6 / 60
5
「…………この痣は?」
タオルで隠れていない鎖骨部分の、紫に変色している痣を見て、グランが顔をしかめた。
「あ、えっと、いつのだっけな。アリサが苛立っていたとき、ついうっかりあの子の部屋の前を通ってしまって、その時に燭台かなんかを投げつけられたのが当たっちゃって」
「……こっちのは?」
腕が赤く腫れあがっている。これは母に鞭で強く打たれたやつだ。これは数日前のだ。
「……」
グランは何か言おうと力なく口を開いたまま、何も言わなかった。
ミレーも、身体に付いた傷や痣に言及されても、それは二日以上前の食事メニューを思い出すのと同じくらい面倒くさいことであった。
何故そんなことを聞くのだろうと思っていると、グランはミレーの鎖骨部分をなぞるように指で撫でた。
「っ」
「痛いか?」
グランの問いに、ミレーは頭を振る。
痛くはない。むしろ、グランの体温が直に伝わってきて、気持ち良かった。
(もっと触ってほしいだなんて……ふしだらだわ)
自分の正直な考えを恥じていると、グランが低い声で尋ねた。
「湯が沁みた場所は、どこだ?」
「え? えっと、ここだけど」
ふくらはぎの部分を指差す。これは先ほど暴漢に襲われた時蹴られたところなので、よく覚えている。
それなら思い出すのに苦が無かったと誇らしげに伝えると、何故かグランは、今にも泣きだしそうに顔をゆがめた。
「……ごめんな、気づかなくて」
「え? ど、どうして謝るの? グランは何も悪いことしていないわよね?」
「……お前の身体を見ることを恥ずかしがって、ちゃんと見ていなかったから、怪我をしていたのに気づかなかった。これは、完全にオレが悪い」
「悪くない。悪くないよ?」
ミレーは困った。グランが何に対して悪いと思っているのか、どうして泣きそうなのか、まったく分からなかったのだ。
ミレーにとって、暴力を振るわれるなど日常茶飯事であった。だから、毎日の食事と同じだったのだ。
それでも今までの風呂が身体に沁みなかったのは、水が恐ろしく冷たかったから、身体がまひしていたのだ。
身体にやさしいあたたかさが肌に触れたことで、はじめて身体が痛みに反応したのだ。
「気づいてやれなくて、本当にごめん……」
グランからどうしたらツラそうな表情を取り除けるか考えて、ミレーはあることを思いついた。
彼の後頭部を、自分の胸に寄せるようにやさしく抱きしめた。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、グラン」
誰かにこうしてもらった記憶はないと思っていた。だが、今なんとなく、今は亡きミレーの母に、こうしてもらっていたような気がすると思い出したのだ。
「ちょ、ちょっ、ミレー……!」
腕の中でグランが苦しそうにもがくから、手を広げてグランを解放した。
「……、ッ!」
グランは顔を真っ赤にしながら、何か言いたそうだが、何も言葉が出ないようで、パクパクと口を開閉させるだけだった。
「元気出た?」
「…………いや」
グランは、先ほどより一層元気のなさそうな顔をしていた。
今思いだせた亡き母から教わった元気の出るおまじないは、グランには通じなかったようだ。
だがグランは、別のことが気になって、おまじないに集中出来なかっただけだと言う。
「飯、食ってんのか?」
「ごはん? うん、ちゃんと毎日食べているよ」
「……そうは、見えないけど」
「失礼な」
「いや……。まぁ、栄養が全部胸に持っていかれたのかもな……じゃなくて」
グランは何やら浮かんだ考えを掃うように、頭を振った。
「その話はあとにしよう。……痛い箇所に少しずつ湯で慣らしてから、ゆっくりと桶に足を入れてみろ」
「う、うん……」
グランに言われた通り、痛いと感じる箇所に少量の湯をなでるように触れさせ、それを何度か繰り返した。
タオルで隠れていない鎖骨部分の、紫に変色している痣を見て、グランが顔をしかめた。
「あ、えっと、いつのだっけな。アリサが苛立っていたとき、ついうっかりあの子の部屋の前を通ってしまって、その時に燭台かなんかを投げつけられたのが当たっちゃって」
「……こっちのは?」
腕が赤く腫れあがっている。これは母に鞭で強く打たれたやつだ。これは数日前のだ。
「……」
グランは何か言おうと力なく口を開いたまま、何も言わなかった。
ミレーも、身体に付いた傷や痣に言及されても、それは二日以上前の食事メニューを思い出すのと同じくらい面倒くさいことであった。
何故そんなことを聞くのだろうと思っていると、グランはミレーの鎖骨部分をなぞるように指で撫でた。
「っ」
「痛いか?」
グランの問いに、ミレーは頭を振る。
痛くはない。むしろ、グランの体温が直に伝わってきて、気持ち良かった。
(もっと触ってほしいだなんて……ふしだらだわ)
自分の正直な考えを恥じていると、グランが低い声で尋ねた。
「湯が沁みた場所は、どこだ?」
「え? えっと、ここだけど」
