純文学のブックマーク ~栞と五人の文芸部員~

海獺屋ぼの

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第二章 ニコタマ文芸部

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「ごめんごめん。お待たせ」
 しばらくすると楓子が大量の紙袋を抱えて戻ってきた。
「大丈夫だよ。どっかでお茶でも飲んでく?」
「うん。そうだね」
 世界堂から出ると春風が頬を撫でた。残念ながらその風は排気ガスに汚されている。
 買い物を済ませた楓子の表情はいつもより明るく見えた。別に楓子は根暗ではないけれど、笑った顔を見るのは珍しい。
「楓子ちゃんって画材買ったときが一番嬉しそうだよね」
「そう? 普通だよ」
 普通だよ。そう返す時点で機嫌が良い。いつもなら「つまんないね」だと思う。
 それから私たちは世界堂の隣にあるカフェに入った。店内は私たちと同年代の学生で賑わっている。
「やっぱり新宿だと混んでるよね」
「そうだね。栞、悪いんだけど席取ってきて貰っていい? 私飲み物買ってくるからさ」
「わかった! じゃあ紅茶お願いね」
 楓子は新宿になれているようだ。私なんかよりずっと垢抜けているんじゃないだろうか。
 店内は酷く混んでいたけれど、幸い一つだけテーブル席を見つけることができた。両脇にはカップルが座っているけれど仕方がない。カップルはまるで自分たち以外世界にいないかのように互いを見つめ合っていた。見ているこっちが恥ずかしくなる。
 カップルは私のそんな考えをよそに楽しそうに談笑していた。互いが互いをどれほど好きなのか伝え合っている。きっとこの人たちはどこにいても景色がお花畑なのだろう。
「お待たせ」
「あ、おかえりー」
 楓子が戻ってきた。彼女は一瞬カップルをちらっと見たあと、何も言わず私の向かいに座った。
「今日は付き合ってくれてありがとうね。私ばっかり買い物しちゃったね」
「いいよ。私も万年筆見てて楽しかったしさ」
「栞ってペンにこだわるもんね」
「そうだねー。でも漫画家ほどじゃないかな。楓子ちゃんは仕事道具いっぱいだよね」
 正直な話、文芸作家に必要なものなんてたかがしれていると思う。黒と赤のペン。あとは紙さえあればなんとかなる。でも漫画家はそういうわけにはいかないだろう。ペンも何種類もあるし、それ以外にもトーンや定規だって必要なはずだ。
「まぁね。とかく道具は多いかな……。でも絵描きってみんなこうだよ? 私はあんまりお金ないからセール品でどうにか間に合わせてる感じだしね」
「いいなー。楓子ちゃんかなり本格的だもんね」
「本格的か……。でも私と同い年で出版こぎ着けてる子もいるから私なんてまだまだだよ」
 私はこの楓子の姿勢が好きだった。過信するわけでもなく、卑下するわけでもない。そんな等身大の姿勢は難しいと思う。
「私も今年は公募出すよ。三作ぐらいは書くつもり」
「栞って筆速いよね。漫画とは違うけど尊敬するよ。そういえば水貴くんは? あの人もなんか書いてたよね?」
「うーん……。それがさ……」
 語弊がある言い方になるかもしれない。でも水貴の書く文章はいつも何かが欠けていた。プロットや構成が悪いとかではないし、単純に文章の正しさなら私より上手いと思う。
 でも何かが足りなかった。不足分を言語化できない何かが明らかに欠落していた。それは水貴自身も気づいているようだけれど、彼にもどうしようもないらしい。
「ふーん。そっか。なんだろうね」
 楓子は興味があるようなないような微妙な返事をした。
「なんて言えば良いのかな……。水貴くんの文章には味とか匂いがないんだよね。まるで水みたいにすぅーと入ってきて溶けちゃう感じ」
「……。なんとなく分かる気がするよ。彼って良くも悪くも空気だからね」
 空気……。楓子の言い方には嘲笑などは含まれていない。だからこそその事実は私を悩ませた。
「空気……。言いたいことは分かるかな。でも水貴くんの校正能力は抜群なんだよね。誤字や漢字の間違いなんか当然のように見つけるし、表記ブレだって見逃したことないよ」
「ああ、だろうね。あの人昔からそうだもん」
 昔から? 楓子は彼の何を知っているのだろうか?
「昔から?」
「ああ、そうだね。じゃあちょっと小学校のときの話でもしようか」
 そう言うと楓子は昔話を聞かせてくれた。
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