悪魔の手の中 改訂版

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前編

王子様の素顔

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あの日、水瀬くんが早川くんを強引にお昼ご飯に誘って、僕も巻き込まれる形で一緒に食べることになった。

四人で廊下を歩いていた時、僕たちの悪口を言った男子生徒と水瀬くんがちょっとした口論になった。その時、ふと天羽くんが目の前に現れた。

彼がすぐそばを通り過ぎた時、ふわっと、爽やかで彼にぴったりな清廉な香りが鼻先をかすめた。その香りを嗅ぐのはこれで二度目だった。

一度彼に助けられたきり、ずっと遠くから見ることしかできない存在だった。

こんなふうに近くで息遣いや香り、彼の纏う空気を感じられる瞬間は、とても貴重で胸の高鳴りを抑えることができなかった。

『ごめんね、嫌な思いをさせて。君の大切な友人を傷つけるようなことを言ったのを謝るよ。この子、俺の大事なクラスメートなんだ。一緒に謝るから許してくれない?』

美しい唇から、柔らかな声で優しさと慈愛に満ちた言葉が紡がれる。

やっぱり天羽くんは魂まで澄んでいて、どこまでも綺麗な人だ。

意地悪な生徒さえも見捨てず、僕みたいな劣っている人間もちゃんと一人の存在として扱ってくれる。

ああ、僕の完璧で理想の王子様。
これ以上、僕を夢中にさせないで。





「早川って天羽と仲良かったりする?」

廊下での一件の後、これから中庭でお昼ご飯を食べようとしていた時に水瀬くんの口から出た言葉に、一瞬、時が止まった気がした。

「……昔からの顔見知りで。」

小さな声で答えた早川くんに、友達なのに知らないことがあったショックよりも、もやもやと渦巻く、得体の知れない感情と焦りが胸を支配した。

「……わかった。俺から、か…、天羽くんに聞いてみるよ。」

水瀬くんの身勝手で急な頼みごとに、早川くんは戸惑いながらもそう答えた。

早川くんと僕は一緒だと思ってた。
冴えなくて、頼りなくて、時々理不尽に馬鹿にされるような、そんな存在。僕と同じで人の輪の外に追いやられてきた。

それなのに早川くんは、あの完璧でみんなから慕われる、手の届かない天羽くんと繋がってた。

その事実を実感して、いってもたってもいられない気持ちになってきた。

早川くんが天羽くんの名前を口にするだけでムカムカした。早川くんにこんなふうに感じるのは初めてだった。

だから、その日、僕はいつもと違う行動をしてしまった。理性では止められなかった。

彼を遠くから見ているだけでいい、そう言い聞かせてきた自分のタガが外れた。

昼休みが終わる5分前。
気づけば、あの場所に向かっていた。

校舎一階、日当たりのいい渡り廊下。
昼食後に天羽くんがクラスメートと談笑する姿を何度か見かけた場所。

小走りでそこに行ってみると、天羽くんの姿はなかった。

暖かな太陽の光が渡り廊下を照らし、近くに植っている木の葉がさわさわと心地よい音を奏でている。

少し荒くなっていた呼吸が落ちついていく。

なんでこんなことしてるんだろう。
僕らしくない。

天羽くんを見つけたって、まるで住む世界が違う僕が話しかけられるわけない。それに早川くんにあんな嫌な感情を抱いてしまって、最悪だ。

劣等感と自己嫌悪に陥っていると、渡り廊下と繋がっている体育館から何か物音がした。

無意識にその物音に惹かれ、足が自然と進んでいた。

もしかしたら、その音に引き寄せられたのは僕の本能が天羽くんを求めていたからかもしれない。

「真澄のこと、雑魚って言ったよね?

真澄の臆病さや繊細さ、壊れやすさ、それがあるからこそ美しくて尊くて価値があるってこと、君には分かんないんだろうね
……

触れるだけで……歓喜で体が震えるんだ。」

普段の優しい声色の中に、冷徹さと歪と艶やかさが入り混じっているのが分かる。

「…ああ、別に、君みたいな雑魚に分かってもらおうなんて俺も思ってないよ。

それに、俺の目には今さら涙目ですがっている君の方が、誰よりも雑魚に見えるんだけど。違うかな?」

体育館の扉の隙間から見た、理想の王子様の素顔は信じられないものだった。
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