16 / 60
15
習いはじめの頃は「ミレーちゃんの作るご飯は独特だねぇ」と酒場の奥さんに言葉を選ばせてしまう出来であった。
ミレーとしては普通のご飯のつもりだが、あまり一般受けは良くないようだ。
グランは何も言わずに食べてくれるが、「美味しい」とはお世辞にも言ってくれなかった。
(そんなにひどいものかな?)
目の前の、自分の作った野菜くずと肉の水煮込みを見つめながら首をひねる。
はじめは不評だった料理だが、酒場で一般的なメニューの作り方を教わってからは、グランにも「すごく上達したじゃねえか」と褒められるほどになった。
やっぱり教わる前の料理は美味しくなかったのだな、という感想は笑顔の裏にある焼却炉で溶かして消した。
ただ一つ気になったのが、グランの家は不思議なものが多いのだ。
「お風呂を沸かす方法が、酒場の奥さんの教えてくれた方法で巧く行かないんだけど……」
「あぁ、それ特注だから。オレがやる」
「洗濯板は……」
「それも自動でやってくれるのがある」
「なにそれ?」
「それも特注」
なんだかよくわからない。特注というものもわからないが、分からない言葉を使えばはぐらかせると思っているようだ。
実際はぐらかされている。
酒場の奥さんは「グランのとこは、うちとはちょっと違うみたいだね」と困ったように教えてくれた。
だが基本的に掃除や調理の方法は変わらないので、奥さんの教えが無駄になることはなかった。むしろ充分活かされている。
ミレーも下町に馴染んできたと感じる頃には、肉付きも良くなって、来たばかりの頃によく風邪を引いていたのが嘘みたいに、今は健康そのものだ。
グランは「ミレーは今まで蔑ろな生活で自分を粗末にしていたことに慣れていたから、人として最低限の暮らしが出来ているようで喜ばしい」と言う。
「ようやく、本来受けられるべき人権と栄養を得ることに慣れてきたってことだな」
最初は聞き慣れない単語だったが、今のミレーならその意味が少しはわかった。
これからも、この生活がずっと続くと信じていた。
それが終わりを告げたのは、下町に来てひと月が過ぎたある早朝だ。
目を覚ますと、窓の外に見える色はまだ暗かった。
(でも藍色。そろそろ明るくなってくるのかな。こんな早くに目が覚めるのは初めて……)
ぼーっと空の色を眺めていたが、ふと隣のベッドを見て、グランがまだ眠っていることに気づく。
ミレーより遅く起きるグランというのも珍しかった。
(長くて綺麗な黒いまつげ……キレイ)
珍しい寝顔に見惚れていたが、まだ眠り続ける彼を起こさないよう静かにベッドから抜け出して、彼が目を覚ます前に部屋を暖かくしておこうと暖炉に近づいた。
その時、コンコンと控えめに家の扉がノックされる。
(こんな陽も登らない早朝に……?)
不審に思いつつ、ゆっくりとドアを開く。
「早朝に申し訳ありません、オリ……あ」
鈴の音のような声と共に現れたのは、王国の紋章が刻まれた鎧を纏った見知らぬ人間だった。
(騎士……?)
突然王国の紋章が刻まれた鎧をまとった見知らぬ人間が訪れたことに驚くが、相手も驚いた様子を見せていた。
お互いが固まっていると、相手の騎士が先に声を発した。
「そ、早朝に失礼しました! オリヴァー様はもう起きられておりますか?」
「オリヴァーサマ?」
「はい、この家の……」
ミレーとしては普通のご飯のつもりだが、あまり一般受けは良くないようだ。
グランは何も言わずに食べてくれるが、「美味しい」とはお世辞にも言ってくれなかった。
(そんなにひどいものかな?)
