(休載中)下町のグランと公爵家のオリヴァー

rifa

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オリヴァーの昔話

グランからオリヴァーへ・7

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 ロザリーは、グランの作ったスープにも買ってきたパンにも、一切手を付けなかった。
 それが、グランに予感させたのだ。
『ロザリーは、今日迎えに来た貴族の下に帰ろうとしているのではないか』と。
 だから『もうこんな粗末な食事をしなくても良いのだ』と思っているのではないかと。
 それがグランの心を傷つけているとは、ロザリーは気づけなかったようだ。


 結局ロザリーは、グランの用意した食事には一切手を付けないまま食事を終えた。
 ロザリーはベッドに腰かけ、開けた窓から夜空の星を眺めていた。

 その一方で、食器を片づけ終わったグランは、そんな母を視界の端に、物音をたてぬよう一人家の外へ出た。
 一緒に持って出たサコッシュから、一枚の衣服を取り出す。
 母のために思い切って買った新品のワンピース。それを眺めながら、グランは物思いに耽った。
(これに母が袖を通すことはなさそうだ)
 そう感じたグランは、それをサコッシュの中に戻し、重い足取りで家の中へ戻る。
「どこへ行っていたの?」
 家の中にグランがいないことに気づいたのか、家に入ったグランを、ロザリーが呼びかけた。
「……ちょっと、ね」
 グランはそう答えただけで、他に何も言わずにロザリーの隣をすり抜けた。
「グラン」
 通り抜けたところで、ロザリーが声をかけた。それは何か言いづらそうな声で、だからグランは、母が言わんとする話の内容を察した。
「あなたが良ければ……」
「…………」
「あなたが良ければ、なんだけど、お母さんと一緒に、この町を出ない?」
「…………」
 それはあまりにも予想通りすぎる問いかけだったから、グランは失望をせずにはいられなかった。
 少しだけ、心の中で期待をしていたのだ。
「この町で、これからも一緒に暮らそう」という言葉を。
 しかし母は、結局、貴族である生活を望んだ。
「……母さんは、なんでこの町で暮らそうと思ったの?」
「……あなたにとって、ここで暮らすほうが為になるだろうって思ったからよ」
「じゃあなんで、今は一緒に帰ろうって言ったの?」
「……あなたに、これ以上ここでの不幸を強いたくはな……」
「不幸じゃない!!!」
 グランの、悲鳴にも似た怒鳴り声がロザリーの言葉を遮った。
 ロザリーは驚いた表情で目を丸くしていたが 、それを気遣う余裕がないほど、ロザリーの言葉はグランにとって許せないものであった。
「オレは不幸だと思ってこの町で生きてきたつもりはない! 母さんと、母さんと一緒にこの町で暮らしていけることを幸せと思っていたからこそ、オレはここで頑張ることが出来たんだ! なんで、なんでそれを母さんが否定するんだ!!」
 許せなかった。
 悲しかった。
 耐えられなかった。
 色んな感情がグランの中で混ざり合い、それがそのまま吐瀉物となって吐き出された。
 嗚咽しながらうずくまるグランに、ロザリーが慌てて駆け寄った。
「……ごめんなさい、グラン。ごめん、なさい……」
 うずくまるグランには、母の顔を見ることが出来ない。
 けれど、ところどころ詰まった声は震えていて、涙をこらえながら謝っているのだろうと察した。
(謝ってほしいわけじゃない……)
 今度は悔しさがこみ上げてきた。
 母にこんな想いをさせられたことに対してと、母にこんな謝罪をさせてしまった……自分の迂闊さに後悔した。
「……少し、頭を冷やしてくるわね」
 ロザリーはそう言い、グランの頭を撫でていた手を止め、ゆっくり離れていった。
 小屋の扉が閉まる音を聞きながら、グランは立ち上がって顔を洗い、そのままベッドに入った。
 小屋は、さほど広くはない。
 ここに住みだした頃、町長の厚意で作られた小さなキッチンと、ロザリーのベッドとグランのベッドが二つ、それと部屋の隅に小さなテーブルと椅子を置いただけでもうベッド一つ置くスペースも無い。
 最近は収納に困ったので、地下に食料を貯蔵する場所を作ろうと、穴を掘っている最中だ。
 時間があるときにグランが少しずつ掘り進めて、やっと人間一人分の大きさが作れた。
 これからさらに広くして、食料だけでなく雑貨や食器も買いそろえる頃には、もっと立派な貯蔵庫が完成するはずだった。
「……でも、オレのやってきたこと、無駄だったのかな」
 そう愚痴をこぼさずにはいられない。
 グランは、貯蔵庫の入り口に板をかぶせてから自分の吐瀉物で汚した床を掃除し、とぼとぼと自分のベッドまで歩いてその上に転がった。
 雪が降りそうな雨の夜……この下町を初めて訪れた時もこのような空模様であった。
 しかし、グランはそれを覚えていない。
 ただ一つだけ覚えているのは……遠い記憶の中、雪まじりの雨が降る暗闇の中を、母が泣きながら自分を抱きしめてくれたことだけだ。
 それを懐かしく思いながら、グランは仕事疲れから目を閉じ、混沌とした闇の中に意識を預けた。
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