純文学のブックマーク ~栞と五人の文芸部員~

海獺屋ぼの

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第二章 ニコタマ文芸部

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「あらあら、楓子ちゃんいらっしゃい」
 家に帰るとエプロン姿の母が私たちを出迎えてくれた。
「お邪魔します」
「はいはい、楓子ちゃんは紅茶じゃなくてコーヒーだったよね?」
 母は聞くと同時にドリップコーヒーに手を伸ばした。
「ありがとうございます。お構いなく」
 母と楓子の会話を聞くのは妙に新鮮な気分だ。他人行儀だけれど、お互いに心を開いている。そんな矛盾した感覚。
「ここ使っていいよー。私も原稿持ってくる」
「ありがとー」
 楓子は鞄から原稿を取り出すとテーブルに広げた。昼間の自習時間のお陰ですっかりベタ塗りまで終わったらしい。
 それから私は自室に執筆道具を取りにいった。といっても赤ペンとプロット、メモ程度だけれど。
「栞ー。時間空いたら下読み手伝ってねー」
 一階に降りると母にそう頼まれた。
「いーよー。なんなら今からでも大丈夫だよ」
「そう? じゃあお願いしようかしら?」
 予定変更だ。母の赤入れの手伝い。
「何文字くらい?」
「五万くらいかな? まだ途中だけど」
「分かったよー」
 私と母の会話を余所に楓子は原稿に集中していた。彼女はいつもこうなのだ。自分の世界に入るとなかなか帰ってこない。
 母の原稿の下読みは私のライフワークになっていた。幼少期からずっとやっている。それは定期的に行われるルーティンワークに近いと思う。
 母の書く文章の癖や表現方法。その全てが私の血肉になっている気がする。もちろん他の作家の影響も受けているけれど、母から受ける影響はその比ではないだろう。
 川村本子の書く文章には毒があった。読者を選ぶ文章で、嫌いな人はかなり作家としての母を嫌っていると思う。ファンレターを貰う作家はよくいるけれど、アンチレターを頻繁に貰う作家は母ぐらいではないだろうか? まぁ、母としてはアンチレターも大切にしているから問題ないけれど。
 こう言っては本も子もないけれど、私は母の文章のアンチなのだ。彼女の書く文章の気持ち悪さがどうしても受け入れられない。ただ、それは嫌いという意味ではない。あくまでアンチ。嫌いとは一線を画する存在。
 残念なことに私は母の文章を読まずにはいられなかった。気持ち悪さやべっとりと身体に纏わり付く感覚を味わわずにはいられなかったのだ。その感覚は怖い物みたさに近いと思う。驚くと分かっていながらお化け屋敷に入る感覚……。に近い。
 下読みを進める内に物語の世界に引き込まれていった。これは編集者としてはあるまじきことだ。あまり物語に没頭すると目が滑って誤字脱字や表記ブレを見逃してしまう。まぁ……。母の文章の誤字脱字の修正は担当編集の仕事なので私の役割ではない。母が私に求めるのはもっと別のものだ。
 下読みは一時間程度で終わった。思わずため息が零れる。
「どうだった?」
 私のため息に気がついたのか母は作業の手を止めた。
「悪くないんじゃない? ちょっと墓参りのシーンは突拍子がないけど、それ以外は問題ないと思うよ」
「あー……。やっぱりねー。実験的に書いたけどアレはキツいか……」
 母は残念そうに言うと首を横に振った。
「悪くはないんだけどね……。でも読者置いてきぼり感は拭えないかな」
「だよね。うん! ありがとう。ちょっと手直ししてみるわ」
 私たち親子の会話はいつもこんな感じだ。お互いに遠慮がない。母だって私の文章をかなり好き勝手言うのでお相子だと思う。
 ふと、楓子の原稿に目をやる。今日の午前中は二ページしか描けていなかったのに、気がつけば一〇枚近く進んでいる。
「楓子ちゃん休憩しない?」
「そ……。うだね」
 楓子はため息を吐くとペンを置いた。彼女の指先はすっかり赤くなっていた。  
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