目の前の、自分の作った野菜くずと肉の水煮込みを見つめながら首をひねる。
はじめは不評だった料理だが、酒場で一般的なメニューの作り方を教わってからは、グランにも「すごく上達したじゃねえか」と褒められるほどになった。
やっぱり教わる前の料理は美味しくなかったのだな、という感想は笑顔の裏にある焼却炉で溶かして消した。
ただ一つ気になったのが、グランの家は不思議なものが多いのだ。
「お風呂を沸かす方法が、酒場の奥さんの教えてくれた方法で巧く行かないんだけど……」
「あぁ、それ特注だから。オレがやる」
「洗濯板は……」
「それも自動でやってくれるのがある」
「なにそれ?」
「それも特注」
なんだかよくわからない。特注というものもわからないが、分からない言葉を使えばはぐらかせると思っているようだ。
実際はぐらかされている。
酒場の奥さんは「グランのとこは、うちとはちょっと違うみたいだね」と困ったように教えてくれた。
だが基本的に掃除や調理の方法は変わらないので、奥さんの教えが無駄になることはなかった。むしろ充分活かされている。
ミレーも下町に馴染んできたと感じる頃には、肉付きも良くなって、来たばかりの頃によく風邪を引いていたのが嘘みたいに、今は健康そのものだ。
グランは「ミレーは今まで蔑ろな生活で自分を粗末にしていたことに慣れていたから、人として最低限の暮らしが出来ているようで喜ばしい」と言う。
「ようやく、本来受けられるべき人権と栄養を得ることに慣れてきたってことだな」
最初は聞き慣れない単語だったが、今のミレーならその意味が少しはわかった。
これからも、この生活がずっと続くと信じていた。
それが終わりを告げたのは、下町に来てひと月が過ぎたある早朝だ。
目を覚ますと、窓の外に見える色はまだ暗かった。
(でも藍色。そろそろ明るくなってくるのかな。こんな早くに目が覚めるのは初めて……)
ぼーっと空の色を眺めていたが、ふと隣のベッドを見て、グランがまだ眠っていることに気づく。
ミレーより遅く起きるグランというのも珍しかった。
(長くて綺麗な黒いまつげ……キレイ)
珍しい寝顔に見惚れていたが、まだ眠り続ける彼を起こさないよう静かにベッドから抜け出して、彼が目を覚ます前に部屋を暖かくしておこうと暖炉に近づいた。
その時、コンコンと控えめに家の扉がノックされる。
(こんな陽も登らない早朝に……?)
不審に思いつつ、ゆっくりとドアを開く。
「早朝に申し訳ありません、オリ……あ」
鈴の音のような声と共に現れたのは、王国の紋章が刻まれた鎧を纏った見知らぬ人間だった。
(騎士……?)
突然王国の紋章が刻まれた鎧をまとった見知らぬ人間が訪れたことに驚くが、相手も驚いた様子を見せていた。
お互いが固まっていると、相手の騎士が先に声を発した。
「そ、早朝に失礼しました! オリヴァー様はもう起きられておりますか?」
「オリヴァーサマ?」
「はい、この家の……」
あなたにおすすめの小説
愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います
織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。
目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。
まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。
再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。
――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。
限られた6年の中で、セレノアは動き出す。
愛する家族を守るため、未来を変えるために。
そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。
巻き戻った妻、愛する夫と子どもを今度こそ守ります
ミカン♬
恋愛
公爵令嬢フィリスの愛する婚約者、第一王子ジルナードが事故で体が不自由となった。
それで王太子候補は側妃の子、第二王子のサイラスに決まった。
父親の計略でフィリスはサイラスとの婚姻を余儀なくされる。悲しむフィリスとジルナード。
「必ずジルナード様を王にします。貴方の元に戻ってきます」
ジルナードに誓い、王妃から渡された毒薬を胸に、フィリスはサイラスに嫁いだ。
挙式前に魔女に魅了を掛けられて。愛する人はサイラスだと思い込んだまま、幸福な時間を過ごす。
やがて魅了は解けて……
サクッとハッピーエンドまで進みます。
実家も国も私を捨てたが、私を愛さないと国が滅びる。絶望する人々を特等席で眺め、冷徹な王子の腕の中で思考停止する。
唯崎りいち
恋愛
持参金がないという理由で家族と祖国から追放された私は、実はこの国を支える“加護”そのものだった。
私が去った瞬間、王都の結界は崩れ、国は崩壊へ向かい始める。
そんな私を拾ったのは、冷徹と噂される隣国の王子。
「やっと見つけた。お前は俺のものだ」
捨てられたはずの私は、気づけば滅びゆく祖国を背に、彼の腕の中で溺愛されていた。