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リバースアイデンティティー③
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「姉ちゃんそれ持ってくん?」
日が傾き掛けた帰り道。私たちは重い荷物を持って避難所に向かっていた。
「ああ」
弟は呆れたように私の持つハードケースを見た。
「まぁええけど……」
「そない嫌そうな顔するなや」
「文句は言っとらんよ」
弟の気持ちも分かる。たしかに弟の手荷物より私の手荷物のほうが何倍も無駄だ。大きくて、重くて、生活の役に立たない。はっきり言って、被災者が持ち歩く物ではないと思う。
それでも私はこれを持ち帰らずにはいられなかった。このハードケースの中には私のバンドマンとしての魂が込められている。
中学校に戻るとグラウンドで炊き出しが行われていた。大きな鍋からは湯気が立ち上り、人々はそこに行列を作っている。
「お腹空いた……」
「せやね。ウチらも並ぼうか?」
私たちは持ってきた荷物を下ろすと行列に並んだ。辺りはすっかり日が落ち、薄暗くなっている。
寒空の下で並んでいると初詣のような気分になった。考えてみればこの時期に外に行列を作るのは珍しいと思う。
「次の方どうぞー」
私たちの番がやってきた。
「お願いします」
「はい! 辛いけど頑張りましょうね!」
「はい、ありがとうございます」
女性は微笑みながら一杯の豚汁を手渡してくれた。味噌と油の匂いが強く、食欲を刺激する。
女性の話し方は関西圏のそれとは違っていた。全国版ニュースのアナウンサーの話し方のようで明らか地元の人間のそれではなかった。
おそらくは関東圏から来たボランティアなのだろう。年齢はおそらく二十歳前後だろうか? そんな些細な疑問が頭に浮かぶ。まぁ、彼女の素性がどうであれ、私たちには関係ないけれど。
それから私たちは校庭の端っこに座って豚汁を食べた。豚と野菜の味が舌に伝わると一気に血液が体中を駆け巡った。血肉になる。身体がカロリーを欲しがっている。そんな感覚。
ここ数日間。私は食べ物のありがたさを思い知らされた気がする。繁樹がくれたパンもカップラーメンも、ヒロが出してくれたお菓子も。その全てが私の命になってくれたと自覚できた。
食事を終えるととても幸福な気分になった。命を頂くことのありがたさを自覚した食事がこれほど幸せだと初めて知った気がする。当然だけれど、食事とは命なのだ。豚も野菜も。その全てが他者の命なのだ……。
「美味かったなぁ」
独り言のように呟く。弟は「ほんまにな」と相づちを打った。
それから私は体育館に戻った。館内は昨日と違って和気藹々とした雰囲気になっている。近所の主婦連中は井戸端会議のように世間話をし、子供たちは走り回っていた。そこには日常の匂いが少しだけ戻ってきていた。日常と非日常の境目。そんな感じ。
私も日常に戻る準備をしよう。そう思った。残念ながら戻らないものはあるけれど、それでも私は……。
私はハードケースに手を伸ばすと、そのロックを解除した。箱の中には私の日常が横たわっていた。
日が傾き掛けた帰り道。私たちは重い荷物を持って避難所に向かっていた。
「ああ」
弟は呆れたように私の持つハードケースを見た。
「まぁええけど……」
「そない嫌そうな顔するなや」
「文句は言っとらんよ」
弟の気持ちも分かる。たしかに弟の手荷物より私の手荷物のほうが何倍も無駄だ。大きくて、重くて、生活の役に立たない。はっきり言って、被災者が持ち歩く物ではないと思う。
それでも私はこれを持ち帰らずにはいられなかった。このハードケースの中には私のバンドマンとしての魂が込められている。
中学校に戻るとグラウンドで炊き出しが行われていた。大きな鍋からは湯気が立ち上り、人々はそこに行列を作っている。
「お腹空いた……」
「せやね。ウチらも並ぼうか?」
私たちは持ってきた荷物を下ろすと行列に並んだ。辺りはすっかり日が落ち、薄暗くなっている。
寒空の下で並んでいると初詣のような気分になった。考えてみればこの時期に外に行列を作るのは珍しいと思う。
「次の方どうぞー」
私たちの番がやってきた。
「お願いします」
「はい! 辛いけど頑張りましょうね!」
「はい、ありがとうございます」
女性は微笑みながら一杯の豚汁を手渡してくれた。味噌と油の匂いが強く、食欲を刺激する。
女性の話し方は関西圏のそれとは違っていた。全国版ニュースのアナウンサーの話し方のようで明らか地元の人間のそれではなかった。
おそらくは関東圏から来たボランティアなのだろう。年齢はおそらく二十歳前後だろうか? そんな些細な疑問が頭に浮かぶ。まぁ、彼女の素性がどうであれ、私たちには関係ないけれど。
それから私たちは校庭の端っこに座って豚汁を食べた。豚と野菜の味が舌に伝わると一気に血液が体中を駆け巡った。血肉になる。身体がカロリーを欲しがっている。そんな感覚。
ここ数日間。私は食べ物のありがたさを思い知らされた気がする。繁樹がくれたパンもカップラーメンも、ヒロが出してくれたお菓子も。その全てが私の命になってくれたと自覚できた。
食事を終えるととても幸福な気分になった。命を頂くことのありがたさを自覚した食事がこれほど幸せだと初めて知った気がする。当然だけれど、食事とは命なのだ。豚も野菜も。その全てが他者の命なのだ……。
「美味かったなぁ」
独り言のように呟く。弟は「ほんまにな」と相づちを打った。
それから私は体育館に戻った。館内は昨日と違って和気藹々とした雰囲気になっている。近所の主婦連中は井戸端会議のように世間話をし、子供たちは走り回っていた。そこには日常の匂いが少しだけ戻ってきていた。日常と非日常の境目。そんな感じ。
私も日常に戻る準備をしよう。そう思った。残念ながら戻らないものはあるけれど、それでも私は……。
私はハードケースに手を伸ばすと、そのロックを解除した。箱の中には私の日常が横たわっていた。
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