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目を覚ますも、布団が気持ち良くて起きあがる気持ちが削がれる。
外の冷たい大気が、一層布団の魅力を深めている。
ぼんやりとした意識の中、そんな風に全責任を布団に押し付けていると、鈴の音のようなかわいらしい声と、愛おしい声が聞こえた。
愛おしいグランの声はより一層ミレーの眠気を深めていき、夢とうつつの境界線が曖昧になっていく。
その声を聞きながら少しずつ、昨日の出来事を思い出していく。
幸せな気持ちで満たされている時も、愛おしい声は鈴の音と会話しているようだ。
(……誰と、話しているんだろう?)
グランと話している相手の声は涼やかで、まるで子守唄のように、ミレーの眠気を強く誘った。
「……以上だ。もし、ミレーの家からなにか……っても、…………以上だ。父上にもそう伝えてくれ」
(私の名前が聞こえたような気が……)
「了解いたしました。……それでは、早朝に失礼いたしました」
「いや、むしろ次も早朝で頼む。…………からな」
「ふふ。では次もそうします」
「あぁ、よろしく頼む」
グランの話し方にしては品を感じるので、これは夢だろうかと思っていた。
しかし会話を聞いているうちに、ミレーの目が覚めてきた。
「……んん」
しっかり起きなければと、ベッドの中で唸り声を上げながら、全身で伸びをした。
「……グラン?」
グランの声を聞いていたら、無性にグランが恋しくなって、手をバタバタ広げながら手探りで彼を探した。
布団が気持ちよすぎて、起きあがるのを渋った結果の怠惰な手法である。
「ミレー、起きたのか?」
「んー、起きました。……おやすみなさい」
「起きろよ、朝だぞ」
彼が呆れたように起床を促すが、その声は優しく笑っていた。
その声に励まされながら、ミレーはゆっくりとベッドから自分の身体を引きはがし、グランの姿を見つけるなり、彼を布団代わりにして抱きついた。
「寝ぼけるな」
笑うグランに、髪の毛を撫でまわされる。
「寝ぼけてないもん~~……」
「そうか? じゃあ、オレはそろそろ仕事に出かけるから、ちゃんと起きろよ」
そう告げられて、ミレーは慌てて起き上がる。
「もう行っちゃうの?!」
がばっとベッドの魅力から脱出し、グランの前に立つ。
「と思ったが、ミレーも起きたようだし、朝飯食ってから行くかな」
にっこりと意地悪な笑みを浮かべているグランに、騙されたことを悟ったミレーは拗ねたように朝の挨拶をした。
「……おはよう」
そんなミレーを、グランは笑いをかみ殺しながら見つめていた。
「ほら、飯食うぞ。と、その前に軽く口の中すすいで、冷水で顔を洗って来い。目がぱっちりと覚めるぞ」
「えぇ……冷たいの? 外寒そうなのに……」
窓に霜が貼っているのを見て、げんなりとする。
「外は寒いが浴室はあたたかいから、中で洗え。顔拭くタオルも浴室に置いてあるのを使え」
「……あ、ありがとう」
クローバー家の生活と記憶が混合したまま無意識にぼやいた自分らしからぬ言葉で、ようやく思考がハッキリしてきた。
(わ、私ったら……なにを! なにを!)
「だいぶ今の生活に慣れて、オレに気を許してくれたってことかな。気にするな。それより顔を洗ってこい」
ミレーの思考を何もかも見通したグランの言葉のせいで、ますます顔が赤くなっていく。これ以上失態を見せる前にと急いで浴室で顔を洗った。
浴室にあった水は、顔を洗うためにグランが朝早く起きて、家の外の井戸から汲んできたのだという。
彼の優しさをありがたく思うと同時に、そこまでさせてしまったことへの申し訳なさが募っていった。
「気にするな。ミレーのためなら、井戸から水を汲み出すくらい面倒でも大変でもないさ」
さらりと告げるグランの男気に、ミレーは今日最初の強い感情の揺さぶりに駆られた。
「今日の朝食は、昨日の夕食と同じ丸いパンと温かいコーンスープ、それとハムエッグに果物のリンゴだ」
それに、透明なグラスの水が傍に添えられている。
「美味しそう……」
「最近ミレーはたくさん飯を食ってくれるから、作り甲斐があるってもんだ」
「グランの作るご飯、とっても美味しいから」
「褒め言葉も上手になってきたな」
そう笑い合ってから、二人で手を合わせて食べ出した。
こんなに食事を美味しいと思えたことはなかった。
いつも、何を食べても砂を噛むようで美味しくなくて、いつからか調理人にも愛想をつかされ、ミレーは余った野菜や肉の切れ端を使って自分で雑に調理し食べ物で飢えをしのいでいた。
美味しいと思ったことなど無かったから、食事の時間も苦痛だった。
でも生き物の身体は、本能で食べることを訴えた。だから食べていた。
それが、グランは自分のために作ってくれて、一緒に食べることの幸せを知ってからは、食事が楽しい、美味しいと思うようになってきたのだ。
「そういえばグラン。私が起きる前に、誰かと話をしていなかった?」
「……誰かって?」
「なんか鈴の音のような綺麗な声の人と、話しているような……?」
「……あぁ、近所の人が心配して来てくれたんだ」
「心配?」
「……最近仕事を休んでいたから、どうしたんだって」
「あ、私の看病でお世話をかけていたから……!」
「ち、違うって! ミレーが元気になっただけで嬉しいからさ」
「グラン……」
彼の心遣いに胸がじいんと震えた。
とはいえ、このまま彼の好意に甘えて何もしないわけにはいかなかった。
これからグランと一緒に暮らすのなら、自分もお荷物ではなく役に立つ存在になりたいと思ったのだ。
外の冷たい大気が、一層布団の魅力を深めている。
ぼんやりとした意識の中、そんな風に全責任を布団に押し付けていると、鈴の音のようなかわいらしい声と、愛おしい声が聞こえた。
愛おしいグランの声はより一層ミレーの眠気を深めていき、夢とうつつの境界線が曖昧になっていく。
その声を聞きながら少しずつ、昨日の出来事を思い出していく。
幸せな気持ちで満たされている時も、愛おしい声は鈴の音と会話しているようだ。
(……誰と、話しているんだろう?)
