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第五章 珈琲と占いの店 地底人

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 太田まりあの話①

 藤岡くん。彼は入学当初から協調性があまりない子だった。特に班行動やクラスで協力する行事が苦手なようで五月の連休明けには他のクラスメイトに少しだけ煙たがられていたように思う。
「藤岡ぁ。またお前は」
「ご、ごめん」
「ったく。勘弁してくれよ」
 ――とそんなやりとりが日常的に行われていた。主に藤岡くんを責めるのは私の父の会社の子会社の子供。原田くんと小御門くんだ。
「まりあちゃんからも言ってやってよ。こいつまた俺らの指示無視してんだよ」
 原田くんは呆れきった風に言うとRV主催のコンペのパンフレットを振って見せた。どうやら藤岡くんが原田くんの考えたプランに沿わない行動をとったらしい。
「……藤岡くん。ちょっとだけ足並み揃えてくれないかな? せっかく原田くんがコンペ委員引き受けてくれたんだからみんなで協力してあげたいのよ」
「う、うん。ご、ごめんね。頑張るよ」
 私の言葉に藤岡くんはつっかえながらもそう答えた。協調性がないだけで悪い子ではないのだ。単にトロいだけ。少なくとも私の目にはそう映る。
「まりあちゃーん。藤岡くんにはこっち手伝って貰うよぉ。コピー取ってホチキス留めする係欲しいんだよねぇ」
 そのやりとりを見かねたのか桜井さんが助け船を出してくれた。桜井さんは思いやりがあって気遣いのできる子なのだ。だから短気で思ったことがすぐ口に出る原田くんのフォロー役を熟してくれているのだと思う。
「小御門っちも! サボってんじゃねーよ。ほら、学内ポスター掲示してこい」
「あいよ。んじゃ行ってくるわ」
 原田くんにどやされて小御門くんは面倒臭そうにポスターの束を抱えた。そして「まりあちゃん行ってくるよー」とB組から出て行った――。
 
 思えば……。この頃はまだ今みたいにB組の空気は悪くなかったように思う。原田くんも小御門くんも桜井さんもみんなみんな優しかったし、藤岡くんだってそこまでハブかれてはいなかった。
 でも……。そんな平穏な日々は夏休み前から徐々に崩れていったように思う。そうそれは……。B組の担任が学校を辞めた頃からだ。

 七月初旬。夏季コンペ終了直後。夏休みまであと少しという時期の出来事だ。
「お前らにはガッカリだよ」
 担任の来栖先生はそう言ってホームルームを始めた。その言い方は明らかに棘があってあまり聞き心地の良いものではなかった。思えば彼が担任になってからB組の空気は余計悪くなったように感じる。(余談だが彼はB組にとって二人目の担任だ。一人目は何か問題を起こして一学期早々に辞職してしまった。)
「これだけ集まってA組の女子一人に誰も勝てないってどうなんだ? 流石に俺は恥ずかしかったぞ」
 来栖先生はそう言うとわざとらしくため息を吐いた。そして「だからお前ら今日は反省文書け! それで秋には勝つぞ!」と続けた。その物言いはあまりにも横暴で……。クラス全体が苦い顔をしていた。最低の教育者。心底そう思う。
 その後。私たちは反省文を書かされた。そして書き終わるとみんなの前で一人ずつ立って読まされた。酷い仕打ちだ。一人の教員が一クラスの生徒全員を吊るし上げ。控えめに言って頭がおかしいと思う。
 でも……。問題はそこではなかった。いや、生徒を虐待まがいな方法で吊るし上げるのはそれはそれで問題だけれど、彼の行動はそれ以上に醜悪なものだったのだ。
「えーと……。太田と原田と桜井と小御門……。君らは書かないでいいよ。コンペ運営で頑張ってくれてたの知ってるから」
 こともあろうにこの担任はそう言ってのけたのだ。要はロイヤルヴァージンの関係者だけは吊るし上げるわけにもいかない。そういうことなのだと思う。
 だから私は「そうはいきません」とそれを突っぱねた。そして……。A組に負けた反省文を嫌みったらしく発表した――。
 
