愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

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「……私、あなたに、嘘をついていることがあるの」
「まさか、実は婚約者がいた、とか……?」
 ミレーはゆるく頭を振り、震える声を絞り出した。
「私は、貴族なの……。ミレー・クローバー。クローバー男爵家の長女なの」
「……貴族だから、平民とは結婚出来ないって?」
 グランの目が冷たく細められる。
「私の個人的な気持ちだけで決められるのなら、その提案にありがたく乗らせてもらいたい」
「……じゃあ乗れよ」
「ダメなの! 私の家族が……それを許さないわ」
「……オレが平民だから?」
 その問いが申し訳なくて、ミレーは苦しくなる胸元を握りしめ、小さく頷いた。
「私の家族は、身分を重んじるの。そういうところが、あるの……だから」
 やっぱり帰らないと、と重い声を口から出すと、家の中が静かになった。
「……風呂も」
「え?」
「……あたたかい風呂も知らなかった、こんな粗末な飯でも美味そうに食う、平民のオレの服よりボロボロになった丈が合わないドレスを着続け……そして、姉の貞操を見知らぬ男に奪わせようと仕掛ける妹のいる家……」
「…………」
「ミレーは、本当にそんな家に帰りたいのか?」
「……自分がしたいとか、したくないとかじゃなく……私は、クローバー家の人間だから……」
「だから?」
「貴族だから……」
「貴族だから、なに?」
「……貴族は、貴族同士で結婚するの。ウチは貴族って言っても、貴族の中でもっとも低い爵位で、親はこんな私でも『取引の材料』にするつもりなの。私みたいな女の『買い取り手』がないから、行き遅れているだけで、いずれお金になるところへ『売られ』るの」
「……ミレーは、良いのかよ。自分が商品のように扱われて、好きでもない男のもとへ嫁ぐのが」
 怒鳴りこそしないが、グランの声が怒気を孕んでいて身がすくんでしまう。
「それが、貴族っていうものなの。……あなたたち平民は、そうじゃないの?」
「……みんなはどうか知らないが、オレはそんな風に好きでもない女と結婚させられそうになったら逃げる」
「……それは、わがままなんじゃ」
「自分の身体と自分の人生だ。自分で責任を持つ代わりに、自由にさせてもらっているよ。……ミレーは、なりたくないのか? 自由に」
「……自由?」
「好きなもの食って、行きたいところに行けて、お気に入りの服をボロボロになるまで着たり大切に着たり、水を温かくしてそれに入るも入らぬも自分で決められる。そして、結婚したい相手と結婚したり、縁を切りたい相手と別れたりすることが出来る。自分で責任を取ることが大前提だが、それが自由だ」
「……し、知らない。私そんなの、知らない」
 お風呂が温かいことも、ご飯が美味しいことも、ドレスをボロボロになるまで着るも、大切に着るも、そして……誰かとの縁を切れるということも。
 そんな夢のような世界、今までミレーが生きてきた世界とはまるで真逆の世界だった。
「自由になりたい?」
「……なり、たい!」
 食いつくように前のめりで答えてしまった。
 だがグランは茶化すようなことはせず、じっとミレーの目を見据えて言った。
「オレが許可する。ミレーは今から自由だ。ここにいても良い、ここを出て実家に帰っても良い。ミレーが自分で決めて、自分の足でその道を進もうとするなら、オレはその意見を尊重する。どっちを選んでも、オレはミレーの意見を尊重する」
「……実家に、クローバー家に戻る選択をしても、私を許してくれるの……?」
 驚いてそう訊ねると、グランは柔らかい表情で力強く頷いた。
「それが、ミレーの本心なら、尊重したいと思うのは当然じゃねえか?」
「…………グラン」
 自分の自由。
 自分で決めていい。
 責任も、成功も、その道への選択を自分ですることが出来る。
 それは、ただ家族の意に従うしか出来なかったミレーにとって、とても恐ろしいことで、そして……とても魅力的な世界に思えた。
「……なら、私は、グランと一緒にいたい! ここで一緒に、ずっと一緒に暮らしたい!」
「……ミレー」
「グランとずっと、ずっと一緒にいたい!」
 グランは柔和な笑みを浮かべてミレーの額にキスをし、そのままミレーの身体を抱きしめた。
「あぁ。……もちろんだ!」
 グランの表情が、キラキラと輝いているように見える。
 綻ぶような笑顔で、漆黒の瞳の中にたくさんの星が輝いているように見える。
 熱は下がったはずなのに、顔がほんのりあたたかくなっていくのを感じる。
 グランの笑顔を見ると、ミレーの心臓が鷲掴みにされたような息苦しさを覚えた。
(どうして、私は、今、幸せなはずなのに……こんなに苦しいのだろう?)
 自分の体調に不安を感じていると、グランはなにやら言いづらそうな声をミレーに投げかけた。
「……あの、ミレー、その、さ……」
 グランの表情に、不安そうな影がかかっている。
 そんな彼の顔を見ていると、ミレーも不安な気持ちになってくる。
「ミレーは、貴族の生活のほうが良いとか、あるか……?」
 だがグランの問いを聞き、ミレーは安堵した。
 ミレーが貴族の人間だと分かったから、平民の生活に馴染めるのかと心配したのだろう。
「そんなことないわ。私は此処の生活よりも酷い生活を送っていたから、私のことを貴族の人間だなんて思わなくても……」
「そうじゃなくて。……そうじゃ、なくて。その……」
 何やら言いにくそうに頬を掻くグランを、ミレーが訝しんで見つめる。
「ミレーは貴族って、好き?」
 よくわからない質問だ。
 首を傾げると、グランはなんと言えばいいのかわからずというように口を開閉していた。
 もしかしたら、ミレーが貴族でありたいのではないか、と聞きたいのかもしれない。
(そんなこと思ったこともないのに)
 だからミレーは頭を振った。
「私は、貴族なんてあまりいいものだとは思わないの。……ウチの家族がそうだったからかもしれないけれど、私はこの歳になるまで社交の場にも出たことが無くて。だから貴族の全員がそうだとは思わないけれど、今更貴族であり続けたいとは思いもしないわ」
「……そ、そうか」
「だから安心して。私は、グランと一緒にいるから。……18になっても何も知らない元令嬢だけど、あなただけに頼りきりの生活にしないから。私にやれることはなんでもやるし、出来ないことも出来るように努力するわ」
「いや、オレがミレーを支えるから、そんな無理はしなくていい!」
「イヤ! 私もなにかしたい! 自由にしていいって言われたし」
 そう言うとグランはグッと喉を詰まらせたように黙った。
「そうだけど……」
 彼は不満そうにそう漏らすが、彼の言葉をありがたく頂戴したまでだ。
「……ミレーは、貴族と平民が結婚できないって、聞いたことないか?」
「あるわ。でも、私は……」
 平民になるから、と言おうとして、しかしその方法が分からず、結局口をつぐんだ。
 黙ってしまったミレーを、グランは困らせた質問をしたと捉えたのか、頭を優しく撫でた。
「無理して言わなくて良い。夜も更けてきたから、もう寝ようぜ」
 グランの言葉で、もうすっかり外も夜の帳が下りきっているコトに気づく。
「……寝て起きたら、全部夢だった、っていうことにならない?」
「ならねえよ。約束だ。朝になってもオレはミレーのすぐそばにいる」
「……うん」
 その文句を最後に、ミレーは闇の中へと誘われる。
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