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「これは、まぁよく生きていたもんじゃ」
グランが連れてきた初老の町医者は、感心したような、呆れたような、微妙な反応を示した。
「肋骨は、これはヒビが入っているな。こっちも化膿しておる。栄養も不足しておる。お前さん、今までどういう生活をしていたんじゃ?」
町医者が仰天したような声を上げるが、ミレーは驚くところが分からない。
「え、ふ、普通に生活していましたが……」
「少なくともわしの普通とは感覚が違うようじゃのう」
長い溜息を吐く失礼な医者は本当に大丈夫なのだろうかと心配したが、グランはむしろそんなミレーのほうを心配しているようだった。
「とりあえずこの塗り薬を傷や痣に塗りなさい。一週間も安静にしていれば治る。熱も同じくらいちゃんと休んでいれば治るじゃろう。あと湿布と包帯、これはグラン、お前がやってやれよ」
「言われなくてもやるっつーの」
「反抗期がまだ治っておらんのう」
町医者はグランの態度を笑いながら諫めると、カバンから粉が入った袋を取り出した。
「これは痛み止めじゃ。痛みがひどい時に飲ませなさい。強い薬だから一日一回を上限に、な」
そう注意してグランに手渡した。
診察のため、服を脱いでいたミレーの肌に薬を塗っていたグランは、その袋を受け取るとそのままベッドサイドに置いて、また薬を塗ってくれた。
「それにしても酷い顔色じゃのう。お前さん、飯は食っているのか?」
同じ質問を昨夜グランにもされた気がする、とミレーは思い出す。
「食べていましたよ」
「何を食っていたんじゃ?」
「お肉も野菜も食べていました」
「……一つ聞くが、まさかそれらを生で食べてはいないじゃろうな?」
「ちゃんと水に浸していましたよ?」
「……水?」
町医者とミレーの会話を遮って、グランが驚いた声をあげる。
「はい、水です?」
「それを煮込むとかじゃなくて?」
「? 煮込むって?」
そう問い返すと、グランと町医者は、なんと表現したら良いのか、変な顔をしていた。
「……グラン、栄養のあるものを食べさせてあげなさい。出来れば温かい物をたくさん。最初は慣れないかもしれないから、食べられる範囲でよい」
「わかった。ありがとな」
グランと町医者は何故か真剣な表情でうなずきあって、固い握手をした。
ミレーは、なにか変なことを言ったのだろうかと状況を呑み込めずにいた。
「最初の頃は環境に身体が慣れずに、熱もぶり返すし身体も痛いだろうから、絶対に無理はしないように」
医者のこの言葉が予言のように、その晩からまた激しく熱でうなされるようになった。
走馬灯を見たのかもしれない。
まだミレーの生母が生きていた頃、ミレーはこの下町に来ていた。
今とは違い、ミレーは綺麗なドレスを着ており、活発で、下町の子どもとはしゃぎ遊んでいた。
その子どもたちの中で、特に仲が良かった子が、グランによく似た男の子だ。
この家に来た夜は、ひどい悪夢を見ていたのに、今は優しい夢ばかり見ることが出来て、ミレーは幸せだった。
(私にも、愛されていた時期があったんだな……)
そんな、幻想を抱いた。
一週間も経つと体調が安定してきて、高熱が出ることも少なくなってきた。
熱が下がったら実家に帰らなければ、と考えていたのに、グランと過ごすこの生活を手放す勇気が無くなっていた。
だが帰らなくてはいけない。
そう考えると憂鬱になり、何回溜息を吐いたかわからない。
そんなミレーを、グランが心配した。
「何か悩みがあるなら聞くぜ?」
グランの優しさについ甘えて、ミレーは「家に帰りたくないの」と本音を吐露してしまった。
グランは目を丸くする。
「帰らなければ良い。ずっとここで暮らせよ」
「……無理だよ。私は、帰らないと」
「なんで」
「……結婚を約束しているわけでもない男女が同じ部屋で生活するのは、やっぱり良くないの。私にとってもグランにとっても」
「じゃあ結婚しよう」
さらりと言うから、グランの冗談だと思った。
彼は優しいから、ミレーを気遣って言ってくれたのだと思った。
そんな彼に、ミレーは嫌われたくなくて隠していたことを告白する。
