純文学のブックマーク ~栞と五人の文芸部員~

海獺屋ぼの

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第二章 ニコタマ文芸部

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 学校を出るとすっかり暗くなっていた。野球部のかけ声だけが聞こえ、職員専用の駐車スペースの車も朝より減っている。
「じゃあね御堂さん。また明日」
「うん。また明日」
 そう言う御堂さんの顔はいくらか明るくなったように見えた。声も安心したようなすっきりしたようなそんな感じ。
「川村さんちょっと付き合って貰っていいかな?」
 帰ろうとすると水貴にそう誘われた。
「ん? いいよ。どこか行くの?」
「ちょっと本屋行きたくてさ」
「あ! 私も用事あるからちょうど良かったよ」
 本当にちょうどいい。今日は愛読している文芸誌の発売日なのだ。それから私たちは三人に「また明日」と言って一緒に帰った――。
 夕闇に包まれた二子玉川の街は賑わっていた。駅からはだいぶ離れているはずなのに、通り過ぎる居酒屋からは賑やかな笑い声が聞こえた。
「今日はごめんね。本当は前もって川村さんに言っとけば良かったんだけど……」
 水貴はばつが悪そうに言うと、拝み手をした。
「ほんとだよ! 浩樹くんもだけど、一言言ってくれないとさぁ」
「うん。そうなんだよね……。急すぎて事後報告みたいになっちゃったよ……」
「まぁ……。もういいよ。水貴くんも色々やってたんでしょ?」
 色々やっていた。まぁ、何をやっていたのかはなんとなく想像が出来る。おそらく御堂さんの退学勧告の件だ。
「まぁね。でも川村さんが協力してくれて良かったよ。あのまま御堂さん退学じゃあまりにも……。ね」
「本当にね。てか先生も酷いよね。何も学校辞めさせなくてもいいのに……」
 酷い話だと思う。本当に。きっと先生も他のクラスメイトも自分たちの保身を考えるだけで精一杯なのだ。
「ま……。クラスの大半は御堂さんに辞めて欲しくないんだろうけどね……。でも陸上部の子たち意見強くてさ。はっきり言えば御堂さんが目障りだったんじゃない?」
 水貴はため息交じりに言うとうんざり顔をした。そりゃあうんざりだろう。これは正義だとか道徳とは真逆の話なのだ。生徒同士にはスクールカーストがあり、教員には保身や問題を抱えたくない気持ちがある。とても簡単に言えば「力こそ正義」なのだと思う。
 ふと、京都で暮らしていたときのことを思い出した。あの頃の私もスクールカーストの呪いに苦しんでいた。だいたいクラスには主導権を握る人間がいて、多くの生徒は沈黙を決め込む。そんな構図だったのだ。そこには浅ましさや人間の醜悪さしかなかった。洗脳のように誰もがそれを当たり前に思ってしまう。
 街頭の明かりに羽虫が群がっている。私たちの影はその光を受けて歪に伸び縮みした。
「ねぇ水貴くん。絶対に御堂さんに赤点回避させてあげようね!」
「うん!」
 どうやら水貴も私と同じ気持ちのようだ――。

「ただいまー」
「おかえり。ずいぶん遅かったじゃない?」
 家に帰ると母がリビングで執筆していた。祖母と父の姿はない。
「うん。今日から文芸部で勉強会始めたんだ」
「へー。関心ね……。夕飯まだでしょ?」
「うん。でも大丈夫だよ。自分で作るから」
「そう? お惣菜と味噌汁だけはあるからね」
 そう言うと母は両手で髪を掻き上げる。
「ありがとう。そういえばおばあちゃんは?」
「ああ、友達のお通夜だってさ。お父さんも今日は帰れないって」
 それを聞いて妙に納得した。どうりで夕飯の支度がしていないわけだ。母はずぼら過ぎるのだ。自分の母親や旦那がいないと食事さえ取ろうとしない。もしかしたら私のことなど忘れていたのかも知れない……。
 冷蔵庫からラップに包まれた野菜炒めを取り出す。その器は必要以上に冷たく、完全に凍り付いてしまったようだ。コンロの上にある味噌汁も同じように冷め切っている。
 私はそんな寒々しい夕飯を見るとため息を吐いた。そして思う。『私も将来作家になったらこうなのかな?』と。
 まぁ仕方ないだろう。作家とはそういう商売だ。
 私は諦めて野菜炒めと味噌汁を温めた。レンジの明かりとコンロの火だけが熱を持っていた。 
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