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ウサギとカメのデットヒート
月姫 ウサギとカメのデットヒート⑤
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父の葬儀も無事終わり、私と叔父は協力して葬儀の後片付をした。
香典の整理や葬儀社への支払いなどやる事は山積みだ。
姉は昨日の段階で東京に戻った。
彼女にも生活があるし無理もないけれど少し寂しい……。
姉が居なくなると私の家は一気に静かになる……。
葬儀の片付けが一段落すると叔父は私を労ってくれた。
この人はだらしないだけで本当は優しい人なんだと思う。
「ふぅー、お疲れルーちゃんこれで一段落だなー。兄貴もちゃんと葬式して貰えてきっと喜んでるだろーよ」
「ほんとだねー。叔父さん本当にありがとうねー。私一人じゃもっと大変だったと思う……」
「気にすんなー。可愛い姪っ子のためなら俺だって頑張っからー。お前明日から仕事だっけか?」
「そだよー! 職場のみんなにも迷惑掛けたから早く戻ってあげないとね」
叔父は私の事を心配してくれている。
父が失踪してから私を手伝ってくれたのは叔父と姉だけだ。
そんな叔父に心から感謝したいと思った。
頼りないけれど叔父は私の数少ない身内なのだ……。
「そうだ! ルーちゃんさぁ。お前美術館とか行くか?」
「美術館? うーん……。好きだけど最近はあんまり行かないかな……。仕事も休めないしさ……。なんで?」
「いやな……。古い友達から横浜の美術館でやる企画展のチケット貰ったんだけど俺全く興味ねーからさ……。もしお前が行くんならやろうかなーって」
叔父はそう言うと長財布からチケットを二枚取り出して私に手渡した。
チケットには『現代の絵本博覧会』と書かれていた。
チケットの左側にはクレヨンで描いた動物のイラストが印刷されている。
「んー……。せっかくだから貰っておこうかなぁ。週末なら行けそうだしね……」
「そうか」
叔父はそう言うといつものように顎髭を擦って静かに笑った――。
翌日から私は仕事に復帰した。
出勤すると他の職員たちは私に優しく声を掛けてくれた。
有り難い事に同僚たちはみんなご近所さんでとても気さくな人たちだ。
同僚と言うより近所のおじさんおばさんに近い気がする。
田舎の役所の出先機関なんてこんなものなのだろうけれど……。
改めて地方公務員というのは良い仕事だと思う。
普通の会社であるようなトラブルもほとんどなかった。
就職してから人間関係で困った事もないし、繁忙期以外は普段は定時に帰る事が出来た。
事務作業を淡々と熟していく。
少しずつ日常のリズムが体に戻ってくるようだった。
やはり家事でも仕事でもルーティンワークは心地良い。
一定のリズムで進む日常こそが私が望むものなのだろう……。
メトロノームのような地方公務員。
週末。私は叔父に貰ったチケットを持って横浜まで遊びに行く事にした。
幸いな事に今回は案内人が居てくれる。
私はどうしても人口の密集する場所が得意ではなかった。
田舎育ち丸出し。
もし一人で東京や横浜に行ったとすれば、きっとあたふたしてしまうだろう。
「おぉーい! ルナちゃーん」
彼女は手を振りながら私の方に走り寄ってきた。
艶やかな黒髪が静かに揺れている。
「こんにちはー。先週は父の葬儀に参列して頂いて本当にありがとうございました」
「大丈夫だよー! 色々と大変だったね……」
里奈さんは穏やかで悲しそうな笑顔を浮かべる。
彼女は私の気持ちを推し量るように数回肯いた……。
清水里奈。旧姓、河瀬里奈は私の姉の友人だ。
彼女は以前、水戸駅のパン屋でアルバイトしていて姉と知り合った人だ。
里奈さんは前まで茨城に住んでいたらしい。
その後、結婚を機に旦那さんの実家のある横浜に移住したようだ。
本来接点のない里奈さんと仲良くなったのには理由があった。
姉が上京する前に何回か里奈さんに相談に乗って貰っていたのだ。
彼女は茨城県民でありながら東京の事情に詳しかった。
恥ずかしい話、私も姉も田舎育ちであちらの事情には疎かったのだ。
そんな時に助けて貰ったのが里奈さんだった……。
「いえいえ、沢山の方にお葬式来て貰ってきっと父も喜んでると思います……」
「そだねー。きっとルナちゃんのお父さんも天国でルナちゃんを見守ってくれてるよ!」
里奈さんは優しい口調で私を慰めてくれた。
彼女は本当に人格者だと思う。まるで天使のようだ。
物腰は柔らかだし、お淑やかだし、横浜みたいな都会が本当に似合う女性だ。
こんな素敵な人がなぜ姉のような人間と仲良くなったのだろう?