ふくらはぎの部分を指差す。これは先ほど暴漢に襲われた時蹴られたところなので、よく覚えている。
それなら思い出すのに苦が無かったと誇らしげに伝えると、何故かグランは、今にも泣きだしそうに顔をゆがめた。
「……ごめんな、気づかなくて」
「え? ど、どうして謝るの? グランは何も悪いことしていないわよね?」
「……お前の身体を見ることを恥ずかしがって、ちゃんと見ていなかったから、怪我をしていたのに気づかなかった。これは、完全にオレが悪い」
「悪くない。悪くないよ?」
ミレーは困った。グランが何に対して悪いと思っているのか、どうして泣きそうなのか、まったく分からなかったのだ。
ミレーにとって、暴力を振るわれるなど日常茶飯事であった。だから、毎日の食事と同じだったのだ。
それでも今までの風呂が身体に沁みなかったのは、水が恐ろしく冷たかったから、身体がまひしていたのだ。
身体にやさしいあたたかさが肌に触れたことで、はじめて身体が痛みに反応したのだ。
「気づいてやれなくて、本当にごめん……」
グランからどうしたらツラそうな表情を取り除けるか考えて、ミレーはあることを思いついた。
彼の後頭部を、自分の胸に寄せるようにやさしく抱きしめた。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、グラン」
誰かにこうしてもらった記憶はないと思っていた。だが、今なんとなく、今は亡きミレーの母に、こうしてもらっていたような気がすると思い出したのだ。
「ちょ、ちょっ、ミレー……!」
腕の中でグランが苦しそうにもがくから、手を広げてグランを解放した。
「……、ッ!」
グランは顔を真っ赤にしながら、何か言いたそうだが、何も言葉が出ないようで、パクパクと口を開閉させるだけだった。
「元気出た?」
「…………いや」
グランは、先ほどより一層元気のなさそうな顔をしていた。
今思いだせた亡き母から教わった元気の出るおまじないは、グランには通じなかったようだ。
だがグランは、別のことが気になって、おまじないに集中出来なかっただけだと言う。
「飯、食ってんのか?」
「ごはん? うん、ちゃんと毎日食べているよ」
「……そうは、見えないけど」
「失礼な」
「いや……。まぁ、栄養が全部胸に持っていかれたのかもな……じゃなくて」
グランは何やら浮かんだ考えを掃うように、頭を振った。
「その話はあとにしよう。……痛い箇所に少しずつ湯で慣らしてから、ゆっくりと桶に足を入れてみろ」
「う、うん……」
グランに言われた通り、痛いと感じる箇所に少量の湯をなでるように触れさせ、それを何度か繰り返した。
あなたにおすすめの小説
愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います
織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。
目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。
まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。
再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。
――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。
限られた6年の中で、セレノアは動き出す。
愛する家族を守るため、未来を変えるために。
そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。
巻き戻った妻、愛する夫と子どもを今度こそ守ります
ミカン♬
恋愛
公爵令嬢フィリスの愛する婚約者、第一王子ジルナードが事故で体が不自由となった。
それで王太子候補は側妃の子、第二王子のサイラスに決まった。
父親の計略でフィリスはサイラスとの婚姻を余儀なくされる。悲しむフィリスとジルナード。
「必ずジルナード様を王にします。貴方の元に戻ってきます」
ジルナードに誓い、王妃から渡された毒薬を胸に、フィリスはサイラスに嫁いだ。
挙式前に魔女に魅了を掛けられて。愛する人はサイラスだと思い込んだまま、幸福な時間を過ごす。
やがて魅了は解けて……
サクッとハッピーエンドまで進みます。
実家も国も私を捨てたが、私を愛さないと国が滅びる。絶望する人々を特等席で眺め、冷徹な王子の腕の中で思考停止する。
唯崎りいち
恋愛
持参金がないという理由で家族と祖国から追放された私は、実はこの国を支える“加護”そのものだった。
私が去った瞬間、王都の結界は崩れ、国は崩壊へ向かい始める。
そんな私を拾ったのは、冷徹と噂される隣国の王子。
「やっと見つけた。お前は俺のものだ」
捨てられたはずの私は、気づけば滅びゆく祖国を背に、彼の腕の中で溺愛されていた。