純文学のブックマーク ~栞と五人の文芸部員~

海獺屋ぼの

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第一章 樹脂製の森に吹く涼しい風

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「楓子は小学校のときの同級生なんだ」
「そうなんだ。どんな子なの?」
「うーん……。変わった子だね……。いや、悪い子じゃないんだけどさ」
 四組に向かう廊下で水貴はなんとも言えないような表情を浮かべた。
「そっか。とりあえず聞いてみよう」
 四組の教室の引き戸を開ける。中では三人の生徒が机に向かって何やら作業をしている。
「おーい。楓子ー」
 水貴は一番後ろの席のお下げ髪の女の子に声を掛けた。
「あ、水貴くん」
 彼女は無表情のまま目線だけこちらに向けた。無表情……。前髪が長すぎて表情が分からないだけかもしれないけれど。
「楓子さー。お願いがあるんだけどいい?」
「お願い? ちょっと今忙しい……」
 彼女は自分の机でイラストを描いていた。男の子二人が身を寄せ合うイラスト。
「時間空いてからでいいんだ。ちょっとポスターの絵描いてくれない? 新しい部活作りたくてさ」
「ふーん」
 楓子は興味がないといった感じで空返事した。口数とは裏腹に手は動いている。
「絵、上手いんですね」
 私は思ったことをそのまま口にした。水貴の言うとおり彼女の描く絵はとても上手いと思う。描いている題材は……。少し変わっている気もするけれど。
「ありがとう。明日でいいなら描くよ。どんな絵が良いか明日までに考えといて」
「え! 描いてくれるんですか?」
「描くよ……。どうせ水貴くん描くまでしつこいだろうし……」
 そう言うと彼女は前髪を掻き上げて視線を上に上げた。目の下にはクマがあり、肌にはハリがない。
「ありがとうございます……! じゃあ明日までに描くものまとめてきます!」
「うん。わかったよ」
 乗り気かどうかは分からないけれど、楓子は受けてくれた。とりあえず一歩前進。

 楓子と会った後、私たちは図書室横の図書準備室へ向かった。
「あーあ、やっぱりね……。これじゃゴミ屋敷だ」
 準備室に入ると水貴はぼやくように言って苦い顔をした。室内は古びた書籍と埃まみれの茶封筒がうち捨てられたように放置されている。
「ずっと使ってないの?」
「うん。たぶんね……。図書委員も倉庫代わりに使ってるだけだからね。広さ的には問題ないからここを部室にしたいんだよね」
 図書準備室を文芸部の部室にするというのは水貴からの提案だった。まぁ、校舎内で誰も使う予定がないのはこの部屋だけというのがその理由だけれど。
 準備室の奥には埃を埃をかぶった古いカーテンが下がっていた。物置代わりに使われている机も本棚も本来の役目を放棄しているように見える。
「とりえず……。一回整理しなきゃね。本棚の本全部出して埃払って……。それから封筒に入った貸し出しカードも綺麗にまとめないとな」
「じゃあハタキとぞうきん持ってくるよ」
 まずは大掃除。すべてはそれからだ――。

「ふぅー。だいぶ綺麗になったね……。これで部室に使えそうだよ」
「そうだね。あ、半井くん! 頭に埃付いてるよ」
 水貴のくせっ毛には大きな埃が乗っかっていた。おそらく本棚の上を拭いたときに落ちてきたのだろう。
「え? 取ってくれる」
 私は彼の頭に手を伸ばして、その埃をつかんだ。埃は濃いねずみ色で、この部屋がどれほど汚れていたか物語っているようだ。
「せっかく準備したんだから部員集まるといいね」
「ほんとだよ。まぁ……。最悪集まらなかったら楓子に名前だけ入ってもらうよ」
「そっか。そういえば半井くんと楓子さんってどんな関係なの?」
「どんな関係? うーん……。そうだね」
 私の質問に水貴はしばらく考え込んだ。
「説明すると長いんだけど……。楓子は小学校のときの転校生なんだ。あの調子で変わり者だから友達少なくてね。僕とは図書係やっててそれで仲良くなった感じかな」
「へー。じゃあ楓子さんも読書好きなの?」
「好きは好きなんだろうけどね……。まぁ割と変わった趣味だよ」
 水貴はそれだけ言うとそれ以上は教えてくれなかった。
 水貴は何も言わなかったけれど、彼女の趣味嗜好は推測できた。おそらく、水貴からしたら理解に苦しむジャンルなのだろうと思う。文芸に携わる女子としては一度は通るジャンルなので私にも理解はできる。 楓子の描いていた絵はまさにそれだった。男性同士が身を寄せ合い、互いの肉体を求め合うような構図。私自身はあまりボーイズラブの作品を読まないし、書かないけれど、そういうジャンルは一定数の女子に好まれる。
 水貴には言わなかったけれど、私は楓子の世界観に興味を持っていた。あれほど色っぽい絵を描ける彼女の感性はとてもいいはず。そんな風に思う。
 そしてこの直感は正しかったらしい。それが分かるのはしばらく後のことだけれど。
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