愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

文字の大きさ
14 / 60

13

 目を覚ますも、布団が気持ち良くて起きあがる気持ちが削がれる。
 外の冷たい大気が、一層布団の魅力を深めている。
 ぼんやりとした意識の中、そんな風に全責任を布団に押し付けていると、鈴の音のようなかわいらしい声と、愛おしい声が聞こえた。
 愛おしいグランの声はより一層ミレーの眠気を深めていき、夢とうつつの境界線が曖昧になっていく。
 その声を聞きながら少しずつ、昨日の出来事を思い出していく。
 幸せな気持ちで満たされている時も、愛おしい声は鈴の音と会話しているようだ。
(……誰と、話しているんだろう?)
 グランと話している相手の声は涼やかで、まるで子守唄のように、ミレーの眠気を強く誘った。
「……以上だ。もし、ミレーの家からなにか……っても、…………以上だ。父上にもそう伝えてくれ」
(私の名前が聞こえたような気が……)
「了解いたしました。……それでは、早朝に失礼いたしました」
「いや、むしろ次も早朝で頼む。…………からな」
「ふふ。では次もそうします」
「あぁ、よろしく頼む」
 グランの話し方にしては品を感じるので、これは夢だろうかと思っていた。
 しかし会話を聞いているうちに、ミレーの目が覚めてきた。
「……んん」
 しっかり起きなければと、ベッドの中で唸り声を上げながら、全身で伸びをした。
「……グラン?」
 グランの声を聞いていたら、無性にグランが恋しくなって、手をバタバタ広げながら手探りで彼を探した。
 布団が気持ちよすぎて、起きあがるのを渋った結果の怠惰な手法である。
「ミレー、起きたのか?」
「んー、起きました。……おやすみなさい」
「起きろよ、朝だぞ」
 彼が呆れたように起床を促すが、その声は優しく笑っていた。
 その声に励まされながら、ミレーはゆっくりとベッドから自分の身体を引きはがし、グランの姿を見つけるなり、彼を布団代わりにして抱きついた。
「寝ぼけるな」
 笑うグランに、髪の毛を撫でまわされる。
「寝ぼけてないもん~~……」
「そうか? じゃあ、オレはそろそろ仕事に出かけるから、ちゃんと起きろよ」
 そう告げられて、ミレーは慌てて起き上がる。
「もう行っちゃうの?!」
 がばっとベッドの魅力から脱出し、グランの前に立つ。
「と思ったが、ミレーも起きたようだし、朝飯食ってから行くかな」
 にっこりと意地悪な笑みを浮かべているグランに、騙されたことを悟ったミレーは拗ねたように朝の挨拶をした。
「……おはよう」
 そんなミレーを、グランは笑いをかみ殺しながら見つめていた。
「ほら、飯食うぞ。と、その前に軽く口の中すすいで、冷水で顔を洗って来い。目がぱっちりと覚めるぞ」
「えぇ……冷たいの? 外寒そうなのに……」
 窓に霜が貼っているのを見て、げんなりとする。
「外は寒いが浴室はあたたかいから、中で洗え。顔拭くタオルも浴室に置いてあるのを使え」
「……あ、ありがとう」
 クローバー家の生活と記憶が混合したまま無意識にぼやいた自分らしからぬ言葉で、ようやく思考がハッキリしてきた。
(わ、私ったら……なにを! なにを!)
「だいぶ今の生活に慣れて、オレに気を許してくれたってことかな。気にするな。それより顔を洗ってこい」
 ミレーの思考を何もかも見通したグランの言葉のせいで、ますます顔が赤くなっていく。これ以上失態を見せる前にと急いで浴室で顔を洗った。