「来栖ずいぶんと荒れてたなあ」
 ホームルームが終わると小御門くんが気だるそうにぼやいた。
「そうね。まぁ……。先生も悔しかったんでしょう。鹿島さんにボロ負けしたのは事実だから」
 私は彼にそう返すと軽いため息を吐いた。残念ながらこれは紛れもない事実なのだ。たった一人の女子生徒に私たち全員が負けた。その事実だけは揺るがないと思う。
「……しっかし鹿島香澄って女は怖いねぇ。だって最終のデザインなんか型紙なしだったよ? あんなことする奴見たことないよ」
「そうだね……。正直アレは私も驚いた」
「だよねぇ。ま、あの子の叔父さんも似たようなもんだけどさ。マジで二人して天才なのな」
 そう。これも認めたくないけれど鹿島香澄はこの業界においては真の天才なのだ。センスや色彩感覚に関しては私と大差ないけれど……。縫製に関してはプロだって彼女に敵わないと思う。
「天才……。そうね。そうかも知れない。でも……」
 私はそこで一旦言葉を句切った。そして「いつまでも負けてるわけにもいかないよ」と続けた。正直に言えばあのイカれた担任以上に私は腹立たしいのだ。誰に勝とうが鹿島香澄に負けたんじゃ……。花見川高校内では全く意味がないと思う。
 私がそんなことを考えていると小御門くんが「まりあちゃんって昔から負けず嫌いだよねぇ」と笑った。私はそれに「そうかな?」とすっとぼけた言葉で返した――。
 
 原田達夫、桜井蓮奈、小御門研人。この三人とは幼い頃からずっと友達だった。それこそ物心着く前から互いを知っている。そんな関係だ。
 だから私にとっての彼らは単なる幼なじみではなかったように思う。同年代の兄弟姉妹。それに近かったはずだ。まぁ……。とは言ってもある程度大人になると彼らは私に気を遣う使用人みたいになってしまったのだけれど。
 今になって思えば……。三人とも私と私の父に忖度していたのだろう。それこそ古代中国の後宮の宦官のように完璧に。私の顔色一つで全てを把握するようになっていた気がする――。
 
 例の反省文発表会の翌日。朝のホームルーム時に縫製実習の石川先生がやってきた。そして彼女は教壇に立つなり「皆さんおはようございます」と緊張しながら朝の挨拶をした。その顔は心なしか暗く見える。
「突然のことですが……。来栖先生は昨日付けで退職しました。なので今日から私がB組の担任をさせていただきます」
 石川先生は吐き出すように言うとクラス全体を見渡した。そして「今日からみんなよろくね」と無理に明るい声を作った。その様子から察するに……彼女も急にB組の担任を任されて戸惑っているのだと思う。
 それから石川先生は事務的にホームルームを行った。そしてホームルームが終わるとすぐに教室から出て行った。逃げるように。脱兎の如く。おそらく生徒たちから奇異な目で見られるに耐えきれなかったのだろう。
「これで三人目ね」
 私は隣の席の小御門くんに向けてそう呟いた。小御門くんはそれに「うん」とだけ返した。三人目の担任。いつまで持つかな? 内心そう思った――。
 
 その後。私の心配を余所に石川先生は無難にB組の担任を熟していった。最初の担任よりも強気に。二番目の来栖先生より柔軟に。それは普通の教員を絵に描いたようなものだったように思う。おそらく彼女はごく一般的で優秀な教員なのだ。まぁ……。だからこうして問題が起きやすいB組の担任を任されたのだろうけれど。
 そして一学期の終業式を無事迎える頃には石川先生もすっかりB組の担任らしくなっていた。そしてそれと時を同じくしてB組の生徒たちの間で不穏な噂が流れ始めた――。
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