ツキヒメエホン ~Four deaths, four stories~ 第一部

海獺屋ぼの

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ウサギとカメのデットヒート

聖子 遺留品は口ほどに物を言う

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 三が日も空けて間もないそんな時……。
 その事件は発生した。
 私は公用車(警察車両)で現場である犬吠埼へ向かう羽目になってしまった。
「泉さん。眠そうな顔してんなぁー?」
「正直眠ぃーっすよぉ。伊瀬さんは正月は家族サービスでした?」
「そうだよ。元旦に嫁とうちの子を連れて香取行ってきた」
「いーなー。私はボッチで年越しでしたよー。まぁ元旦の夜は実家戻って家族と過ごせましたけどねー」
 新年の挨拶もろくにせず私たち二人は車を走らせる。
 職業柄、事件が発生すれば盆も正月もないのだ。
 私たちの管轄である銚子市内はまだ正月の空気が漂っていた。
 どことなく街の空気は白く、ぼんやりと霞掛かっている。
 銚子は古くからの漁師町で、魚の生臭い匂いが年間通して漂っていた。
 千葉県外からこの街を訪れた人間は、強くそんな匂いを感じるらしい。
 私たちは慣れてしまったのかあまり感じないけれど……。
 私は幼い頃からこの町で暮らし、そして育てられてきた。
 全国的に見ても銚子は水産業が盛んな町で、魚介類目当ての観光客も多かった。
 そのためか、私の周りでも水産加工にを職にする人間は多いと思う。
 学校の同級生や親類の半数以上は港町ならではの職業に従事していた。
 とにかく銚子は魚と造詣が深い街なのだ。
 住民としては魚臭すぎて嫌になるけれど……。
 市内を走り抜け外房の海岸線に出ると日の光が眩しかった。
 犬吠埼は本州でも一番最初に日の出が見える場所で、それを象徴するような白く高い灯台がその岬には建っている。
 長い海岸線を伊瀬さんと一緒に走るのは毎度の事だった。
 犬吠埼付近で傷害や殺傷事件の捜査をするのはもう何回目だろう……。
 伊瀬さんとは特に会話もなかった。毎度の無言ドライブ。
 私たちは、まるで熟練した夫婦のように黙っている。
 彼は本来、国家公務員で俗に言うキャリア組という奴だった。
 そんな彼がこんな片田舎の警察署に居るのにはそれなりの理由がある。
 酷くスキャンダラスな理由……。
 残念ながら彼は女にだらしないという欠点があったのだ。
 人伝えに聞いた話だと警察の上級官僚の嫁を寝取ったというのがその理由らしい。
 実に下らない理由だと私は思う。
 残念な男だ。真性の変態だし。
 変態……。もとい伊瀬さんは澄ました顔で車を走らせていた。
 私の心の声は幸いな事に届いてはいない……。
 心の声が届かない程度には、私たちの距離はあるらしい。
 三○分ほど走ると私たちは現場に到着した。
 先に到着していた加瀬刑事は現場検証の真っ最中のようだ。
 加瀬さんも私の先輩だ。
 年下ではあるけれど私よりキャリアは長い。
「おお、加瀬君早えーなぁ。あ、あけおめ!」
「伊瀬さん、お疲れ様です! 今年もよろしくお願いします!」
 加瀬さんは深々と頭を下げ、伊瀬さんに新年の挨拶をした。
 この男は伊瀬さんの子飼いの刑事で忠実な僕なのだ。
 『ワンワンワン!』 ……と言って尻尾を振りたがる。
 まぁ、加瀬さんは霊長類なので尻尾はないけれど。残念ながら。
「加瀬さん! 今年もよろしくお願いします」
「泉さんお疲れ! 今年もよろしくなー!」
 挨拶もそこそこに私たちも現場検証に移った……。
 現場の高台には灯台が建っている。
 その姿は雲一つ無い青空に空いた大きな穴のようにも見えた。