 浴室にあった水は、顔を洗うためにグランが朝早く起きて、家の外の井戸から汲んできたのだという。
 彼の優しさをありがたく思うと同時に、そこまでさせてしまったことへの申し訳なさが募っていった。
「気にするな。ミレーのためなら、井戸から水を汲み出すくらい面倒でも大変でもないさ」
 さらりと告げるグランの男気に、ミレーは今日最初の強い感情の揺さぶりに駆られた。
「今日の朝食は、昨日の夕食と同じ丸いパンと温かいコーンスープ、それとハムエッグに果物のリンゴだ」
 それに、透明なグラスの水が傍に添えられている。
「美味しそう……」
「最近ミレーはたくさん飯を食ってくれるから、作り甲斐があるってもんだ」
「グランの作るご飯、とっても美味しいから」
「褒め言葉も上手になってきたな」 
 そう笑い合ってから、二人で手を合わせて食べ出した。
 こんなに食事を美味しいと思えたことはなかった。
 いつも、何を食べても砂を噛むようで美味しくなくて、いつからか調理人にも愛想をつかされ、ミレーは余った野菜や肉の切れ端を使って自分で雑に調理し食べ物で飢えをしのいでいた。
 美味しいと思ったことなど無かったから、食事の時間も苦痛だった。
 でも生き物の身体は、本能で食べることを訴えた。だから食べていた。
 それが、グランは自分のために作ってくれて、一緒に食べることの幸せを知ってからは、食事が楽しい、美味しいと思うようになってきたのだ。
「そういえばグラン。私が起きる前に、誰かと話をしていなかった?」
「……誰かって?」
「なんか鈴の音のような綺麗な声の人と、話しているような……?」
「……あぁ、近所の人が心配して来てくれたんだ」
「心配?」
「……最近仕事を休んでいたから、どうしたんだって」
「あ、私の看病でお世話をかけていたから……!」
「ち、違うって! ミレーが元気になっただけで嬉しいからさ」
「グラン……」
彼の心遣いに胸がじいんと震えた。
 とはいえ、このまま彼の好意に甘えて何もしないわけにはいかなかった。
 これからグランと一緒に暮らすのなら、自分もお荷物ではなく役に立つ存在になりたいと思ったのだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。 ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。 そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

醜いと虐げられていた私を本当の家族が迎えに来ました

マチバリ
恋愛
家族とひとりだけ姿が違うことで醜いと虐げられていた女の子が本当の家族に見つけてもらう物語

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』

まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」 ​五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。 夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。 生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。 ​冷淡な視線、姉と比較される日々。 「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」 その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。 ​しかし、彼女が消えた翌朝。 カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。 そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。 そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。 ​――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」 ​真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。 だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。 ​これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。

私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います

織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。 目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。 まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。 再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。 ――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。 限られた6年の中で、セレノアは動き出す。 愛する家族を守るため、未来を変えるために。 そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。

巻き戻った妻、愛する夫と子どもを今度こそ守ります

ミカン♬
恋愛
公爵令嬢フィリスの愛する婚約者、第一王子ジルナードが事故で体が不自由となった。 それで王太子候補は側妃の子、第二王子のサイラスに決まった。 父親の計略でフィリスはサイラスとの婚姻を余儀なくされる。悲しむフィリスとジルナード。 「必ずジルナード様を王にします。貴方の元に戻ってきます」 ジルナードに誓い、王妃から渡された毒薬を胸に、フィリスはサイラスに嫁いだ。 挙式前に魔女に魅了を掛けられて。愛する人はサイラスだと思い込んだまま、幸福な時間を過ごす。 やがて魅了は解けて…… サクッとハッピーエンドまで進みます。

実家も国も私を捨てたが、私を愛さないと国が滅びる。絶望する人々を特等席で眺め、冷徹な王子の腕の中で思考停止する。

唯崎りいち
恋愛
持参金がないという理由で家族と祖国から追放された私は、実はこの国を支える“加護”そのものだった。 私が去った瞬間、王都の結界は崩れ、国は崩壊へ向かい始める。 そんな私を拾ったのは、冷徹と噂される隣国の王子。 「やっと見つけた。お前は俺のものだ」 捨てられたはずの私は、気づけば滅びゆく祖国を背に、彼の腕の中で溺愛されていた。