里奈さんに会う度、そんな疑問を持たずには居られなかった。
それから里奈さんは横浜市内を案内してくれた。
私は恥ずかしいくらいキョロキョロしながら彼女に着いていく。
里奈さんはまるでバスガイドのように私の事を先導してくれた。
いっその事、旗でも持って貰った方が良いかもしれない。
「ふぅー。ちょっと休憩しようか? ルナちゃんも疲れたでしょぉー?」
「そうですね。人混みにあんまり慣れてないからちょっと疲れました……」
「フフフ、そこら辺はウラちゃんとは違うんだねー。あの子は都会慣れしてるんだよー。だって電車の乗り換えとか熟知してるもん! この前ウラちゃんと新宿で会った時も置いて行かれそうになっちゃってさぁー」
里奈さんは楽しそうに姉の話をしてクスクス笑っている。
今の姉は都会慣れしているのだろう。私とは大違いだ……。
私と里奈さんは山下公園内にある喫茶店に入る事にした。
喫茶店内はカップルや家族連れでごった返している。
さすがに混み過ぎだ……。
「やっぱり週末は混んでるね! どうするルナちゃん? 違う場所に行こうか?」
「うーん……。どうしましょうかね……」
「そしたらさー。このまま美術館まで行っちゃおうか? 美術館内にもカフェあるだろうし! ルナちゃん人混み苦手そうだもんねー」
私たちはそのまま美術館へと向かう事にした。
さすがにそろそろ人混みも限界だ……。
香典の整理や葬儀社への支払いなどやる事は山積みだ。
姉は昨日の段階で東京に戻った。
彼女にも生活があるし無理もないけれど少し寂しい……。
姉が居なくなると私の家は一気に静かになる……。
葬儀の片付けが一段落すると叔父は私を労ってくれた。
この人はだらしないだけで本当は優しい人なんだと思う。
「ふぅー、お疲れルーちゃんこれで一段落だなー。兄貴もちゃんと葬式して貰えてきっと喜んでるだろーよ」
「ほんとだねー。叔父さん本当にありがとうねー。私一人じゃもっと大変だったと思う……」
「気にすんなー。可愛い姪っ子のためなら俺だって頑張っからー。お前明日から仕事だっけか?」
「そだよー! 職場のみんなにも迷惑掛けたから早く戻ってあげないとね」
叔父は私の事を心配してくれている。
父が失踪してから私を手伝ってくれたのは叔父と姉だけだ。
そんな叔父に心から感謝したいと思った。
頼りないけれど叔父は私の数少ない身内なのだ……。
「そうだ! ルーちゃんさぁ。お前美術館とか行くか?」
「美術館? うーん……。好きだけど最近はあんまり行かないかな……。仕事も休めないしさ……。なんで?」
「いやな……。古い友達から横浜の美術館でやる企画展のチケット貰ったんだけど俺全く興味ねーからさ……。もしお前が行くんならやろうかなーって」
叔父はそう言うと長財布からチケットを二枚取り出して私に手渡した。
チケットには『現代の絵本博覧会』と書かれていた。
チケットの左側にはクレヨンで描いた動物のイラストが印刷されている。
「んー……。せっかくだから貰っておこうかなぁ。週末なら行けそうだしね……」
「そうか」
叔父はそう言うといつものように顎髭を擦って静かに笑った――。
翌日から私は仕事に復帰した。
出勤すると他の職員たちは私に優しく声を掛けてくれた。
有り難い事に同僚たちはみんなご近所さんでとても気さくな人たちだ。
同僚と言うより近所のおじさんおばさんに近い気がする。
田舎の役所の出先機関なんてこんなものなのだろうけれど……。
改めて地方公務員というのは良い仕事だと思う。
普通の会社であるようなトラブルもほとんどなかった。
