私を生涯許さないだろう。
「ま、しゃーないな。お前も腹くくったらええ。俺も一蓮托生やから一緒に恨まれたる」
健次は苦笑いを浮かべる。人懐っこい笑顔だ。
「ハハハ、ありがとう。なぁケンちゃん?」
私は健次に向き直った。彼は私の言いたいことがわかったのか真面目な顔になった。
「ゆうてみ?」
「あんな。ようやくこれでウチらのバンド『アフロディーテ』始まったやん。別にメジャーデビューしたわけでもないし、これからやと思う……。でもな。その前に確認しときたいねん」
「確認?」
「ああ、せや。なぁケンちゃん? ウチが中二ののど自慢ときした話覚えとる?」
私は限りなく遠回しに言って健次の瞳を見つめた。
「忘れるわけないやろ? ま、まだまだ先は長いから気長に待つで!」
「せやな……。でもその前に手付金ぐらいはええやろ?」
私はそう言うと思い切り背伸びして彼の肩に手を回した。健次は一瞬戸惑ったけれど、私を拒んだりはしなかった。自然と身体が絡み合う。
私は彼の唇を通して彼と繋がった。柔らかい感触が口、そして舌に伝わる。私の胸の皮がもう少し薄ければ飛び出してしまうくらい激しく心臓は鼓動している。
彼と繋がっていることがとても幸せだった。このまま時間が止まれば良いとさえ思った。神様がいるなら時間を止めてください。そう願った。
「……ここまでな」
健次はゆっくりと唇を離すとぽつりと呟いた。ここでおあずけだ。続きは武道館のあとで。
私たちは初めて男と女になった。時間にすればほんの数秒の接吻だったけれどそれだけで良かった。それが全てだと思えた。
鴨川の流れはどこまでも穏やかに私たちを包み込んでくれた。私の稚拙な欲望さえも――。
「はぁ……。やっぱりツーリングは疲れるな……」
「お疲れやね。今日は送ってくれてありがとう」
帰り道。私たちは松原橋を通った。鴨川沿いの紅葉は赤く染まり、秋の気配を感じる。
「ちょっと鴨川寄ってかん?」
「ん? ああ、ええで」
健次はバイクを河川敷に止めると大きなため息を吐いた。
鴨川はいつもと変わらず穏やかに流れている。川床も閑散とし、これからは紅葉狩りの観光客が増えるはずだ。
「しっかりほんまに疲れたな……。月子お前は大丈夫か? ずっと後ろやったから疲れたやろ?」
「平気やで! ウチは乗っかってただけやからな。ケンちゃんはぐったりやね」
「ハハハ、お前は元気でええな。ま、無事帰って来れて良かったで」
私たちは久しぶりに松原を歩いた。健次からは男性的な香りがする。
「これでようやくウチらのバンドスタートやね」
「せやな。色々あったけどとりあえずな……。亨一くんが少し心配やけど」
「ほんまそれ。あーあ……。ウチ逢子ちゃんにめっちゃ恨まれとるやろなー。自業自得やけど」
本当に自業自得だと思う。きっと逢子は私を生涯許さないだろう。
「ま、しゃーないな。お前も腹くくったらええ。俺も一蓮托生やから一緒に恨まれたる」
健次は苦笑いを浮かべる。人懐っこい笑顔だ。
「ハハハ、ありがとう。なぁケンちゃん?」
私は健次に向き直った。彼は私の言いたいことがわかったのか真面目な顔になった。
「ゆうてみ?」
「あんな。ようやくこれでウチらのバンド『アフロディーテ』始まったやん。別にメジャーデビューしたわけでもないし、これからやと思う……。でもな。その前に確認しときたいねん」
「確認?」
「ああ、せや。なぁケンちゃん? ウチが中二ののど自慢ときした話覚えとる?」
私は限りなく遠回しに言って健次の瞳を見つめた。
「忘れるわけないやろ? ま、まだまだ先は長いから気長に待つで!」
「せやな……。でもその前に手付金ぐらいはええやろ?」
私はそう言うと思い切り背伸びして彼の肩に手を回した。健次は一瞬戸惑ったけれど、私を拒んだりはしなかった。自然と身体が絡み合う。
私は彼の唇を通して彼と繋がった。柔らかい感触が口、そして舌に伝わる。私の胸の皮がもう少し薄ければ飛び出してしまうくらい激しく心臓は鼓動している。
彼と繋がっていることがとても幸せだった。このまま時間が止まれば良いとさえ思った。神様がいるなら時間を止めてください。そう願った。
「……ここまでな」
健次はゆっくりと唇を離すとぽつりと呟いた。ここでおあずけだ。続きは武道館のあとで。
私たちは初めて男と女になった。時間にすればほんの数秒の接吻だったけれどそれだけで良かった。それが全てだと思えた。
鴨川の流れはどこまでも穏やかに私たちを包み込んでくれた。私の稚拙な欲望さえも――。
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