ツキヒメエホン ~Four deaths, four stories~ 第一部

海獺屋ぼの

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ウサギとカメのデットヒート

月姫 ウサギとカメのデットヒート②

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 私は例の二人の刑事に父の死を知らされた。
 
 千葉県警の刑事二人と共に銚子警察署へと向かう。
 不謹慎かもしれないけれど、泉さんと話していると長いドライブも楽しく感じた。(約二時間の間、彼女は私にずっと声を掛けてくれたのだ)
 泉さんは警察署に着くとすぐに霊安室へ案内してくれた。
 霊安室に向かう廊下は恐ろしく静かだ。その空間自体が死に飲み込まれている。
「京極さん大丈夫? ここまで来て貰ってこんな事言うのも可笑しいんだけど……」
「大丈夫です! ご心配お掛けしてすいません……」
 泉さんは私に優しく笑いかけると「ごめんね」と申し訳なさそうに呟いた。
 別に彼女が悪い事した訳ではないのに……。
 それでも泉さんはそんな言葉を私に掛けてくれた。
 彼女は適当そうに見えるけれど、実は繊細で思いやりのある人なのだろう。
 彼女は迎えに来てくれた時も、車で移動している最中もずっと私を気遣う言葉を掛けてくれたのだ。
 その気遣いがとても嬉しかったし、同時に少し悲しくもあった。
 泉さんの気遣いとは裏腹に私自身は落ち着いていた。
 冷たい女。冷たい娘。
 そんな思いが胸に留まって渦を巻いている……。
 霊安室にたどり着くと彼女は大きく息を吸ってその重い扉を開いた。
 「ギィー」というあまりにも鈍く、気持ちの悪い音が廊下に響き渡る。
 霊安室を開けると、学校の保健室にあるような簡易的なベッドが置いてあった。
 枕元には刑事ドラマで見るような香炉が用意してある。
 線香特有の臭いが鼻を突き、仏間にでも来たような錯覚を覚える。
 そんな儚い煙も、呆気なく換気扇に吸い込まれていった。
 死を悼む香でさえあっという間に換気されてしまう。
 現代社会では線香の煙さえ、換気の対象なのだろう……。悲しいことに。
 ベッドの上には成人男性らしいシルエットが横たわっていた。
 顔の上に白い布が掛けられ、ピクリとも動かない。
 いや、動くはずもない。
「それじゃ……。京極さん、本人確認のために顔を見て貰いますね。本当に大丈夫?」
 私は泉さんのその問いに首をゆっくりと縦に振って応えた。
 白い布が捲られると、そこには青ざめた男の顔があった。
 無精髭を生やし、髪は白髪交じりで針のように尖っている。
 表情は穏やかで少し口元は笑っているようにも見えた。
 京極大輔……。
 変わり果ててはいたが、確かに私の父親だ。
「どうかな? お父さんに間違いない?」
「……。ええ……。間違いありません。父です……」
 私は言葉にしたものの、相変わらず他人事のようだった。
 三年間……。そう三年間だ!
 私はずっと探し続けてきたのだ。
 ずっと見つからず、探し続けてきた父親が目の前に居る。
 それなのに全く感情が動かなかった。
「そう……。正直ね私、もし間違いだったら良かったのに……。とか思ってたんだー。だって京極さんみたいに素直で真っ直ぐな女の子がこんな……。酷い事に……」
「泉さん……。私は大丈夫です。ちょっと前から覚悟は出来てたんです。だから気にしないで下さい」
 それから泉刑事は、今後の手続きについて説明してくれた。
 彼女は事務作業に慣れているようだ。
 地方公務員の私から見てもスムーズに書類を作成している。
「うん! ありがとう京極さん! これで手続き自体は終わりだよ! したらねー。どうしようか? 今から茨城まで送ってく?」
「えっと……。泉さん……。その前にちょっと寄りたい所が……」
 父が最期を迎えた場所へ行きたい……。
 行ったところで何かある訳でもないのだけれど……。
 それでも私は父が最期に見た景色をこの目で見たいと思った……。
「わかったよ……。じゃあ今から送ってあげるね!」
「そ、そんな悪いですよ……」
「いいから! 無理矢理連れてきたの私らの方だしさ! はい! 決まり!」
 泉さんの好意で父の発見場所に向かう。
 犬吠埼灯台という場所だ。
 彼女は来た時と同じように優しく私に話しかけてくれた。
 運転に慣れているのか、国道を走っていた時より彼女はリラックスしている。
 車から見えるその景色を眺めていると不思議な感覚に襲われた。
 妙に懐かしい気持ち……。
 そんな感情に襲われたのだ。
 気のせいかもしれないけれどこの道を通った事があるような気がした。
 気のせいかもしれないし、もしかしたら来た事があるのかもしれない。
 そんな思いをよそに泉さんは私に微笑む。
 彼女の微笑みはとても素敵だった。苦労知らずには出来ない深い笑顔。
 車は市内を抜け、海岸線へと出た――。
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