就職してから人間関係で困った事もないし、繁忙期以外は普段は定時に帰る事が出来た。
事務作業を淡々と熟していく。
少しずつ日常のリズムが体に戻ってくるようだった。
やはり家事でも仕事でもルーティンワークは心地良い。
一定のリズムで進む日常こそが私が望むものなのだろう……。
メトロノームのような地方公務員。
週末。私は叔父に貰ったチケットを持って横浜まで遊びに行く事にした。
幸いな事に今回は案内人が居てくれる。
私はどうしても人口の密集する場所が得意ではなかった。
田舎育ち丸出し。
もし一人で東京や横浜に行ったとすれば、きっとあたふたしてしまうだろう。
「おぉーい! ルナちゃーん」
彼女は手を振りながら私の方に走り寄ってきた。
艶やかな黒髪が静かに揺れている。
「こんにちはー。先週は父の葬儀に参列して頂いて本当にありがとうございました」
「大丈夫だよー! 色々と大変だったね……」
里奈さんは穏やかで悲しそうな笑顔を浮かべる。
彼女は私の気持ちを推し量るように数回肯いた……。
清水里奈。旧姓、河瀬里奈は私の姉の友人だ。
彼女は以前、水戸駅のパン屋でアルバイトしていて姉と知り合った人だ。
里奈さんは前まで茨城に住んでいたらしい。
その後、結婚を機に旦那さんの実家のある横浜に移住したようだ。
本来接点のない里奈さんと仲良くなったのには理由があった。
姉が上京する前に何回か里奈さんに相談に乗って貰っていたのだ。
彼女は茨城県民でありながら東京の事情に詳しかった。
恥ずかしい話、私も姉も田舎育ちであちらの事情には疎かったのだ。
そんな時に助けて貰ったのが里奈さんだった……。
「いえいえ、沢山の方にお葬式来て貰ってきっと父も喜んでると思います……」
「そだねー。きっとルナちゃんのお父さんも天国でルナちゃんを見守ってくれてるよ!」
里奈さんは優しい口調で私を慰めてくれた。
彼女は本当に人格者だと思う。まるで天使のようだ。
物腰は柔らかだし、お淑やかだし、横浜みたいな都会が本当に似合う女性だ。
こんな素敵な人がなぜ姉のような人間と仲良くなったのだろう?
里奈さんに会う度、そんな疑問を持たずには居られなかった。
それから里奈さんは横浜市内を案内してくれた。
私は恥ずかしいくらいキョロキョロしながら彼女に着いていく。
里奈さんはまるでバスガイドのように私の事を先導してくれた。
いっその事、旗でも持って貰った方が良いかもしれない。
「ふぅー。ちょっと休憩しようか? ルナちゃんも疲れたでしょぉー?」
「そうですね。人混みにあんまり慣れてないからちょっと疲れました……」
「フフフ、そこら辺はウラちゃんとは違うんだねー。あの子は都会慣れしてるんだよー。だって電車の乗り換えとか熟知してるもん! この前ウラちゃんと新宿で会った時も置いて行かれそうになっちゃってさぁー」
里奈さんは楽しそうに姉の話をしてクスクス笑っている。
今の姉は都会慣れしているのだろう。私とは大違いだ……。
私と里奈さんは山下公園内にある喫茶店に入る事にした。
喫茶店内はカップルや家族連れでごった返している。
さすがに混み過ぎだ……。
「やっぱり週末は混んでるね! どうするルナちゃん? 違う場所に行こうか?」
「うーん……。どうしましょうかね……」
「そしたらさー。このまま美術館まで行っちゃおうか? 美術館内にもカフェあるだろうし! ルナちゃん人混み苦手そうだもんねー」
私たちはそのまま美術館へと向かう事にした。
さすがにそろそろ人混みも限界だ……。
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