グランと話している相手の声は涼やかで、まるで子守唄のように、ミレーの眠気を強く誘った。
「……以上だ。もし、ミレーの家からなにか……っても、…………以上だ。父上にもそう伝えてくれ」
(私の名前が聞こえたような気が……)
「了解いたしました。……それでは、早朝に失礼いたしました」
「いや、むしろ次も早朝で頼む。…………からな」
「ふふ。では次もそうします」
「あぁ、よろしく頼む」
グランの話し方にしては品を感じるので、これは夢だろうかと思っていた。
しかし会話を聞いているうちに、ミレーの目が覚めてきた。
「……んん」
しっかり起きなければと、ベッドの中で唸り声を上げながら、全身で伸びをした。
「……グラン?」
グランの声を聞いていたら、無性にグランが恋しくなって、手をバタバタ広げながら手探りで彼を探した。
布団が気持ちよすぎて、起きあがるのを渋った結果の怠惰な手法である。
「ミレー、起きたのか?」
「んー、起きました。……おやすみなさい」
「起きろよ、朝だぞ」
彼が呆れたように起床を促すが、その声は優しく笑っていた。
その声に励まされながら、ミレーはゆっくりとベッドから自分の身体を引きはがし、グランの姿を見つけるなり、彼を布団代わりにして抱きついた。
「寝ぼけるな」
笑うグランに、髪の毛を撫でまわされる。
「寝ぼけてないもん~~……」
「そうか? じゃあ、オレはそろそろ仕事に出かけるから、ちゃんと起きろよ」
そう告げられて、ミレーは慌てて起き上がる。
「もう行っちゃうの?!」
がばっとベッドの魅力から脱出し、グランの前に立つ。
「と思ったが、ミレーも起きたようだし、朝飯食ってから行くかな」
にっこりと意地悪な笑みを浮かべているグランに、騙されたことを悟ったミレーは拗ねたように朝の挨拶をした。
「……おはよう」
そんなミレーを、グランは笑いをかみ殺しながら見つめていた。
「ほら、飯食うぞ。と、その前に軽く口の中すすいで、冷水で顔を洗って来い。目がぱっちりと覚めるぞ」
「えぇ……冷たいの? 外寒そうなのに……」
窓に霜が貼っているのを見て、げんなりとする。
「外は寒いが浴室はあたたかいから、中で洗え。顔拭くタオルも浴室に置いてあるのを使え」
「……あ、ありがとう」
クローバー家の生活と記憶が混合したまま無意識にぼやいた自分らしからぬ言葉で、ようやく思考がハッキリしてきた。
(わ、私ったら……なにを! なにを!)
「だいぶ今の生活に慣れて、オレに気を許してくれたってことかな。気にするな。それより顔を洗ってこい」
ミレーの思考を何もかも見通したグランの言葉のせいで、ますます顔が赤くなっていく。これ以上失態を見せる前にと急いで浴室で顔を洗った。
浴室にあった水は、顔を洗うためにグランが朝早く起きて、家の外の井戸から汲んできたのだという。
彼の優しさをありがたく思うと同時に、そこまでさせてしまったことへの申し訳なさが募っていった。
「気にするな。ミレーのためなら、井戸から水を汲み出すくらい面倒でも大変でもないさ」
さらりと告げるグランの男気に、ミレーは今日最初の強い感情の揺さぶりに駆られた。
「今日の朝食は、昨日の夕食と同じ丸いパンと温かいコーンスープ、それとハムエッグに果物のリンゴだ」
それに、透明なグラスの水が傍に添えられている。
「美味しそう……」
「最近ミレーはたくさん飯を食ってくれるから、作り甲斐があるってもんだ」
「グランの作るご飯、とっても美味しいから」
「褒め言葉も上手になってきたな」
そう笑い合ってから、二人で手を合わせて食べ出した。
こんなに食事を美味しいと思えたことはなかった。
いつも、何を食べても砂を噛むようで美味しくなくて、いつからか調理人にも愛想をつかされ、ミレーは余った野菜や肉の切れ端を使って自分で雑に調理し食べ物で飢えをしのいでいた。
美味しいと思ったことなど無かったから、食事の時間も苦痛だった。
でも生き物の身体は、本能で食べることを訴えた。だから食べていた。
それが、グランは自分のために作ってくれて、一緒に食べることの幸せを知ってからは、食事が楽しい、美味しいと思うようになってきたのだ。
「そういえばグラン。私が起きる前に、誰かと話をしていなかった?」
「……誰かって?」
「なんか鈴の音のような綺麗な声の人と、話しているような……?」
「……あぁ、近所の人が心配して来てくれたんだ」
「心配?」
「……最近仕事を休んでいたから、どうしたんだって」
「あ、私の看病でお世話をかけていたから……!」
「ち、違うって! ミレーが元気になっただけで嬉しいからさ」
「グラン……」
彼の心遣いに胸がじいんと震えた。
とはいえ、このまま彼の好意に甘えて何もしないわけにはいかなかった。
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