 私は黄色い立ち入り禁止テープを潜る。
 砂浜を歩くと靴の裏に砂の感触が当たって気持ちが悪かった。
 真冬の砂浜はあまりにも寒かった。長居は無用だ。
 少し砂浜を歩くと、今回の被害者の姿を確認できた。
 明らかに水死体だと分るくらいずぶ濡れで、衣服が身体にぴったり張り付いている。 
「えーと、どうやら飛び込み自殺っぽいっすね。近くに停まっていた乗用車に被害者の物らしき免許証がありました。名前は京極大輔、免許証の記載から年齢は四五歳。現住所は調べないと判りませんが、本籍地は茨城県鉾田市!」
 加瀬さんは丁寧に被害者の個人情報を伊瀬さんに伝えた。
 伊瀬さんは適当に相づちを打ちながら加瀬さんの話を聞いている。
 私は聞く耳だけ立てて会話には参加しなかった。
 残念なことに、加瀬さんは私の事が生理的に嫌いらしい。
 それは子供がピーマンを残すほどの嫌われようだと思う。
 仮に質問すれば「あー!?」と怪訝な答えが返ってくるだろう。
 酷い話だ。本当に。
 私は彼らを放置して被害者の様子を見に行く事にした。
 遺体の状態はかなり良い。(不謹慎に言えば美しいとさえ思う)
 目の前に横たわる彼は穏やかな表情で、静かに眠っているようにさえ見えた。
 通常水死体はもっとグロテスクな見た目になる事が多い。
 しかし、彼は綺麗すぎて違和感があるくらい状態が良かった。
「泉さん! ちゃんと話聞いとけや!」
 話を聞いていないように見えたのだろう。
 加瀬さんは私に悪態を吐くようにそう言った。
「はーい。さーせん!」
 私は心にもなかったけれど、加瀬さんに謝った。
 本心では「黙れクソガキ!」と思ったけれど、おくびにも出さない。
 縦社会の悲しいところだ。
「じゃあ、後は鑑識さんに任せて一旦署に戻ろうか? 泉さんも事務仕事やんなきゃいけないだろ?」
「そうすね。とりあえず遺留品上がってきたら連絡ください!」
 私と伊瀬さんは現場検証もほどほどに署に戻れるようだ。
 有り難い事に加瀬さんは現場で捜査続行らしい。
 実にいい気味だ。是非、風邪でも引いて欲しい。
「泉さんさー。加瀬君の事あんまり怒らせない方がいいよー」
 伊瀬さんは運転しながら私に諭すようにそう言った。
「えー!? だってアイツ嫌いなんすよ! 極力絡みたくない……」
「まぁー相性はあるからしょうがねーけど、泉さん態度と顔に出すぎなんだよねー」
 ほっといてくれ。あんたみたいなド変態に言われたくない。……と私は思った。
 その日のうちに被害者の情報はある程度調べ上げた。
 被害者は京極大輔。
 年齢四五歳独身で結婚歴があり、離婚した妻との間に二人の娘がいる
 現在は定職に就かず日雇いの仕事で生活していたようだ。
 金銭面でトラブルあり、多重債務者のようで、闇金にも手を出していた……。
「よくある話っすね……」
 私は被害者について伊瀬さんに報告し終わると独り言のように呟いた。
「んー? まぁそーな」
 伊瀬さんは特に興味がなさそうだ。
「伊瀬さんあのー。被害者のご家族に連絡したいんすけど、彼の携帯に家族の番号入ってないんですよ。どうします?」
「え? そうなの?」
「ええ、家族の連絡先が登録されてないんすよ。何でなんすかね?」
「色々事情はあるもんだよ。しゃーない……。そしたら泉さん! 直接、娘さんに伝えに行くか?」
 私は伊瀬さんの言葉に耳を疑った。
「え? 直接って……。つまり茨城まで行くって?」
「そうだよ」
 マジ勘弁してもらいたい。
 事務仕事が山のようにあるのに……。

 茨城に居る彼の娘さんに会いに行く羽目になってしまった。
 被害者の娘さんに辛い知らせをしなければいけないだろう。
 本当に損な役回りだ……。
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