ツキヒメエホン ~Four deaths, four stories~ 第一部

海獺屋ぼの

文字の大きさ
11 / 29
ウサギとカメのデットヒート

月姫 ウサギとカメのデットヒート⑤

しおりを挟む
 父の葬儀も無事終わり、私と叔父は協力して葬儀の後片付をした。
 香典の整理や葬儀社への支払いなどやる事は山積みだ。
 姉は昨日の段階で東京に戻った。
 彼女にも生活があるし無理もないけれど少し寂しい……。
 姉が居なくなると私の家は一気に静かになる……。

 葬儀の片付けが一段落すると叔父は私を労ってくれた。
 この人はだらしないだけで本当は優しい人なんだと思う。
「ふぅー、お疲れルーちゃんこれで一段落だなー。兄貴もちゃんと葬式して貰えてきっと喜んでるだろーよ」
「ほんとだねー。叔父さん本当にありがとうねー。私一人じゃもっと大変だったと思う……」
「気にすんなー。可愛い姪っ子のためなら俺だって頑張っからー。お前明日から仕事だっけか?」
「そだよー! 職場のみんなにも迷惑掛けたから早く戻ってあげないとね」
 叔父は私の事を心配してくれている。
 父が失踪してから私を手伝ってくれたのは叔父と姉だけだ。
 そんな叔父に心から感謝したいと思った。
 頼りないけれど叔父は私の数少ない身内なのだ……。
「そうだ! ルーちゃんさぁ。お前美術館とか行くか?」
「美術館? うーん……。好きだけど最近はあんまり行かないかな……。仕事も休めないしさ……。なんで?」
「いやな……。古い友達から横浜の美術館でやる企画展のチケット貰ったんだけど俺全く興味ねーからさ……。もしお前が行くんならやろうかなーって」
 叔父はそう言うと長財布からチケットを二枚取り出して私に手渡した。
 チケットには『現代の絵本博覧会』と書かれていた。
 チケットの左側にはクレヨンで描いた動物のイラストが印刷されている。
「んー……。せっかくだから貰っておこうかなぁ。週末なら行けそうだしね……」
「そうか」
 叔父はそう言うといつものように顎髭を擦って静かに笑った――。

 翌日から私は仕事に復帰した。
 出勤すると他の職員たちは私に優しく声を掛けてくれた。
 有り難い事に同僚たちはみんなご近所さんでとても気さくな人たちだ。
 同僚と言うより近所のおじさんおばさんに近い気がする。
 田舎の役所の出先機関なんてこんなものなのだろうけれど……。
 改めて地方公務員というのは良い仕事だと思う。
 普通の会社であるようなトラブルもほとんどなかった。
 就職してから人間関係で困った事もないし、繁忙期以外は普段は定時に帰る事が出来た。
 事務作業を淡々と熟していく。
 少しずつ日常のリズムが体に戻ってくるようだった。
 やはり家事でも仕事でもルーティンワークは心地良い。
 一定のリズムで進む日常こそが私が望むものなのだろう……。
 メトロノームのような地方公務員。

 週末。私は叔父に貰ったチケットを持って横浜まで遊びに行く事にした。
 幸いな事に今回は案内人が居てくれる。
 私はどうしても人口の密集する場所が得意ではなかった。
 田舎育ち丸出し。
 もし一人で東京や横浜に行ったとすれば、きっとあたふたしてしまうだろう。
「おぉーい! ルナちゃーん」
 彼女は手を振りながら私の方に走り寄ってきた。
 艶やかな黒髪が静かに揺れている。
「こんにちはー。先週は父の葬儀に参列して頂いて本当にありがとうございました」
「大丈夫だよー! 色々と大変だったね……」
 里奈さんは穏やかで悲しそうな笑顔を浮かべる。
 彼女は私の気持ちを推し量るように数回肯いた……。
 清水里奈。旧姓、河瀬里奈は私の姉の友人だ。
 彼女は以前、水戸駅のパン屋でアルバイトしていて姉と知り合った人だ。
 里奈さんは前まで茨城に住んでいたらしい。
 その後、結婚を機に旦那さんの実家のある横浜に移住したようだ。
 本来接点のない里奈さんと仲良くなったのには理由があった。
 姉が上京する前に何回か里奈さんに相談に乗って貰っていたのだ。
 彼女は茨城県民でありながら東京の事情に詳しかった。
 恥ずかしい話、私も姉も田舎育ちであちらの事情には疎かったのだ。
 そんな時に助けて貰ったのが里奈さんだった……。
「いえいえ、沢山の方にお葬式来て貰ってきっと父も喜んでると思います……」
「そだねー。きっとルナちゃんのお父さんも天国でルナちゃんを見守ってくれてるよ!」
 里奈さんは優しい口調で私を慰めてくれた。
 彼女は本当に人格者だと思う。まるで天使のようだ。
 物腰は柔らかだし、お淑やかだし、横浜みたいな都会が本当に似合う女性だ。
 こんな素敵な人がなぜ姉のような人間と仲良くなったのだろう?
 里奈さんに会う度、そんな疑問を持たずには居られなかった。
 それから里奈さんは横浜市内を案内してくれた。
 私は恥ずかしいくらいキョロキョロしながら彼女に着いていく。
 里奈さんはまるでバスガイドのように私の事を先導してくれた。
 いっその事、旗でも持って貰った方が良いかもしれない。
「ふぅー。ちょっと休憩しようか? ルナちゃんも疲れたでしょぉー?」
「そうですね。人混みにあんまり慣れてないからちょっと疲れました……」
「フフフ、そこら辺はウラちゃんとは違うんだねー。あの子は都会慣れしてるんだよー。だって電車の乗り換えとか熟知してるもん! この前ウラちゃんと新宿で会った時も置いて行かれそうになっちゃってさぁー」
 里奈さんは楽しそうに姉の話をしてクスクス笑っている。
 今の姉は都会慣れしているのだろう。私とは大違いだ……。
 
 私と里奈さんは山下公園内にある喫茶店に入る事にした。
 喫茶店内はカップルや家族連れでごった返している。
 さすがに混み過ぎだ……。
「やっぱり週末は混んでるね! どうするルナちゃん? 違う場所に行こうか?」
「うーん……。どうしましょうかね……」
「そしたらさー。このまま美術館まで行っちゃおうか? 美術館内にもカフェあるだろうし! ルナちゃん人混み苦手そうだもんねー」
 私たちはそのまま美術館へと向かう事にした。
 さすがにそろそろ人混みも限界だ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...