グランが連れてきた初老の町医者は、感心したような、呆れたような、微妙な反応を示した。
「肋骨は、これはヒビが入っているな。こっちも化膿しておる。栄養も不足しておる。お前さん、今までどういう生活をしていたんじゃ?」
町医者が仰天したような声を上げるが、ミレーは驚くところが分からない。
「え、ふ、普通に生活していましたが……」
「少なくともわしの普通とは感覚が違うようじゃのう」
長い溜息を吐く失礼な医者は本当に大丈夫なのだろうかと心配したが、グランはむしろそんなミレーのほうを心配しているようだった。
「とりあえずこの塗り薬を傷や痣に塗りなさい。一週間も安静にしていれば治る。熱も同じくらいちゃんと休んでいれば治るじゃろう。あと湿布と包帯、これはグラン、お前がやってやれよ」
「言われなくてもやるっつーの」
「反抗期がまだ治っておらんのう」
町医者はグランの態度を笑いながら諫めると、カバンから粉が入った袋を取り出した。
「これは痛み止めじゃ。痛みがひどい時に飲ませなさい。強い薬だから一日一回を上限に、な」
そう注意してグランに手渡した。
診察のため、服を脱いでいたミレーの肌に薬を塗っていたグランは、その袋を受け取るとそのままベッドサイドに置いて、また薬を塗ってくれた。
「それにしても酷い顔色じゃのう。お前さん、飯は食っているのか?」
同じ質問を昨夜グランにもされた気がする、とミレーは思い出す。
「食べていましたよ」
「何を食っていたんじゃ?」
「お肉も野菜も食べていました」
「……一つ聞くが、まさかそれらを生で食べてはいないじゃろうな?」
「ちゃんと水に浸していましたよ?」
「……水?」
町医者とミレーの会話を遮って、グランが驚いた声をあげる。
「はい、水です?」
「それを煮込むとかじゃなくて?」
「? 煮込むって?」
そう問い返すと、グランと町医者は、なんと表現したら良いのか、変な顔をしていた。
「……グラン、栄養のあるものを食べさせてあげなさい。出来れば温かい物をたくさん。最初は慣れないかもしれないから、食べられる範囲でよい」
「わかった。ありがとな」
グランと町医者は何故か真剣な表情でうなずきあって、固い握手をした。
ミレーは、なにか変なことを言ったのだろうかと状況を呑み込めずにいた。
「最初の頃は環境に身体が慣れずに、熱もぶり返すし身体も痛いだろうから、絶対に無理はしないように」
医者のこの言葉が予言のように、その晩からまた激しく熱でうなされるようになった。
走馬灯を見たのかもしれない。
まだミレーの生母が生きていた頃、ミレーはこの下町に来ていた。
今とは違い、ミレーは綺麗なドレスを着ており、活発で、下町の子どもとはしゃぎ遊んでいた。
その子どもたちの中で、特に仲が良かった子が、グランによく似た男の子だ。
この家に来た夜は、ひどい悪夢を見ていたのに、今は優しい夢ばかり見ることが出来て、ミレーは幸せだった。
(私にも、愛されていた時期があったんだな……)
そんな、幻想を抱いた。
一週間も経つと体調が安定してきて、高熱が出ることも少なくなってきた。
熱が下がったら実家に帰らなければ、と考えていたのに、グランと過ごすこの生活を手放す勇気が無くなっていた。
だが帰らなくてはいけない。
そう考えると憂鬱になり、何回溜息を吐いたかわからない。
そんなミレーを、グランが心配した。
「何か悩みがあるなら聞くぜ?」
グランの優しさについ甘えて、ミレーは「家に帰りたくないの」と本音を吐露してしまった。
グランは目を丸くする。
「帰らなければ良い。ずっとここで暮らせよ」
「……無理だよ。私は、帰らないと」
「なんで」
「……結婚を約束しているわけでもない男女が同じ部屋で生活するのは、やっぱり良くないの。私にとってもグランにとっても」
「じゃあ結婚しよう」
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そんな彼に、ミレーは嫌われたくなくて隠していたことを告白する。
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